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血の染み付いた手帳

しがない傭兵が偽りの島で過ごした日々の記録
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  • :05/18/19:13

12132247 Day29 -接点-

   -ⅰ-

 朝も、早く。朝もやの中を歩く――澱みないステップ――傭兵の歩き方。
 自身を誇示する騎士とも、整列乱れぬ兵士とも異なる。自分を殺した、歩法。

 カメレオンの如き擬態――内に死神を眠らせて、早朝の空気に紛れ込む。

 ポイズン・ラビット――臆病な捕食者、鳴尾恭平。

 静かな呼吸を繰り返す口元から、白い息が漏れた。

 偽島の漁師たちと、彼らから海幸を買いあさる商人たち――同様に早起きな。
 雑多な生の息づきに溢れた港市に、恭平の姿はあった。

 屈強な漁師たちのうちにあってさえも頭ひとつ高い。
 長い遺跡生活で伸びた髪を無造作に束ね、モスグリーンのジャケットを羽織っている。

 ある程度、温度の保たれた遺跡のうちとは違い、冷える。
 偽りの島は南方にあるとはいえ、肌寒いで済ますにはいささか厳しい季節であった。

 恭平の頬――二条の、野獣の牙にも似た傷跡。
 その疼き――あてられた視線。殺気でもない、敵意でもない、純粋な強さに反応。

 雑踏の果て、公園の入口、そこだけぽっかりと――人気のない空間。

 残された空隙を突くようにして、女傭兵は屹立していた。
 自身を束縛するように、完全武装――鮮烈な静けさをたたえた、顔見知り。

 類稀な存在感。しかし、誰も彼女に注意を払わない、払えない。

 ゆえに、サイレント――フォーマルハウト・S・レギオン。

 山猫のような眼がハッと見開かれ、すぐさま鷹のように鋭く細められた――傭兵の気付きを察知。
 潮風揺らすアイスブルーの髪を押さえて、フォウトは軽く会釈する。

「……あいつは」

 恭平の呟き――雑踏に掻き消されるほどに、ささやかな。

 巨体を滑らせるように移動――人混みの中にあって、誰に触れることもない。
 
 傭兵と女傭兵――潮騒を背にした臨海公園で相対。

 視線が交錯する――挨拶はない。

 どちらからともなく、並んで歩き出した。
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12062328 Day28 -舞空-

