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血の染み付いた手帳

しがない傭兵が偽りの島で過ごした日々の記録
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  • :04/26/14:05

06151710 Day39 -必敗-

   -ⅰ-


 軽い頭痛――後に、暗転。傭兵はもう慣れ親しんだ感覚とともに、遺跡の外に出た。
 気づいた時には、明るい世界が眼の前に広がっている。

 「……ぐ」

 眩しさに目を覆いながら、傭兵はその場に膝を突いた。
 遺跡内で与えられた軽微な傷は全て幻のように消失している。
 生きてはいるが致命傷。それほどの傷でさえ、薄っすらと跡を残すだけだ。

 消耗していた――膝を突いたのは、単に気力の問題である。

「だらしないわねェ」

 ハスキーな女の声が聞こえる。
 傭兵が振り返ると、うさぎ柄のふりふりエプロンを身につけた乙女の巨体があった。
 立っていればほぼ同じ目線も、傭兵が膝を突いているため見上げるようになる。

「ちょっと、疲れてるようね。まァ、しょうがないかしらァ?
 あれだけの、戦いだったのだし……んもゥ、手が焼けるわ」

 乙女は片手を頬にあて、困ったようにひとりごちた。
 そして、子供を見やるような目つきで傭兵を見下ろし、その腕を掴むと自分の肩に
まわさせる。

「ほ~っら♪ 家まで、連れて行ってあげるわよゥ」

 ――悪戯好きな妖精の微笑み。
 
 滑らかな手つきで腕を傭兵の膝下に潜り込ませると、乙女は傭兵の体躯を軽々持ち
上げた。傭兵の腕は乙女の肩を越えて背中へと垂れ下がり、なすすべもなく乙女にし
がみつく形となる。

「……ぐ。ふざけるなッ。おろせ、自分で歩ける!」

 傭兵は慌ててわめくが、乙女の耳に馬耳東風。
 傭兵の膝下と背に両の手をあてがい、乙女は軽々と町へと続く山道を下りてゆく。

 まるで、冗談のようなお姫様抱っこ。

「馬鹿ねェ、無理することはな・い・の♪
 人に頼ることは、けして恥ずかしいことじゃないのよゥ」

「これの――どこが、恥ずかしいことではないんだ?!」

 乙女の肩に顎を預けるかたちとなり、話すことはだいぶ楽になっていた。
 うふふと笑う乙女に、傭兵は精一杯の抗議をするが聞き入れてはもらえない。
 
「そ・れ・に、あなた私に負けたのだから、おとなしく聞き分けなさい!
 男の子でしょう~? そういう態度は女々しくってよゥ」

 乙女の辛辣な一言に、傭兵は押し黙った。

 奥歯を噛み締め――敗北の瞬間を思い出す。

 傭兵の渾身の一撃は、乙女に多大なダメージを与えたがそれにとどまった。
 そして、乙女の放った一撃は死角から彼の急所を精確に穿ち貫いたのだ。

 ――自身の髪を用いた遠隔操作。

 ごくごく僅かな、女傭兵だけが用いる暗殺の妙技だ。
 世界を練り渡ってきた傭兵が知る使い手とて、ただの一人しかいないのだ。

 ――それも、その使い手はこの世に既にいない。

「ま、私のほうがおねーさんなのだし♪ ふふ、勝って当然というものだわァ
 あ・な・た、センスが良いのだから、これからも精進なさいねェ♪」

 勝者のほがらかな語りかけは、まだ続いている。
 その言葉の一つ一つが、彼女の言葉と重なり、傭兵はさらに強く奥歯を噛み締めた。

「……次は、負けん」

 傭兵は、血を吐くようにして言葉を紡ぐ。

「ふふ、楽しみにしていて、あ・げ・る♪」

 乙女の愉快そうな返答。まるで、余裕とでも言わんばかりの。

 ――真実、そうなのだろう。

(……今の俺では、こいつに勝つことはできない。)

 傭兵はそんなことを考えながら、抗いようのない眠りへと引き込まれていった。
 全身で感じる乙女の熱が、それが母の温もりにも似て、傭兵を安堵させるのだった。



   -ⅱ-


 目覚めると、そこは名もないアトリエだった。
 遺跡外ただひとつの街。その港から程近い一軒屋。

 傭兵が根城とするその場所で、傭兵は衣服もそのままにベッドへと横たわっている。

「……」

 言葉もない。乙女の姿もなく、部屋の中には痕跡も残されていなかった。

「……どうして、あいつがこの場所を知っているんだ」

 無音でいることも居た堪れなくなって、傭兵は純粋な疑問を投げかけた。
 それに応えるものもない――がらんどうの部屋に、傭兵の言葉が木霊する。

 乙女と出会ったのは遺跡の中、会話らしい会話もなく、ただ互いの剣戟によって語
り合った。だが、このアトリエのことまでを教えた覚えもない。
 また、この場所を示すようなものを傭兵は身に着けてもいなかった。

