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血の染み付いた手帳

しがない傭兵が偽りの島で過ごした日々の記録
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  • :04/25/09:44

06151714 Day40 -無双-

   -ⅰ-


 幾度かの小規模な戦闘を経ながら、傭兵は遺跡の奥へと足を進めた。

 固い床を踏む力強い軍靴の音に、砂を噛む音が混じる。薄暗い回廊は徐々に明るさ
を増し、道の怪物が潜むに相応しい闇の領域は、砂そのものが放つ清潔な白い輝きに
その居場所を奪われていった。

 屈まなければ通ることができないほどの隙間から這い出でると、突然に天井が高く
なった。周囲を見渡すと、磨きぬかれた石柱が規則正しく並び、天井からはサラサラ
と砂の雨が降り注いでいる。

 もともとは砂漠であったろう場所に築かれた人造の建築物。少し歩くと、自分が壇
上に立っているのだと知れた。回廊の出入り口付近には砕けた木片が散乱しており、
本来はその道を隠していたのだと想像することができた。

 脱出口であったのだ。

 この建物は特別な意味を持ち、かつてはこの壇上で地位あるものが説教などを行っ
ただろう。人々がいなくなってどれほどが経つのか、石の座席も風化しながらも原型
をとどめている彫像たちも、全てが砂に埋もれている。

「……これは?」

 階段を下って壇上をおり、石柱の合間をぬって光の漏れる方へと向かう。その途中
に巨大な石碑が威風堂々と安置されていた。表面に刻まれた文字はほとんど削れてお
らず、今でも読むことができた。

 遺跡内でのみ見られるその言語は、見るものに情報を直接に送り込む特殊なものだ。

 頭の中に直接、幼い少年の声が響き渡る。

『……幸星……女神……魔王……。
 最後に現れし守護者を思い描け。
 道はその守護者が与えるだろう』

 声変わりもしていないその声は、荘厳に重々しくそう告げた。
 
「……守護者、だと?」

 この島に初めて辿り着いた日のことを思い出す。

 入島審査はごく簡単なものであった。むしろ、何もなかったと言っていい。

 多くの冒険者たちは船を下りるなり、思い思いの方角へと消えていった。中には他
のルートで到達したもの、望むと望まざるとに関係なく辿り着いたものもあっただろ
う。そんな彼等の全てを管理することは不可能に近い。

 そんななか船着場の近くにある小屋を訪ね、手続きの有無を尋ねた傭兵の方が稀有
な存在だったのかもしれない。そのとき、傭兵の応対をした初老の漁師は、傭兵に手
続きなど存在しないことを告げるとともに、こう言った。

『聖人サンセットジーン! こりゃまた、難儀な守護者じゃねぇか。
 あんたが何をしに来たかは知らねぇが、せいぜい振り回されねぇこった!!』

 顎鬚を撫ぜながら面白そうに笑う老人の言葉の意味をその時は測りかねた。しかし、
これまで思い出しもしなかったその出来事が今、小さなパズルのワンピースとなって
頭の中でカチリと音をたてた。守護者とはまさにそれのことではないか。

 しかしこの石碑に、聖人というキーワードはない。

「……そう、何人もいるものなのか?」

 そんなことを思いながら、石碑の脇をすり抜け神殿の出口へと向かう。砕けた石造
りの門の向こう、砂をはらんで荒れ狂う風が見えた。渦巻く風――またしばらくは、
風と砂に悩まされる日々が続きそうだと予測される。

 外に出るとどこまでも続く砂の稜線が見えた。そのはるか手前、神殿の前に小さな
広場があり、七体の彫像が配置されていた。

 一点を見つめて並列する彫像たち――筋骨逞しい農夫、ベールで顔を隠した女性、
道化師の少女、学者然とした老紳士、剣を掲げる女戦士、涙を流す貴族の女、大人び
た表情の少年。

