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血の染み付いた手帳

しがない傭兵が偽りの島で過ごした日々の記録
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  • :06/24/22:53

06151729 Day43 -颶風-

   -ⅰ-

 ――傭兵の手から、短剣がこぼれ落ちた。

 むせかえるような血の臭い。どれほど殺し、どれほどの傷を負ったのか。
 身体が力を失い、硬い洞穴の床に前のめりに倒れこむ。緩く傾斜した地面、重力に
引かれるようにして、傭兵の身体は転がった。上も下も分からず、ただ転がるたびに
全身が鈍く痛み、肌に傷だけが増えていく。
 ようやく大岩に叩きつけられる形で、傭兵の身体は転がることを止めた。覚悟した
よりも衝撃が少なかったのは、運が良かったからではない。間に入ってクッションと
なる存在があったからだ。
 闇と同じ暗さの羽を持つ梟――ダークウイング。傭兵の背に爪を突きたてたまま、
岩に叩きつけられてそれは息絶えていた。
 カラン――乾いた音をたてて、取りこぼした短剣が眼前に遅れて転がり落ちた。
「……オ゛、オ゛、オ゛!!」
 獣じみた唸りをあげて傭兵は短剣に手を伸ばし、掴むと同時に一閃。背に負った闇
梟の爪を切断した。先端は体内に残したまま今度は自力でその場から転がり動く。
「ホッホウ!!」
 滑空してきた闇梟三羽の連続攻撃に、残された死骸がずたずたに引き裂かれた。闇
梟の空襲撃は骨をも砕く――まともに受けて、無事に済むことはできない。
「……ホウ?」
 最も低空を飛んでいた一羽に、下からの一撃を加えた。傭兵と闇梟を短剣が取り結
んだ。歯を食いしばって腕を伸ばし、闇梟の翼を掴む。万力をこめて手羽元を握り、
引き裂くようにしてへし折った。
「……ぐ!」
 片翼を失った闇梟は哀れにも大地を転がった。その反動で短剣が抜けて、傭兵は闇
梟から振り落とされる。咄嗟に短剣を地面に突き立てて、距離が離れることを避ける。
「……ッ」
 血混じりの泡を吐き捨てて、傭兵は前傾姿勢に闇梟へと突っ込んだ。残る二羽の闇
梟が、空中から傭兵を狙うが頓着しない。迷いもなく走れば、そうそうに中るもので
はない。いや、中るなどということを考えてはいられない。
「……コォ!」
 飛び込むようにして、闇梟にしがみついた。首に腕をまわし、締め上げながら、短
剣を心の臓へと何度となく突き立てる。悲鳴をあげながら、闇梟はもがき苦しんだ。
闇の波動を発し、洞穴の闇を誘う――闇の中に逃れようと、足掻く。
 だが、その願いはかなわず、闇梟はやがて傭兵の腕の中で動かなくなっていった。
物体へと変わりゆくそれを投げ出し、傭兵は這うようにして岩陰に身を隠す。
「……残り……いくつだ……」
 自分の身体をまさぐり、傷の具合を確かめる。片足の感覚がほとんどなく、指先で
触れると泥濘に手を突っ込んだかのような触感とともに、甘く痺れるような衝撃があ
った。闇梟の爪に、深く抉られたのだ。傷は浅くない。
「ホウッ!」
「ホッホウ!」
 残された闇梟は先ほどから岩の上を旋回している。傭兵を見失っているのだ。散乱
する亡骸と、仲間を奪われた怒りが化け物から冷静さを奪っていた。闇を見通すその
視覚も、曇っていては役に立たない。
「……あれで、全て、か」
 傭兵が岩陰に身を隠し、少なくない時間が過ぎたが、闇梟の数に増える様子はなか
った。もう、この洞穴に巣くう闇梟は、二羽だけしかいない。
「……残り、二羽」
 残る死力を振り絞るつもりで――ゆらり――傭兵は立ち上がった。
「ホォォォォォォォオウ!!!」
 即座にそれを発見した闇梟が怒りの声をあげた。狙いも何もなく、弾丸のように傭
兵へと飛び込んでいった。翼が空気を打つ度に、パシンパシンと裂帛の音が響く。
「――ふん」
 その眉間に銀刀が突き立ち、飛ぶ勢いのまま闇梟は大地にぶつかった。大きくバウ
ンドし、闇色の羽毛を撒き散らしながら洞穴の奥へと姿を消した。その命がすでにな
いことは、火を見るよりも明らかだ。
「……残り、いち」
 憔悴した声でつぶやき、頭上に羽ばたく闇梟を見上げた。
「……覚悟を、決めたか」
 梟とは思えない剣呑なその眼差しを正面から見据えて、毒づく。
 闇梟の双眸――それは戦士の眼をしていた。曇っていない、戦う者の眼だ。仲間を
失い、最後の一羽となったとき、闇梟の化け物の心にも何かが芽生えていた。
 高潔な戦士だけが持ち得るその境地を、傭兵は覚悟という言葉で表した。
「……ホウ」
 小さく、だが力強く――啼くと、闇梟はその場を飛び去っていった。
「……風の、流れ」
 傭兵を先導するように飛ぶ闇梟の進む先から、鬼気をはらむ風が吹いている。
 片足を引き摺るようにして、傭兵は闇梟の後を追った。
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06151724 Day42 -静闇-

