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血の染み付いた手帳

しがない傭兵が偽りの島で過ごした日々の記録
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  • :11/23/09:10

06151714 Day40 -無双-

   -ⅰ-


 幾度かの小規模な戦闘を経ながら、傭兵は遺跡の奥へと足を進めた。

 固い床を踏む力強い軍靴の音に、砂を噛む音が混じる。薄暗い回廊は徐々に明るさ
を増し、道の怪物が潜むに相応しい闇の領域は、砂そのものが放つ清潔な白い輝きに
その居場所を奪われていった。

 屈まなければ通ることができないほどの隙間から這い出でると、突然に天井が高く
なった。周囲を見渡すと、磨きぬかれた石柱が規則正しく並び、天井からはサラサラ
と砂の雨が降り注いでいる。

 もともとは砂漠であったろう場所に築かれた人造の建築物。少し歩くと、自分が壇
上に立っているのだと知れた。回廊の出入り口付近には砕けた木片が散乱しており、
本来はその道を隠していたのだと想像することができた。

 脱出口であったのだ。

 この建物は特別な意味を持ち、かつてはこの壇上で地位あるものが説教などを行っ
ただろう。人々がいなくなってどれほどが経つのか、石の座席も風化しながらも原型
をとどめている彫像たちも、全てが砂に埋もれている。

「……これは?」

 階段を下って壇上をおり、石柱の合間をぬって光の漏れる方へと向かう。その途中
に巨大な石碑が威風堂々と安置されていた。表面に刻まれた文字はほとんど削れてお
らず、今でも読むことができた。

 遺跡内でのみ見られるその言語は、見るものに情報を直接に送り込む特殊なものだ。

 頭の中に直接、幼い少年の声が響き渡る。

『……幸星……女神……魔王……。
 最後に現れし守護者を思い描け。
 道はその守護者が与えるだろう』

 声変わりもしていないその声は、荘厳に重々しくそう告げた。
 
「……守護者、だと?」

 この島に初めて辿り着いた日のことを思い出す。

 入島審査はごく簡単なものであった。むしろ、何もなかったと言っていい。

 多くの冒険者たちは船を下りるなり、思い思いの方角へと消えていった。中には他
のルートで到達したもの、望むと望まざるとに関係なく辿り着いたものもあっただろ
う。そんな彼等の全てを管理することは不可能に近い。

 そんななか船着場の近くにある小屋を訪ね、手続きの有無を尋ねた傭兵の方が稀有
な存在だったのかもしれない。そのとき、傭兵の応対をした初老の漁師は、傭兵に手
続きなど存在しないことを告げるとともに、こう言った。

『聖人サンセットジーン! こりゃまた、難儀な守護者じゃねぇか。
 あんたが何をしに来たかは知らねぇが、せいぜい振り回されねぇこった!!』

 顎鬚を撫ぜながら面白そうに笑う老人の言葉の意味をその時は測りかねた。しかし、
これまで思い出しもしなかったその出来事が今、小さなパズルのワンピースとなって
頭の中でカチリと音をたてた。守護者とはまさにそれのことではないか。

 しかしこの石碑に、聖人というキーワードはない。

「……そう、何人もいるものなのか?」

 そんなことを思いながら、石碑の脇をすり抜け神殿の出口へと向かう。砕けた石造
りの門の向こう、砂をはらんで荒れ狂う風が見えた。渦巻く風――またしばらくは、
風と砂に悩まされる日々が続きそうだと予測される。

 外に出るとどこまでも続く砂の稜線が見えた。そのはるか手前、神殿の前に小さな
広場があり、七体の彫像が配置されていた。

 一点を見つめて並列する彫像たち――筋骨逞しい農夫、ベールで顔を隠した女性、
道化師の少女、学者然とした老紳士、剣を掲げる女戦士、涙を流す貴族の女、大人び
た表情の少年。

 この七人が、石碑にも記されていた守護者なのだろうか。

「……この先に、何がある?」

 何かが見えるような気がして、彫像たちが眺めやる方角を見やった。見えたのは、
遠くに立ち込める暗雲と、撒き散らされる落雷の束――砂漠の嵐は性質が悪い。

「……ふん、幸先の悪いことだ」

 受難の道を行く道化の聖人のようだ――招待状やこの手にある宝玉、そしてたった
いま目にした石碑の謎解きに踊らされる己のことを思い、傭兵は彫像たちに見送られ
るようにして砂の道へと最初の一歩を踏み出した。



   -ⅱ-
 

 ワイヤーを一閃――放たれた死神の鎌。
 
 銀光は美しい弧線を描いて飛び、唐竹割りに偽妖精の義体を断ち切った。空を切り
裂く音に遅れて、偽妖精の義体は正中線から左右にずれ落ち、それぞれに力なく倒れ
こんだ。

 疾走する勢いのままに、傭兵はその義体を足場に跳躍する。

 空中で抜き放った投擲剣を、三方向に投擲。その一挙動で三体の偽妖精を屠った。
 
「……くっ」

 着地と同時に、左右からの挟撃。

 偽妖精の放つ雷撃が傭兵の身体を貫いた。全身を駆け巡る衝撃は、一万ボルトの刺
激。とてつもなく強烈な一発に視界を白に染めながらも、傭兵は勢いを殺すことなく、
偽妖精たちの間を走り抜けた。