 この七人が、石碑にも記されていた守護者なのだろうか。

「……この先に、何がある?」

 何かが見えるような気がして、彫像たちが眺めやる方角を見やった。見えたのは、
遠くに立ち込める暗雲と、撒き散らされる落雷の束――砂漠の嵐は性質が悪い。

「……ふん、幸先の悪いことだ」

 受難の道を行く道化の聖人のようだ――招待状やこの手にある宝玉、そしてたった
いま目にした石碑の謎解きに踊らされる己のことを思い、傭兵は彫像たちに見送られ
るようにして砂の道へと最初の一歩を踏み出した。
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06151710 Day39 -必敗-

   -ⅰ-


 軽い頭痛――後に、暗転。傭兵はもう慣れ親しんだ感覚とともに、遺跡の外に出た。
 気づいた時には、明るい世界が眼の前に広がっている。

 「……ぐ」

 眩しさに目を覆いながら、傭兵はその場に膝を突いた。
 遺跡内で与えられた軽微な傷は全て幻のように消失している。
 生きてはいるが致命傷。それほどの傷でさえ、薄っすらと跡を残すだけだ。

 消耗していた――膝を突いたのは、単に気力の問題である。

「だらしないわねェ」

 ハスキーな女の声が聞こえる。
 傭兵が振り返ると、うさぎ柄のふりふりエプロンを身につけた乙女の巨体があった。
 立っていればほぼ同じ目線も、傭兵が膝を突いているため見上げるようになる。

「ちょっと、疲れてるようね。まァ、しょうがないかしらァ?
 あれだけの、戦いだったのだし……んもゥ、手が焼けるわ」

 乙女は片手を頬にあて、困ったようにひとりごちた。
 そして、子供を見やるような目つきで傭兵を見下ろし、その腕を掴むと自分の肩に
まわさせる。

「ほ~っら♪ 家まで、連れて行ってあげるわよゥ」

 ――悪戯好きな妖精の微笑み。
 
 滑らかな手つきで腕を傭兵の膝下に潜り込ませると、乙女は傭兵の体躯を軽々持ち
上げた。傭兵の腕は乙女の肩を越えて背中へと垂れ下がり、なすすべもなく乙女にし
がみつく形となる。

「……ぐ。ふざけるなッ。おろせ、自分で歩ける!」

 傭兵は慌ててわめくが、乙女の耳に馬耳東風。
 傭兵の膝下と背に両の手をあてがい、乙女は軽々と町へと続く山道を下りてゆく。

 まるで、冗談のようなお姫様抱っこ。

「馬鹿ねェ、無理することはな・い・の♪
 人に頼ることは、けして恥ずかしいことじゃないのよゥ」

「これの――どこが、恥ずかしいことではないんだ?!」

 乙女の肩に顎を預けるかたちとなり、話すことはだいぶ楽になっていた。
 うふふと笑う乙女に、傭兵は精一杯の抗議をするが聞き入れてはもらえない。
 
「そ・れ・に、あなた私に負けたのだから、おとなしく聞き分けなさい!
 男の子でしょう~? そういう態度は女々しくってよゥ」

 乙女の辛辣な一言に、傭兵は押し黙った。

 奥歯を噛み締め――敗北の瞬間を思い出す。

 傭兵の渾身の一撃は、乙女に多大なダメージを与えたがそれにとどまった。
 そして、乙女の放った一撃は死角から彼の急所を精確に穿ち貫いたのだ。

 ――自身の髪を用いた遠隔操作。

 ごくごく僅かな、女傭兵だけが用いる暗殺の妙技だ。
 世界を練り渡ってきた傭兵が知る使い手とて、ただの一人しかいないのだ。

 ――それも、その使い手はこの世に既にいない。

「ま、私のほうがおねーさんなのだし♪ ふふ、勝って当然というものだわァ
 あ・な・た、センスが良いのだから、これからも精進なさいねェ♪」

 勝者のほがらかな語りかけは、まだ続いている。
 その言葉の一つ一つが、彼女の言葉と重なり、傭兵はさらに強く奥歯を噛み締めた。

「……次は、負けん」

 傭兵は、血を吐くようにして言葉を紡ぐ。

「ふふ、楽しみにしていて、あ・げ・る♪」

 乙女の愉快そうな返答。まるで、余裕とでも言わんばかりの。

 ――真実、そうなのだろう。

(……今の俺では、こいつに勝つことはできない。)