   -ⅰ-

 見上げるほどに巨大な洞穴の前に最後の石碑はあった。
 陽の光に照らされたそれは、まるで墓標のようだと傭兵は思う。

 幾多の冒険者を見送った、道標。

「……ちっ」

 墓標――自身の連想に、胸の奥で何かが傷んだ。
 忘れたつもりで忘れられぬもの――失った仲間たち、失った師。

 うずくもの――ヘドロのようにこびりついた己の記憶。

 墓もなく散った彼らは、彼の手で逝った彼女は、安らかに眠れているだろうか。

「……また、か」

 不要な感傷を振り払おうと息を吐く――耳元で、声がする。

 ――それは、近く、遠く。
 ――それは、幼く、老い。
 ――それは、男であり女。

 ――それは、力強い空ろ。

 出所も分からないその声は、傭兵の頭の中に直接響いている。

『女神……』

 何者にも媚びない決意を滲ませた女の、凛とした声がする。

『熱血……』

 何か重荷に耐えかねている男の、燃え盛るような声がした。

『魔王……』

 全てを手に入れようとした女の、悲しみに啜り泣く声が響く。

『……物語の始まりを形作る守護者を思い描け……』

 少年とも少女ともつかない声が、断ずるように言う。

 傭兵はその声を知っている。

 この島に初めて辿り着いた日から、声は彼と共にあった。

『――道はその守護者が与えるだろう』

 そう言って、声はぷつりと唐突に途切れた。

「……く」

 洞穴からオオオと雄叫びのような声が聞こえ、我に返る。

 傭兵はふと、墓標に祈りをささげるように膝をついた自身に気づいた。
 どれほどの間そうしていたのか――あたりはすっかり闇に沈みかけていた。

 まだ、陽の高いうちに辿り着いていたはずだのに。

「……時間を失った」

 目を閉じ、嘆くように嘆息する。土を払い、立ち上がった。
 
「これが、最後だから、か」

 三度目の問いかけ――このように時間が飛んだのは初めての体験だった。

 なかば風化した石碑を見下ろし、その表面に描かれた絵を見やる。
 ざらついた表面――逞しい男の両脇に、二人の女を描かれている。

「……何を、決めろというんだ」

 吐き捨てる――よく観察すれば、大剣を手にした男は片側の女と向き合っている。

 ――女と向き合い、振り上げた大剣の下ろしどころを失った戦士。

 ベールで顔を隠した細面の女――おそらくは、魔王。

 ――戦士と向き合い、自分の首を差し出している罪人の姿勢。

 残され、ひとりたたずむ者――背を向けた女神。

 ――眼差しは遠く、女神と呼ぶには物々しい武装の女戦士。

「……これは、英雄ではないのか?」

 どのような物語か――最初に見た石像とはいささか違える部分があった。

「それにしても……」

 似ている――その言葉を飲み込んで、最後の女をまじまじと見やる。

 髪は短い――色は褪せているが、元は赤で髪が描かれていたようだ。

「……」

 見据える。短剣を両の手に構えた、民族風の女戦士の姿を。
 己の師と、戦友とも呼べる女傭兵に似た佇まいのその女を。

「――くだらん」

 吐き捨て、視線を外すと、傭兵は歩き出した。
 風の息吹を吐き出す洞穴へと――すでに闇が支配したその世界へと。

 闇に潜むのは魔王――囚われの身は女神と、相場が決まっている。

 口の端で笑い、傭兵は振り返らずに洞穴へと踏み込んでいった。