 後方から爆音――偽妖精たちの追撃が、狙いを外して互いを撃ち抜いていた。

 自分たちの雷撃を受け、機能停止。灰色の煙がその義体から立ち昇る。それでもな
お、獲物を求めるように偽妖精の義肢は不気味に動いた。

 自己を省みない怪物たちの特攻――まるで東洋のバンザイアタック。

 倒れた仲間を踏み越えるようにして、偽妖精たちは傭兵を追ってくる。

「キリが、ないな」

 ぼやけてはいるが白から抜け出した視界の中、あたりを見渡して嘆息した。

 偽妖精の群れ、群れ、群れ。

 うっすらと偽妖精たちの姿が浮き上がる。陽炎のように揺らめくそれらの存在が、
視覚としてよりも気配ではっきりと感じ取られた。

 すでに八重二十重の包囲網が完成している。ただ数に任せた義体の壁だ。

「……耳障りな、くそったれどもが」

 偽妖精のあげる機械音を頼りに、グルカ刀を右手で抜き打ちに振り払った。狙い違
わず眼前の偽妖精を真っ二つにし、その身体を蹴って転進――さらに返す刀で一体を
横断。続けざまに逆手で投擲剣を抜き、接近する雷撃を撃ち落とした。

 爆炎をあげてはじけた雷撃の中に飛び込むようにして、その先にいる偽妖精を数体
同時に仕留める。そのままひとつどころには止まらず、群れの中を縦横無尽に駆け巡
り、敵とあらば手当たり次第に切り刻んだ。

「これで、残り、何体だ――」

 周辺の動くものをあらかた片付けて荒い息をついた。

 すぐさまに、動き出す。

 あちこちで機械的な悲鳴とともに壊れた偽妖精が砂の上に転がり、流れ出した体液
が薄緑色の染みをつくった。その数は傭兵が動くたびに増え続けているが、それより
も新たに現れる偽妖精の数の方が多い。

「……まだ、増えるか」

 悪態をつき、新手の偽妖精を返り討とうとして、足首を掴まれた。強引に動作を静
止され、体勢が崩れる――崩しながらも、上半身だけとなってなお傭兵の足にすがり
つく偽妖精の頭を踏み砕いた。軍靴越しに伝わる硬い踏みごたえ。

 その僅かな隙に、迎撃し損ねた偽妖精の一群に組みつかれた。金属製の爪先が傭兵
の身体のいたるところに掻き立てられ、浅い引っかき傷を残す。

「ぐ……」

苦悶の声を歯を食いしばって押し殺し、足を入れ替え、上体を捻りながら、その勢い
を利用して偽妖精を引っぺがした。

 遠心力に弾き飛ばされた偽妖精が宙にあるうちに、ワイヤーの一振りで半数を薙ぎ
払った。火花を散らして偽妖精の義体が細切れになり、呆気なく地に落ちる。

「邪魔をするのなら、容赦はせん!」

 体液に濡れてキラキラと輝くワイヤーを迸らせ、傭兵は偽妖精の群れへと躊躇せず
飛び込んでいった。

 最後まで立っている者は自分だと――そう信じる者に、迷いはない。



   -ⅲ-

 ――ギギ、ギャガアアァァァァ!!
 
 下半身と泣き別れになりながら、凄絶な悲鳴をあげる偽妖精の頭を踏み潰した。そ
れを境に、周囲からふっつりと音が途絶える。

「……全て、片付けたか」

 緑色に染まった砂漠の砂が、戦闘の激しさを物語っていた。砂漠の砂は常に流れ続
けている。すでに、屠った偽妖精の多くが、砂に半分方埋まりかけていた。

 警戒をとかず辺りをうかがうが、やはり動くものの姿はない。カサカサと地を這う
蠍やトカゲが見つかる程度のもので、それらは脅威となり得ない。

 ――巨大蠍でもいるのなら、別だが、な。

 肩で息をしながら、傭兵はそんなことを考えた。さすがに疲れてもいた。単体の脅
威は低くとも、これだけの数を同時に相手取った経験は久しくない。どんなに鍛え抜
かれた戦士であろうとも、無限に動き続けることはかなわないのだ。

「……終わった、な」

 しばらくの時間が経過し、傭兵はそう結論づけた。いつまでも現れない脅威に眼光
を光らせ、貴重な時間を無駄にするわけにもいかない。

 戦闘態勢を解き、最初に投げておいた荷物を拾いに向かう。

 砂に埋もれつつあったが、荷物はすぐに見つかった。特に、荒らされた形跡もない。

「何が、狙いだったの、か……」

 明らかに連携をとっていた偽妖精の群れについて考えながら、荷物を拾い上げた。
疲れた身体に、満載した食料などの重みがずっしりと堪えた。

 そして、歩き出す。

「――?!」

 歩き出すと同時に烈風が傭兵を襲った。咄嗟に口元を被ったが、炎気をまとった颶
風は傭兵の肌をチリチリと焦がす。

 明らかに異様な風――おそらくは、この風自体が魔物。

「……」

 呼吸をすれば肺腑をやられる――せっかく拾い上げた荷物を投げ出して、傭兵はそ
の場を離れようとする。逃がすまいと、その両足がハッシと掴まれた。

 地中から現れたのは巨大な偽妖精。先ほど打倒した群れの個体に、比べるべくもない。

 ――二段構えの罠。

(――こっちが、本命か!)

 心中で傭兵は自身の不覚を悟った――額に噴く先から、汗が蒸発して消える。

「うおぉ!!」

 息を吸わないよう吐き出しながら、傭兵は裂帛の気合を込めて短剣を抜き払った。

 形のない風を断ち切ることはできるのか? できる、できるのだ!

 傭兵を取り囲むようにして風刃が荒れ狂い、傭兵の肌を裂いて血を巻き上げた。

 ――戦いは始まる。
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