 傭兵はそんなことを考えながら、抗いようのない眠りへと引き込まれていった。
 全身で感じる乙女の熱が、それが母の温もりにも似て、傭兵を安堵させるのだった。

つづきはこちら

05101517 Day38 -雌雄-

   -ⅰ-

 白い空間に剣戟の音が満ちた。戦っているのは男と女だ。

 しかし、その体格に差はない。

 黄金のブロンドを豪奢に伸ばした女は、エプロンドレスを身にまとっている。
 相対する男は野戦服に身を包み、その対極的な様は冗談のような光景だった。

 だが、その戦いは正真正銘の本物であり、命を削るような一撃の応酬が続いている。

 一見、攻勢にまわっているのは、男であるように見える。

 電光石火の動きで床も天井も関係なく、両の手に握る短剣を武器に果敢に攻め入っていた。
 その実、その表情には浮かばない焦りが、彼の心に忍び寄りつつあった。

「あらあら、どうしたのゥ?」

 死角から抜き放った投擲剣を、女の短剣に弾き返された。

 狙い、タイミング、一撃の速度――全てに申し分のない一撃だった。
 遺跡の怪物――とりわけ、その低級なものであれば今の一撃で八割は仕留めている。

 それを簡単にいなされる。
 そんなことが、もう十数回も繰り返されていた。

「……ち」

 さしもの男も足を止め、女を油断なくうかがった。
 先ほどから、まるで最初から分かっているかのように攻撃を防がれている。

 初対面の相手だ。

 所見の敵を、その戦術を相手に、これほどまでに動きを合わせることは簡単ではない。

 幾度となく戦った相手ならば、それが成立することもある。
 あらゆる秘技、必殺の一撃さえも、防がれてしまうことが。

 腐れ縁とでもいうべき相手――男にとっての、とある女傭兵のように。

 相手の力量が確かであることも要求される。

 それほどに、簡単なことではないのだ。

「俺が……見た目で、侮った、ということか?」

 悩ましく自問自答する男を、誰も責めることはできまい。

 エプロンドレスの大女が、信じがたい手誰だと誰が想像できるだろうか。
 正当な技術を重んじる人間は、奇抜な相手を軽んじてしまう傾向にある。

 それを狙っての格好であれば、より女を危険視する理由にもなるだろう?