 風の息吹が聞こえる。

 ――ならば、女神の加護を得るのが妥当だろう。

 ――傭兵の姿が闇の中に消え、音さえもこの世から消失した。

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06151721 Day41 -砂海-

   -ⅰ-

 風に吹かれて流れる砂を追うように、傭兵は砂の海を歩いていた。
 砂海――広大な砂漠は、海になぞらえてそう呼ばれることもある。

 風に吹かれてさらさらと流れる砂は、ときおり傭兵の足元を滑らせた。
 一歩ごとに爪先が砂に沈み込み、砂を蹴り上げて歩くため常以上の力を必要とする。

 照りつける熱線は旅人の体力を奪い、あらかた力尽きた頃に極寒の夜がくる。
 そうして多くの旅人が、朝を迎えることなく砂漠で息絶えるのだ。

 その亡骸は、流れゆく砂流に飲み込まれ、表に出ることはない。
 時として、何十年も昔の亡骸が、半ばミイラと化して地表に現れることがあった。

「……」

 砂漠を一人で渡ることは、死にに行くようなものだと語る者も多い。

 熱中症にかかった頭は方向感覚を失い、徐々に砂漠の中枢へと導かれるためだ。

 円周へと向かっているつもりの旅人が、その実、砂漠の深奥を目指して進んでいた
などということはざらにある。

 所詮、人の感覚など、そうあてになるものではない。

「……」

 極力、声を漏らさず、日射を遮りながら進む傭兵の選択は正しい。
 尋常な熱ではないのだ。暑いからと薄着になるのは、自殺行為である。

 傭兵のように厚い外套を羽織って、日射を遮断しなければならない。

 肌を露出した結果、尋常ではない日焼け――もはや火傷を負って、リタイアする者
も多い。
 豊富な紫外線は、健康を害するもとにもなる。

 旅人の感覚を惑わせるもののひとつは、延々と変わらない砂漠の風景であろう。
 遥か彼方には砂海の水平線が、ぐるりと360度世界を取り囲んでいる。

 風化し、粉々に砕け、さらさらと肌理細やかになった砂以外のものはなにひとつと
してない。
 夜になれば、砂漠に住む昆虫や、獣を見かけることもできたが、日中はその全てが
砂中で熱を凌いでいるのである。

「……くそ、たまらないな」

 一度は砂漠を抜けて遺跡の回廊に入り、澱んではいるが涼やかな空気に息を吐いた。

 最初の石碑を見つけてから半日以上の時間が経過している。

 行程は五割といったところ。明日の昼までには、次の回廊に辿り着いていたかった。

 昼を過ぎれば再び、灼熱地獄と化した砂漠を往く羽目に陥るのだ。

「……?」

 柔らかな砂を踏みしだいていた足が、堅い何かに触れた。

 明らかに砂とは違う感触が足元にある。

「……なんだ?」

 陽は傾き、暑さはいくらか軽減されていた。

 しゃがみこんで、砂を払う――割れた石版が姿を現した。

 文字が意味となって伝わってくる。

『――伝承者たちは……』

「……これは」

 頭のうちに流れる少年の声――つい最近、同じ声を聞いている。

 どこか遠い少年の声――おそらくは、聖人と呼ばれる者の声。

「……このあたりに、何かあるのか?」

 立ち止まることで気づいた。

 周囲には砕けた岩が散乱し、それらはもともと人工物であったらしい。

 ――どこかに完全な状態のものはないか?