 ――どのようにして、あの女はこの場所を知りえたのか。

「……ふん。ミステリーだな」

 クク、と喉の奥で笑い、傭兵は上体を起こして、ベッドから降りた。
 中央に配された丸テーブルの上に水がなみなみと湛えられた水差しがあり、服にこ
ぼれることも気にせず、そこから直接に水を飲む。

 意識を失っている間に水分を失ったのか、カラカラに乾いていた喉に、冷たい水の
喉越しが心地よかった。一息に全てを飲み干し、息をつく。
 そうして、傭兵は同じテーブルの上に、一枚のメモが残されていることに気づいた。

 ――乙女の書置きだ。

「なんだ。……夢では、なかったのか」

 まるで、冗談のような、熱砂に揺らめく陽炎のような女だった。
 願わくば、そうであって欲しいとも、傭兵はどこかで思っていた。

 ――自分が、あまりにも情けないに過ぎる。

 女に敗れることが、ではない。あのように抱かれ、運ばれることなど、それこそ前
代未聞――運ぶことこそあれ、そのような機会に恵まれたことはなかった。

 たんに恥ずかしかったと認められないところが、傭兵の弱さである。

「……また、会いましょう、か。まっぴらごめんだな」

 苦笑すると、傭兵はそのメモをクシャリと丸めて、ゴミ箱に投げ捨てた。

「……遺跡に戻ろう」

 ぼやき、テーブルに背を向けて扉へと傭兵は向かう。

 その背後で丸めたメモはゴミ箱に飛び込み、カタンと乾いた音をたてた。


   -ⅲ-


 傭兵の行動は手早かった。
 アトリエを後にしてひと時もしない間に、遺跡へ潜る準備を全て終えていた。

 激戦による消耗に備えた栄養価の高い食料。
 体力の損耗を抑える素材の、装備への合成。
 より巨大な敵を相手取るための獲物の獲得。

 純度の高い硝子のように透明な刀身を持つ投擲剣は、驚くほど傭兵の手に馴染んだ。
 試しに倒木へ向かって投擲してみると、硝子の投剣は音もなく飛翔し、その幹に大
きな穴を穿つ。

 武器商人に依頼し、取り付けてもらったギミック――螺旋の力。

 激突の瞬間に解放される回転力は、全てを穿ち削る力を投擲剣にもたらした。
 その殺傷力は折り紙つき、上手く用いれば巨大な敵を一撃で屠ることもできよう。

「……さて、どうするか」

 傭兵はそれら全ての荷物を身に着け、自身に問いかけた。
 すでに、足は遺跡へと向かって歩みだしている。

 どうするか、とは――遺跡の中のどこを目指すか、ということである。

 鍛錬を考えれば、戦う相手が強いに越したことはない。
 ならば、遺跡のより深層を目指すべきだろう。
 
 遺跡内の怪物は、深ければ深いほど、その地点が暗ければ暗いほどに力を増す傾向
にある。平原よりも森、森よりも暗き回廊――その差は歴然としている。

「……だが」

 純粋に力を求めるのであれば、それ以外にも手は考えられる。

 ――宝玉の存在だ。

 傭兵には想像も付かない力を付与された宝玉は、所持しているだけで所持者の力を
高めるという特性を持っている。
 傭兵が既に所持しているのは火と水の宝玉。

 傭兵はそれらを手にしてより誰に学ぶでもなく、流水の如く攻撃を捌く技と、烈火
の如く攻撃を繰り出す技を身につけていた。
 その力をなくして、遺跡の怪物を相手に、いまほど立ち回ることは難しいだろう。

「……より、速さがあれば」

 乙女の最後の一撃を思い出す。

 背後からの一撃――それを避けることができなかったのは、気づいていなかったか
らではない。ただ単純に一撃を避ける速度が、傭兵になかったためだ。

 得てして、肉体の反応とは知覚に遅れてしまうものである。

 傭兵により速さがあれば、あと一呼吸分の行動が許されていれば、勝負の結末は或
いは……。

「速度……風、の宝玉、か」

 その噂を思い出す。
 遺跡の回廊に、神速の槍を用いて風の宝玉を守るものがいるのだと。

 宝玉の守護者――その者が武器とするのは、まさにその速さである。

「……おもしろい」

 口の端を曲げて、傭兵は薄く笑う。

 より速さを得るために、より強くなるために――速さを喰らうのも悪くはない。

 新たな技術を習得したければ、その持ち主に教えてもらえにいけばいい。

 その為には、手段を選びはしない。

 傭兵は遺跡へと続く階段を下ると、魔方陣に登り、静かに消えていった。

 ――遺跡へと。
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