「ねェ、来ないの?」

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05101514 Day37 -泡沫-

   -ⅰ-

 闇よりも暗い獣は、口惜しそうにその場を去った。

 鋭い眼差しで去っていく獣を見送り、その姿が視界の果てに消えてから、

 傭兵は荒い息をついてその場に膝を突いた。

 握力を失った両の手から、重量のあるグルカ刀がドサリと落ちる。

 全身の傷からは血が溢れだし、傭兵の足元に鉄サビ色の水溜りを作る。

 ――傭兵の肉体は、とうに限界を超えていたのだ。

 息がつまり、熱いものが喉元から競りあがってきて、

 傭兵は自分の血溜まりへと吐瀉物をぶちまけた。

 霞む視界、手探りで荷物から水を見つけ出し、どうにか蓋をあけて口につける。

 肺腑が軽く痙攣を起こしており、飲み込むことすら困難な様子であった。

 座り込んだ姿勢のまま動くこともできず、血と吐瀉物に塗れながら、

 傭兵はただ、自分の身体が癒えるのを待った。

 肉体から離れ、ただ鋭敏になった感覚は、周囲のことを傭兵に伝えてくれる。

 ここから先、歩いてひと時もかからない程の場所に、

 先ほどの獣など比べ物にならない何かの気配があった。

 それが、傭兵の目指すものなのかどうかは、分からない。

 しかし、先刻見た地図の地形を思い出してみれば、避けて通れない地点でもあった。

 傭兵が遺跡を守る側であったならば、そのような要所に罠を仕掛けるだろう。

 守りにまわった側の、初歩的な戦略といえた。

「……は、はは」

 呼吸が楽になり始め、筋肉の痙攣は絶頂を極めた。

 突っ伏すように地面に倒れこみ、無理やり体を捻って仰向けになる。

 回廊に潜む魔物がうごめいているのが、視界の隅に映った。

 彼らはあの美しくも孤独な迷宮から、永遠に外へ出ることは適わないのだ。

 風に混じる獣の臭い、冒険者の臭い――それらに気を配りながら、傭兵は歯を食いしばる。

 いま、再び襲われたなら、もう勝ち目はない。

 あの獣の気配は、すでに遠くへと霞んで消えていた。

「……少し、休むか……」

 饐えた自身の臭いに眉をひそめながら、傭兵は静かにそっと目をとじた。

 目覚めたら、歩き出すのだ――次の、戦場へと。

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05101513 Day36 -協奏-

   -ⅰ-

 熱砂の砂漠を抜けると、そこは冷え冷えとた風の滞る回廊の入り口だった。

 額にかいた汗が急激に冷やされて、ぞくぞくした怖気に襲われる。

 その感覚も相まって、この回廊にはただならない気配が感じられた。

 それはこの先に待ち受ける存在が、放つ存在感によるものかもと乙女は思う。

 静かな回廊の中は、だがしかし、確かな生命の息づきに満ちていた。

 視線を闇の中に向ければ、淡い燐光を放つ精霊が飛んでいる。

 それらが眼に見えて映るのは、乙女がかつてこの島に暮らし、マナの影響を受けているからだ。

 ましてや、夢幻に捕らわれた身である乙女は、一種彼らと近しい存在となっている。

 ただし、本人がそれと知ることはない。

「……綺麗ねェ」

 闇の中に浮かんでは消える青白い輝きをうっとりと眺めやりつつ、乙女は先を急いだ。

 円筒状の回廊は折れ曲がることもせず、ただひたすらに真っ直ぐだった。

 その形状は下水を思わせるが、嫌な臭いなどはなく、無味無臭の気味悪さがあった。

 カツンカツンと乙女の足音が響くたびに、それが反響して何重にもなって返ってくる。

 よくよく意識を集中しなければ、どれが本当の足音なのかも分からない状況だった。

 気を抜けばそれに混じって、遺跡の怪物が襲い掛かってくるかもしれない。

 あくまでも、足取りは軽やかに。

 だが、周囲八方に向けられた、乙女の警戒のアンテナは尋常のものではない。

 ここは、そういう場所なのだ。

 眼を凝らせば、闇の中に回廊の壁面が浮いて見える。

 繋ぎ目すらないつるりとしたその表面に縦横無尽に走っているのは、

 他ならない怪物の爪痕であり、一見模様に見えるそれは彼らの返り血であった。

 惨劇の跡があたり一面に広がっているにもかかわらず、ここは静謐さを保っている。

 それらの殺戮さえも、無音のうちに行われたということか。

 遺跡のどれほどの深さに相当するかは分からないが、

 この階層の危険度は、上階と比べるまでもないことは明らかであった。

「嫌な風ねェ。何も、感じないわァ……」

 ときおり、円筒状の回廊内を、いままで来た道へと向かって生暖かな風が吹き抜けていく、

 のっぺりと頬を風が撫ぜていく感覚は、いかにも無機質で不快だった。

 その中には、獣の臭いのひとつも感じない。

 さきほどから見られるのはやはり、精霊や死霊の類ばかり。

 この回廊にはいってからというもの、気配こそ感じるものの、

 動物のような有機体といまだに出会ってはいなかった。

「薄気味悪いはねェ……何か、嫌な予感がするわ」

 何も起きなさ過ぎることが、懸念であり、乙女の第六感を刺激するのだ。

 悪いことが起きるような気がして、乙女は警戒を強めながらもただただ前へ進んでいた。

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