 一時、傭兵は暑さを忘れて、周囲を見渡しながら探索を開始した。

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06151714 Day40 -無双-

   -ⅰ-


 幾度かの小規模な戦闘を経ながら、傭兵は遺跡の奥へと足を進めた。

 固い床を踏む力強い軍靴の音に、砂を噛む音が混じる。薄暗い回廊は徐々に明るさ
を増し、道の怪物が潜むに相応しい闇の領域は、砂そのものが放つ清潔な白い輝きに
その居場所を奪われていった。

 屈まなければ通ることができないほどの隙間から這い出でると、突然に天井が高く
なった。周囲を見渡すと、磨きぬかれた石柱が規則正しく並び、天井からはサラサラ
と砂の雨が降り注いでいる。

 もともとは砂漠であったろう場所に築かれた人造の建築物。少し歩くと、自分が壇
上に立っているのだと知れた。回廊の出入り口付近には砕けた木片が散乱しており、
本来はその道を隠していたのだと想像することができた。

 脱出口であったのだ。

 この建物は特別な意味を持ち、かつてはこの壇上で地位あるものが説教などを行っ
ただろう。人々がいなくなってどれほどが経つのか、石の座席も風化しながらも原型
をとどめている彫像たちも、全てが砂に埋もれている。

「……これは?」

 階段を下って壇上をおり、石柱の合間をぬって光の漏れる方へと向かう。その途中
に巨大な石碑が威風堂々と安置されていた。表面に刻まれた文字はほとんど削れてお
らず、今でも読むことができた。

 遺跡内でのみ見られるその言語は、見るものに情報を直接に送り込む特殊なものだ。

 頭の中に直接、幼い少年の声が響き渡る。

『……幸星……女神……魔王……。
 最後に現れし守護者を思い描け。
 道はその守護者が与えるだろう』

 声変わりもしていないその声は、荘厳に重々しくそう告げた。
 
「……守護者、だと?」

 この島に初めて辿り着いた日のことを思い出す。

 入島審査はごく簡単なものであった。むしろ、何もなかったと言っていい。

 多くの冒険者たちは船を下りるなり、思い思いの方角へと消えていった。中には他
のルートで到達したもの、望むと望まざるとに関係なく辿り着いたものもあっただろ
う。そんな彼等の全てを管理することは不可能に近い。

 そんななか船着場の近くにある小屋を訪ね、手続きの有無を尋ねた傭兵の方が稀有
な存在だったのかもしれない。そのとき、傭兵の応対をした初老の漁師は、傭兵に手
続きなど存在しないことを告げるとともに、こう言った。

『聖人サンセットジーン! こりゃまた、難儀な守護者じゃねぇか。
 あんたが何をしに来たかは知らねぇが、せいぜい振り回されねぇこった!!』

 顎鬚を撫ぜながら面白そうに笑う老人の言葉の意味をその時は測りかねた。しかし、
これまで思い出しもしなかったその出来事が今、小さなパズルのワンピースとなって
頭の中でカチリと音をたてた。守護者とはまさにそれのことではないか。

 しかしこの石碑に、聖人というキーワードはない。

「……そう、何人もいるものなのか?」

 そんなことを思いながら、石碑の脇をすり抜け神殿の出口へと向かう。砕けた石造
りの門の向こう、砂をはらんで荒れ狂う風が見えた。渦巻く風――またしばらくは、
風と砂に悩まされる日々が続きそうだと予測される。

 外に出るとどこまでも続く砂の稜線が見えた。そのはるか手前、神殿の前に小さな
広場があり、七体の彫像が配置されていた。

 一点を見つめて並列する彫像たち――筋骨逞しい農夫、ベールで顔を隠した女性、
道化師の少女、学者然とした老紳士、剣を掲げる女戦士、涙を流す貴族の女、大人び
た表情の少年。

 この七人が、石碑にも記されていた守護者なのだろうか。

「……この先に、何がある?」

 何かが見えるような気がして、彫像たちが眺めやる方角を見やった。見えたのは、
遠くに立ち込める暗雲と、撒き散らされる落雷の束――砂漠の嵐は性質が悪い。

「……ふん、幸先の悪いことだ」

 受難の道を行く道化の聖人のようだ――招待状やこの手にある宝玉、そしてたった
いま目にした石碑の謎解きに踊らされる己のことを思い、傭兵は彫像たちに見送られ
るようにして砂の道へと最初の一歩を踏み出した。

