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血の染み付いた手帳

しがない傭兵が偽りの島で過ごした日々の記録
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  • :11/23/13:19

06151721 Day41 -砂海-

   -ⅰ-

 風に吹かれて流れる砂を追うように、傭兵は砂の海を歩いていた。
 砂海――広大な砂漠は、海になぞらえてそう呼ばれることもある。

 風に吹かれてさらさらと流れる砂は、ときおり傭兵の足元を滑らせた。
 一歩ごとに爪先が砂に沈み込み、砂を蹴り上げて歩くため常以上の力を必要とする。

 照りつける熱線は旅人の体力を奪い、あらかた力尽きた頃に極寒の夜がくる。
 そうして多くの旅人が、朝を迎えることなく砂漠で息絶えるのだ。

 その亡骸は、流れゆく砂流に飲み込まれ、表に出ることはない。
 時として、何十年も昔の亡骸が、半ばミイラと化して地表に現れることがあった。

「……」

 砂漠を一人で渡ることは、死にに行くようなものだと語る者も多い。

 熱中症にかかった頭は方向感覚を失い、徐々に砂漠の中枢へと導かれるためだ。

 円周へと向かっているつもりの旅人が、その実、砂漠の深奥を目指して進んでいた
などということはざらにある。

 所詮、人の感覚など、そうあてになるものではない。

「……」

 極力、声を漏らさず、日射を遮りながら進む傭兵の選択は正しい。
 尋常な熱ではないのだ。暑いからと薄着になるのは、自殺行為である。

 傭兵のように厚い外套を羽織って、日射を遮断しなければならない。

 肌を露出した結果、尋常ではない日焼け――もはや火傷を負って、リタイアする者
も多い。
 豊富な紫外線は、健康を害するもとにもなる。

 旅人の感覚を惑わせるもののひとつは、延々と変わらない砂漠の風景であろう。
 遥か彼方には砂海の水平線が、ぐるりと360度世界を取り囲んでいる。

 風化し、粉々に砕け、さらさらと肌理細やかになった砂以外のものはなにひとつと
してない。
 夜になれば、砂漠に住む昆虫や、獣を見かけることもできたが、日中はその全てが
砂中で熱を凌いでいるのである。

「……くそ、たまらないな」

 一度は砂漠を抜けて遺跡の回廊に入り、澱んではいるが涼やかな空気に息を吐いた。

 最初の石碑を見つけてから半日以上の時間が経過している。

 行程は五割といったところ。明日の昼までには、次の回廊に辿り着いていたかった。

 昼を過ぎれば再び、灼熱地獄と化した砂漠を往く羽目に陥るのだ。

「……?」

 柔らかな砂を踏みしだいていた足が、堅い何かに触れた。

 明らかに砂とは違う感触が足元にある。

「……なんだ?」

 陽は傾き、暑さはいくらか軽減されていた。

 しゃがみこんで、砂を払う――割れた石版が姿を現した。

 文字が意味となって伝わってくる。

『――伝承者たちは……』

「……これは」

 頭のうちに流れる少年の声――つい最近、同じ声を聞いている。

 どこか遠い少年の声――おそらくは、聖人と呼ばれる者の声。

「……このあたりに、何かあるのか?」

 立ち止まることで気づいた。

 周囲には砕けた岩が散乱し、それらはもともと人工物であったらしい。

 ――どこかに完全な状態のものはないか?

 一時、傭兵は暑さを忘れて、周囲を見渡しながら探索を開始した。



   -ⅱ-

 はたして、それらは見つかった。
 ところどころ欠けてはいるものの、ほぼ完全な状態の石碑が半分方砂に埋まった状
態で砂の上に浮いていた。

 歩み寄る――自動的に、ガイダンスが始まり、脳内に少年の声が響いた。

『聖人…… 英雄…… 熱血……。

 物語を見守り続ける守護者を思い描け。

 道はその守護者が与えるだろう』

 この前のものとは、問いかけが異なった。
 より厳密に言えば、登場する守護者の名称も異なる。

 導き手ではなく、見守るもの――その役目はいったいなんなのだろうか?

「……ふん、また謎カケか」

 地図を開き、自分が次の目的地への折り返し地点に立っていることへ気づく。
 この道の先に、宝玉を守る女戦士がいるのだ。

 そして、これらの石碑は、遺跡の謎に何か関係があるのか。

「……無関係ということはないだろう」

 ジャンパーを広げて直射日光を避けながら、そう呟いた。

 見守るもの――それは、立ち位地で言うならば第三者にあたろう。

 与えるもののように積極的に関わりをもっているわけではない。

 全てを見守るには、類まれなバランスが必要となってくるのである。

「……聖人、か」

 ならば、謎カケを行う声の持ち主が最もそれに近いのであろう。

 すくなくとも、この声の持ち主は何かを強制するということはない。

 ただ、見られている――そのような感覚はあった。
 
 良い意味でも、悪い意味でも、自分自身がその世界へと片足を突っ込んでいるのだ
という感覚がある。

 新たな宝玉への距離も近く、手元にある宝玉も奇妙な明滅を繰り返している。

 それは、これから先への暗示なのかどうか。

「それも……知ったことではないか」

 横たわった石碑郡を足場として利用しながら、傭兵は先を急いだ。

 遥か前方に雷が散り、風が唸りをあげていた。


   -ⅲ-

 ほどなくして、砂嵐にぶちあたった。

 巻き上げられ砂つぶてとして吹く風の前になすすべもない。

 ただ、口元と目許を厚い布で覆い、吹き飛ばされないよう耐えて先へと進んでいる。

 ときおり、雷雨が激しく振り、砂の表面に急流を生み出していた。

「……これは、まずいな」

 砂漠にはほとんど、草木が生えていない。

 基本的に水の降らない地帯であるため、植物も根付かず、水はけも良すぎるのだ。

 水は砂の上を流れて、砂丘から川のような水の流れが生じていた。

 このままそのような状態が続けば、砂地が真の海と化してしまう恐れがあった。

 地表から吸い取られた水は地下水脈に直結して流れており、そこへと流れ込む過程
で、砂を巻き込む可能性があるのだ。

 液状化した砂は、性質が悪く、流砂となって猛威を振るう恐れもあった。
 
「……急ごう」

 言ったそばから、足元の砂がずるりと滑った。

 地表を滑るようにして、崩れる。

「く……」

 あえて、身を投げ出すことで、被害を最小限に抑えた。

 いくらかの投擲剣が砂に呑まれたが、それで済むのならば軽い方である。

「……」

 濡れそぼった身体、吐息を漏らす。

 その足元が掴まれた――偽妖精――片付けた一群の残存。

 同時、ぬかるんでいた足元が、再び滑った。

 砂が流れ出し、ひとつの大きな動きを巻き起こす。

 流砂――1点へと収束する様は、まさにそれに相応しい。

「……飲み込まれる前に片をつける」

 足を掴む偽妖精の手首を短剣で切り払い、傭兵は全力で流れる砂の上を駆けた。

 傭兵を取り囲むようにして飛ぶ竜巻は、熱を帯びた魔物の擬態である。
 
 それらの全てを倒さなければ、流砂からの脱出は難しい。

 布を口元に縛りつけ、覚悟を決めながら、傭兵は自らそれらに突撃していった。
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