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血の染み付いた手帳

しがない傭兵が偽りの島で過ごした日々の記録
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  • :04/20/06:44

05101514 Day37 -泡沫-

   -ⅰ-

 闇よりも暗い獣は、口惜しそうにその場を去った。

 鋭い眼差しで去っていく獣を見送り、その姿が視界の果てに消えてから、

 傭兵は荒い息をついてその場に膝を突いた。

 握力を失った両の手から、重量のあるグルカ刀がドサリと落ちる。

 全身の傷からは血が溢れだし、傭兵の足元に鉄サビ色の水溜りを作る。

 ――傭兵の肉体は、とうに限界を超えていたのだ。

 息がつまり、熱いものが喉元から競りあがってきて、

 傭兵は自分の血溜まりへと吐瀉物をぶちまけた。

 霞む視界、手探りで荷物から水を見つけ出し、どうにか蓋をあけて口につける。

 肺腑が軽く痙攣を起こしており、飲み込むことすら困難な様子であった。

 座り込んだ姿勢のまま動くこともできず、血と吐瀉物に塗れながら、

 傭兵はただ、自分の身体が癒えるのを待った。

 肉体から離れ、ただ鋭敏になった感覚は、周囲のことを傭兵に伝えてくれる。

 ここから先、歩いてひと時もかからない程の場所に、

 先ほどの獣など比べ物にならない何かの気配があった。

 それが、傭兵の目指すものなのかどうかは、分からない。

 しかし、先刻見た地図の地形を思い出してみれば、避けて通れない地点でもあった。

 傭兵が遺跡を守る側であったならば、そのような要所に罠を仕掛けるだろう。

 守りにまわった側の、初歩的な戦略といえた。

「……は、はは」

 呼吸が楽になり始め、筋肉の痙攣は絶頂を極めた。

 突っ伏すように地面に倒れこみ、無理やり体を捻って仰向けになる。

 回廊に潜む魔物がうごめいているのが、視界の隅に映った。

 彼らはあの美しくも孤独な迷宮から、永遠に外へ出ることは適わないのだ。

 風に混じる獣の臭い、冒険者の臭い――それらに気を配りながら、傭兵は歯を食いしばる。

 いま、再び襲われたなら、もう勝ち目はない。

 あの獣の気配は、すでに遠くへと霞んで消えていた。

「……少し、休むか……」

 饐えた自身の臭いに眉をひそめながら、傭兵は静かにそっと目をとじた。

 目覚めたら、歩き出すのだ――次の、戦場へと。



   -ⅱ-

 傭兵が浅い眠りについて、少しの時間がたった。

 何もない空間である。ただ、白い、それだけの空間。

 乙女は、傭兵より早く、その地点にたどり着いていた。

 ただ広いその空間に繋がる道は多いが、そのどれもがこの先には通じていないのだろう。

 冒険者らしき集団が乙女と同様に小道から姿を現す度、その直感はより強いものとなった。

 つまりは、何かをしなければ、先へと続く道は開かれないのだ。

 その、何かが分からない。

「……困ったわねェ」

 言うほどに、その口ぶりは困ったようでない。

 乙女には別の直感もあった。

 ――自分は、この先に進む必要などない。

 そういった思いがあるから、すでに何人もの冒険者を見送りながら、

 自身が出てきた小道の脇に腰をおろし、エプロンの繕いなど悠長に行っている。

 その感覚の糸が届く範囲には、先ほど傭兵が感じた気配の持ち主はいない。

 ただ、ときおり、目に見えて冒険者の数が減っていることに気づくだけである。

 いつ消えたのか、どこへ行ったのか――それは乙女をしても、定かではない。

 彼らの大勢が、気づいたときには消えていた。

「……」

 エプロンを繕い終え、泥と血に汚れた顔のメイクを整えなおす。

 乙女たるもの、いついかなるときも気を抜いてはならない。

 街角で、喫茶店で、夜のダンスホールで、硝煙渦巻く戦場で――。

 いつ、運命の人と出会うかは分からないのだから。

「……私は、誰かを待っているのねェ?」

 退屈紛れに、自問自答してみる。

 それが正しいのだと、理解はしていないが、納得していた。

 乙女は誰かと出会うために、ここにとどまっているのだ。

「……もしかして、紫のバラの人? かしら♪」

 楽しげに、くすくすと笑う。

 その頃には、数多くいた冒険者の姿もすでになく、白い空間に乙女ひとりとなっていた。

 だが、待ち人は来ない――。

「でも……そろそろ、来そうな気がするのよねェ」

 すっかり武装を整え終えた乙女は、そう呟いて立ち上がった。

 エプロンの裾をはらい、襟元を正す。

 ――それは、乙女の正面。最も大きな横穴から、ゆっくりと近づいてきていた。

   -ⅲ-

 細長い横穴は何度もの合流を繰り返して、人が三人肩を並べて歩けるだけの規模となっていた。

 先の回廊に比べれば蝙蝠の糞などもあり、ずいぶんと心安らぐ洞穴である。

 松明の光もなく、自身の夜目と感覚だけを頼りに、傭兵はその中を歩いていた。

 足元に転がる拳大の岩を、軽々と避けながら、身体に負担のかからない速度で進む。

 目指すべき場所がこの先にあることは間違いない。

 洞穴の入り口にたどり着いてから、傭兵が身を休めている間に、三組の冒険者がその洞穴へと姿を消したが、いまだに出会っていない。

 道は一本道――この先がどこかへ繋がっていなければ、出会っているはずである。

 それに、あの気配もいまだその場所を離れてはいない。

 近づいていることが、傭兵には感じ取れていた。

 ――ただ、その気配が今は二重に感じられたが。

「……蛇が出るか、鬼が出るか」

 牙のように垂れ下がった鍾乳石の下をくぐろうとすると、その先から蝙蝠の群れが羽ばたきながら飛び出してきた。

 血や肉を好む種類ではない。おそらくは、森の果実を主な糧として生きているのだろう。

 人が通り抜けられるほどではなくとも、外に通じる小さな穴が無数に走っている。

 「……強い風が吹いている。この先から、だな」

 這うようにして進むと、さらに天井の高い通路へと抜けた。

 先ほどまで無数に転がっていた石ころが、ここにはひとつも見つけられない。

 床も磨いたかのようになだらかで平坦になっている。

 少なくとも、人の手が加えられていることは疑うまでもない。

「……近い、な」

 短剣を引き抜き、いつでも飛びかかれるようにして、じりじりと前へ進む。

 赤茶けた岩肌が徐々に消えて、白い人造石に取って代わられた。

 突然、薄闇が途切れ、無数の電灯で照らし出したかのように白い空間が姿を現した。

 ――一歩足を踏み入れると、そこが目的の場所であったと知れた。

「……あなたなの?」

 その声は突然、認識の外、傭兵の正面からあがった。

 どうして気づくことができなかったのか――身長はゆうに彼ほどもある大女がそこに立っている。

 気配を隠している様子もなく自然体。だが、傭兵は、気づくさえできなかった。

「……なんだ?」

 ――お前は。 そう言おうとした声が、一陣の風に奪われた。

 白砂舞う穏やかな風のなか――乙女と傭兵は、奇妙な出会いを果たした。
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