   -0-

 水の宝玉を手にした傭兵は、眠る二人の守護者を一度だけ振り返り、その場を後にした。

 まだ日も高い。その日のうちに、この森を抜けてしまう積もりであった。

 血の穢れも薄れ、穏やかな美しさを取り戻した泉から流れ出す一本の清流を選び、下る。

 泉が育んだ森である。泉はその中央に位置した。

 完全に抜けるには、時間がかかる。

 傭兵の足は速い。しかし、それを考慮にいれても、森が広すぎるのである。

 平坦な道でもない。

 もともとは幾つもの丘が連なる丘陵地帯だったのであろう、起伏にも富んでいる。

 とうとう、森を抜け切らないうちに、夜がきた。

 遺跡の夜だ。さりとて、外の世界と何が変わるわけでもない。

 夜闇が人を拒むところまで、一緒である。

 ただでさえ木々の枝葉に陽光を遮られて薄暗い森の中だ。

 他よりも早く、闇に呑まれていった。

「……む」

 傭兵が困ったのは、この時である。

 松明に火がつかない。先の戦いの時にか、完全にしけってしまっていた。

 先を急ぎたい気持ちに反して、これでは思うように進むこともできない。

 月や星を模した光源からのささやかな明かりはあったが、よく育った森のなかだ。

 それも、ぽつんぽつんと局所的に下生えの草花を照らしだすだけで、頼りにするには心もとない。

 自然に、傭兵の足も鈍る。

 そうこうしているうちに、完全な夜がきてしまった。

 闇の中に、川を流れる水の音だけが響いている。

 これが、悩みの種でもあった。水の音にかき消されて、周囲の気配がぼやけてしまう。

 水の香りは、その他の香りを洗い流してしまってもいた。

 これでは、聴覚も嗅覚も頼りにならない。

 間の悪いことに、水の流れが速い場所でもある。

 川を越える際に、足を滑らせて水中にでも落ちようものなら、あっとういうまに流されてしまう。

 夜目の利く性質でもあったので、目を凝らしてみたが楊として見えない。

 川のほとりまで足を進めて、傭兵はとうとう足を止めてしまった。

 まだ、森の裾までは随分とある。

「……これ、は?」

 そこで、傭兵が、あるものに気付いた。
 
 荷袋から漏れる、かすかな光だ。ほんのりと、青味がかっている。

 そのような光源は、持ち合わせていないはずだった。

 考えられるとすれば、この森で得たものぐらいである。

 想像は、ついた。

 確認のために傭兵は、その光源を袋から取り出した。

 水の宝玉である。

 日中でも輝いてみえたそれが、今は、はっきりとした強い光を放っていた。

 傭兵の周囲1メートル四方を照らしだして、優に余る。

「……こういう使い方も、間違いでは、ないか」

 魚を捕らえるために用いる網の中に宝玉をおさめた。

 手に結わえられた紐の先端で、宝玉は揺れて輝いている。

 宝玉をジッと眺めやって、ふと口の端に笑みらしき形を浮かべると、傭兵は再び歩きだした。

 淡く青色に染まった世界を歩くその足に、迷いなど微塵もない。

つづきはこちら

12062326 Day27 -姉妹-

   -0-

 狭霧に覆われた早朝の森を、傭兵が一人歩いていた。

 水気の多い森であった。朝もやが恭平の視界を奪い、その探索を困難なものとする。
 水を多く含んだ土は柔らかく、そこから顔をのぞかせた木の根が天然のトラップと化している。

 編みこみのブーツを土に沈み込ませながら、手にした地図を頼りに足を進めている。
 赤い光点の浮き上がる不思議な地図は、この島に辿り着いた時に手渡されたものだ。

 地図を渡された者――傭兵は、冒険者であった。

 偽りの島と呼ばれる島がある。どんな世界のどのような地図にもその場所は記されていない。

 多くの冒険者が、今、この島を訪れている。

 その背景には謎の招待者から届けられた手紙が存在した。

 どのような目的で送られたものかは分からない。

 ただ、島の所在と、そこに眠るという宝玉の存在が示唆されていた。

 地図はその手紙とともに同封されていたものである。

 当初は空白だらけだった地図も今では、その大半が描き出されていた。
 たとえ自分でなくてもいい。冒険者の一人でも踏み込めば、地図にはその場所がくっきりと現れるのだ。