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06151710 Day39 -必敗-

   -ⅰ-


 軽い頭痛――後に、暗転。傭兵はもう慣れ親しんだ感覚とともに、遺跡の外に出た。
 気づいた時には、明るい世界が眼の前に広がっている。

 「……ぐ」

 眩しさに目を覆いながら、傭兵はその場に膝を突いた。
 遺跡内で与えられた軽微な傷は全て幻のように消失している。
 生きてはいるが致命傷。それほどの傷でさえ、薄っすらと跡を残すだけだ。

 消耗していた――膝を突いたのは、単に気力の問題である。

「だらしないわねェ」

 ハスキーな女の声が聞こえる。
 傭兵が振り返ると、うさぎ柄のふりふりエプロンを身につけた乙女の巨体があった。
 立っていればほぼ同じ目線も、傭兵が膝を突いているため見上げるようになる。

「ちょっと、疲れてるようね。まァ、しょうがないかしらァ?
 あれだけの、戦いだったのだし……んもゥ、手が焼けるわ」

 乙女は片手を頬にあて、困ったようにひとりごちた。
 そして、子供を見やるような目つきで傭兵を見下ろし、その腕を掴むと自分の肩に
まわさせる。

「ほ~っら♪ 家まで、連れて行ってあげるわよゥ」

 ――悪戯好きな妖精の微笑み。
 
 滑らかな手つきで腕を傭兵の膝下に潜り込ませると、乙女は傭兵の体躯を軽々持ち
上げた。傭兵の腕は乙女の肩を越えて背中へと垂れ下がり、なすすべもなく乙女にし
がみつく形となる。

「……ぐ。ふざけるなッ。おろせ、自分で歩ける!」

 傭兵は慌ててわめくが、乙女の耳に馬耳東風。
 傭兵の膝下と背に両の手をあてがい、乙女は軽々と町へと続く山道を下りてゆく。

 まるで、冗談のようなお姫様抱っこ。

「馬鹿ねェ、無理することはな・い・の♪
 人に頼ることは、けして恥ずかしいことじゃないのよゥ」

「これの――どこが、恥ずかしいことではないんだ?!」

 乙女の肩に顎を預けるかたちとなり、話すことはだいぶ楽になっていた。
 うふふと笑う乙女に、傭兵は精一杯の抗議をするが聞き入れてはもらえない。
 
「そ・れ・に、あなた私に負けたのだから、おとなしく聞き分けなさい!
 男の子でしょう~? そういう態度は女々しくってよゥ」

 乙女の辛辣な一言に、傭兵は押し黙った。

 奥歯を噛み締め――敗北の瞬間を思い出す。

 傭兵の渾身の一撃は、乙女に多大なダメージを与えたがそれにとどまった。
 そして、乙女の放った一撃は死角から彼の急所を精確に穿ち貫いたのだ。

 ――自身の髪を用いた遠隔操作。

 ごくごく僅かな、女傭兵だけが用いる暗殺の妙技だ。
 世界を練り渡ってきた傭兵が知る使い手とて、ただの一人しかいないのだ。

 ――それも、その使い手はこの世に既にいない。

「ま、私のほうがおねーさんなのだし♪ ふふ、勝って当然というものだわァ
 あ・な・た、センスが良いのだから、これからも精進なさいねェ♪」

 勝者のほがらかな語りかけは、まだ続いている。
 その言葉の一つ一つが、彼女の言葉と重なり、傭兵はさらに強く奥歯を噛み締めた。

「……次は、負けん」

 傭兵は、血を吐くようにして言葉を紡ぐ。

「ふふ、楽しみにしていて、あ・げ・る♪」

 乙女の愉快そうな返答。まるで、余裕とでも言わんばかりの。

 ――真実、そうなのだろう。

(……今の俺では、こいつに勝つことはできない。)

 傭兵はそんなことを考えながら、抗いようのない眠りへと引き込まれていった。
 全身で感じる乙女の熱が、それが母の温もりにも似て、傭兵を安堵させるのだった。

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