 そんな地図のほぼ北西に位置する箇所に、赤い光点が示す深い森があった。

 冒険者たちが水源郷と呼ぶ森である。

 そして今まさに、傭兵が歩いている森でもあった。

 広大な遺跡内の空間に、のびのびと枝葉を伸ばした木々が息づいている。
 水が豊富であるためか、どの木々も青々とした葉を茂らせて、豊かな果実をたわわに実らせていた。

 果実はよい食料となるのだろう。

 青味がかった羽をふるわせる蜻蛉や、青い羽毛を散らして飛ぶ鳥の姿が見受けられた。

 下生え草花が朝露に濡れて、朝日を受けてキラキラと輝いている。

 傍目にも、美しい森であった。生命力に満ち溢れている、と言ってもいい。

「……だが、不気味だな」

 見る者が見れば、感動に涙を流してもおかしくはない水の秘境を前に、傭兵は呟いた。

 この森は、あまりにも澄んでいた。

 ただこの世のものとは思えないほどに美しい、それだけの森であるはずがない。

 考えすぎではないか、という声もあることだろう。

 だが、それは外の世界の考え方だ。この遺跡には、通用しない。

 遺跡内の環境は多種多様である。

 それは、これまでの探索行から傭兵自身が肌身に感じ取っていたことであった。

 しかし、それを差し引いても、特異な森であるといえよう。

 鬱蒼と茂る木々、腐臭を吐き出す沼、徘徊する死者の魂、闇から冒険者を狙う遺跡の怪物――

 かつて歩んだ森のどれもが、そういった負の気配を染み付かせていた。

 それが、この森にはない。

 そう、澄み過ぎているのだ。水源郷――言い替えてみれば、この世にあらざる場所である。

「……これが、宝玉の力だと? そう、いうことか……」

 確かめるように、傭兵は言葉を口にした。

 宝玉――招待者が記した遺跡の秘法である。

 その存在すら怪しい。誰もが眉唾物と思いながらも、この遺跡が眠る島へと訪れた。
 この島が偽りの島と呼ばれるゆえんでもある。

 一部の冒険者を除いて信用されていなかった秘法。

 その、ひとつ――水をつかさどる宝玉が、この森に眠るという噂であった。

 すでに、多くの冒険者がそれを手にしていた。

 傭兵自身がそれを信じたわけではなかった。

 あくまでも、人伝の情報である。

 自分の目で確かめるまでは、容易に信じることもできはしない。

「……やはり、ここに」

 宝玉の存在を確かめるため、彼の足をこの森へと向けさせたのは、他ならない水の宝玉であった。

 かがり火の灯された幻想の森。その夜――女傭兵の腰で、それは確かに揺れていた。

 そういったものを感じる力の低い傭兵にさえも、それのもつ“力”というものが感じられたのだ。

 淡く青い光を放つ宝玉。

 漂う、水の香り。

「……なん、だ?」

 記憶のうちにある宝玉を思い描いていると、ふいに、その香りが甦った。

 いや、現に香っている。

 今まで、気付いていなかったのか、それとも、今、気付かされたのか。

 水の香は、森の奥へと傭兵を誘っている。

「あそこか――」

 目を鷹のように細めて、川上へと鋭く視線をはしらせた。

 青々とした木々の向こうに、さらにひとつ背が高い大樹が覗いている。

 どうやら、水の香りはその方角から香っているらしい。

「……誘われてやろうじゃないか」

 口の端に笑みを浮かべ、手にしていた地図を荷の中にしまいこんだ。

 地図はもう必要はない。

 岩の背を蹴って、傭兵は動きだした。

 清らかな森に漂う鬼気を嫌ってか、傭兵を拒絶するように木々がざわめいた。

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12062324 Day26 -夜宴-

   -0-


 遺跡外、その片隅にある小さな酒場。カウンター席に腰掛けて、恭平は酒を喉に流し込んでいた。

 久方ぶりの外。季節は秋から冬へと移ろおうとしている。
 遺跡に一度潜れば、長い間、外に出ることはかなわない。

 以前はこの酒場も存在していなかった。噂に寄れば、遺跡を目当てにやってきた冒険者の経営する店。
 賑やかな海賊や、調子のいい冒険者、血の臭いを身にまとわりつかせた男、など、多種多様な人間が利用する。

 中には、人ですらないものも――それは、遺跡に来る冒険者の特徴の一つでもあった。

 彼らが、どこから来て、何を望むのか。そんなことは、恭平の知ったことではない。

 酒の席でそのようなことを考えるのも、無粋というものであろう。

 度数の高い火酒を選んで、既にグラスを重ねているにも関わらず、今日は酔えそうにもなかった。

 店内を探る感覚の糸。

 店内の客によるものではない。店の近く、息を潜めて待つ者が、一人。

 それが恭平の神経を刺激する。

 騒いでいる他の冒険者たちも気付いてはいるのだろう。

 その状況下でどう行動するかは、性格によるところが大きい。

「なんだ、もう帰るのかい?」

 グラスを空にし、PSをカウンターに置いて立ち上がる恭平を見て、店員が問いかけた。

「……ああ。また、来るさ」

 軽く応じて、恭平は踵を返す。ジャケットをはおり、外へ。

 人の喧騒と、暖炉の火とで暖められた店内から一歩踏み出すと、冷たい風が吹きすさんでいた。

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12062322 Day25 -雷襲-

   -0-

 繁みを掻き分けて、二体のエンシェントレストは獲物を視認した。

 二本足の肌色。かつて味わった、その肉の味が口中に蘇る。

 エンシェントレストは知っている。肌色の皮膚が柔らかいことを。
 その腹を爪で切り裂き、腹中に顔を突っ込んで食べる臓物の味を。

 肌色が武器をかまえる。それは彼らにとっても脅威だ。
 肌色には爪も牙もない。その代わりに、武器を使った。

 脆弱な肌色だが、彼らが扱う武器は、エンシェントレストの強固な皮膚に傷をつけることもあった。

 ご馳走を前にして、歯噛みをしながら、エンシェントレストは肌色を挟み込む。

 戦略――二方向からの、同時挟撃。

 避けることは容易くない。
 そして、一度捕まえてしまえば、こちらのものだ。

 腐臭じみた息を吐き出して、エンシェントレストたちはじりじりと獲物との距離を詰めた。

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