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血の染み付いた手帳

しがない傭兵が偽りの島で過ごした日々の記録
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  • :04/19/09:07

12062324 Day26 -夜宴-

   -0-


 遺跡外、その片隅にある小さな酒場。カウンター席に腰掛けて、恭平は酒を喉に流し込んでいた。

 久方ぶりの外。季節は秋から冬へと移ろおうとしている。
 遺跡に一度潜れば、長い間、外に出ることはかなわない。

 以前はこの酒場も存在していなかった。噂に寄れば、遺跡を目当てにやってきた冒険者の経営する店。
 賑やかな海賊や、調子のいい冒険者、血の臭いを身にまとわりつかせた男、など、多種多様な人間が利用する。

 中には、人ですらないものも――それは、遺跡に来る冒険者の特徴の一つでもあった。

 彼らが、どこから来て、何を望むのか。そんなことは、恭平の知ったことではない。

 酒の席でそのようなことを考えるのも、無粋というものであろう。

 度数の高い火酒を選んで、既にグラスを重ねているにも関わらず、今日は酔えそうにもなかった。

 店内を探る感覚の糸。

 店内の客によるものではない。店の近く、息を潜めて待つ者が、一人。

 それが恭平の神経を刺激する。

 騒いでいる他の冒険者たちも気付いてはいるのだろう。

 その状況下でどう行動するかは、性格によるところが大きい。

「なんだ、もう帰るのかい?」

 グラスを空にし、PSをカウンターに置いて立ち上がる恭平を見て、店員が問いかけた。

「……ああ。また、来るさ」

 軽く応じて、恭平は踵を返す。ジャケットをはおり、外へ。

 人の喧騒と、暖炉の火とで暖められた店内から一歩踏み出すと、冷たい風が吹きすさんでいた。



   -1-

 酒場の入り口を背にして、薄暗い路地裏を歩く。

 酒が入っている為か身体は温かいが、酩酊感もなく、足取りが乱れることもない。

 ――それほどに酔った経験が、そもそも恭平にはないのだが。

 そんな恭平に向けられた視線。

 薄く漂う硝煙の臭い。「気付け」といわんばかりに、放たれた気配。

 何者かが発するそれらのメッセージを無視して、恭平は足を進めた。

 うなじにチリチリとした感覚。

 危険信号――距離は遠い。相手は、飛び道具を有している。

 だが、危険とも感じられない。

 矛盾した感覚――問題はこちらではなく、相手にある。

「……」

 恭平の足元で、鉛弾が跳ねた。

 乾いた銃声。

 路地にまで漏れる酒場の喧騒にかき消されるほど、か細い。

 民家の石壁で跳弾した鉛玉は恭平の足元の石畳を叩き、再び跳ねて闇に消えた。

 それにもかまわず、怯えて唸る犬の声を背に、路地の角を曲がる。

 肩透かしを食らったように、戸惑う気配。

 後を、追ってくる。

「……嫌な、夜だ」

 いくつかの路地を曲がって、石壁に背を預けると恭平は静かに目を閉じた。


   -2-

 恭平の横を通り過ぎたタキシード姿の男が、足を止めた。
 懐に手を入れ、それを抜き放ち、無造作に背後へと向けた。

 破裂音。

 背後へと伸ばされた腕に握られた小銃から、硝煙がのぼった。

 扉から背を離して歩き始めた恭平の耳元を、銃弾が掠め去っていく。

 恭平は足を止め、無感動な面持ちで相手を見た。
 あたらないと分かっている弾に、怯える心など持ち合わせてはいない。

 次の瞬間、男が動いた。

 前方に身を投げ出しながら、後方を振り返り、あてるという明確な意思を持って引き金を引いた。
 銃口と恭平の頭とが、点と点で結ばれる。正確に引かれた死線。

 その線に沿って、恭平は短剣を振りぬいた。

 甲高い衝撃音。

 短剣の腹に流された銃弾は、恭平の頭を小さく逸れて背後の街路樹に穴を穿った。

 完全に振り向いて着地を決めた男が、恭平を見やって小首を傾げている。
 それから、肩をすくめ、銃をこちらに向けた。

 言外に――かかってこないのか――という意思表示。

「ずいぶんと前から、着いてきていたな……何用だ」

 男のジェスチャーを完全に無視し、恭平が問い返した。

「貴方の力をこの身で確かめたい。という答えでは酔狂でしょうか」

 男は喉の奥で、クク、と笑い、答えた。

 恭平はそれを聞いて、一度は抜いた短剣を鞘に収めた。

「……それに応じる、理由はないな」

 そのまま、男へと向かって歩き始めた。その視線は男を見てはいない。

 何事もなく、男の横を通り過ぎる。

「応じていただけないのであれば、そうですね――」

 さらに恭平が数歩足を進めたところで、男が言った。

「あなたに関わったものを一人ずつ始末する、というのはどうでしょう」

 楽しそうに、喉の奥で男は笑う。

「まずは……セリーズ=L=ミーティアという娘からでも」

 ぶつけられた視線と、投げかけられた言葉に、恭平の足が完全に止まった。

 首だけを動かして、振り返る。

 男を捉えるその眼が、獲物を狙う鷹のように細められた。


   -3-

 相手に応じる気がないのであれば、と来た道へ振り返った男の目が見開かれた。

 見開かれた男の眼前に、恭平の顔がある。

 男の注意が恭平から逸れるのと同時に石畳を蹴り、壁を蹴って降り立ったのだ。

 振り返り始めてから、それを終えるまで――瞬くほどの間である。

 既に短剣を抜き放ち、再び臨戦態勢にある恭平を見て、男が不思議な表情をした。

 ――この状況を、喜んでいる。

 着地の衝撃を吸収するために足をたわませ、それをバネに一撃を放とうと恭平が力を込める。

 それに向かって、ライフル銃を構えた手を、詫びるように男は掲げてみせた。

「詫びは、無粋か」

 男と恭平の視線が交錯する。

 恭平の視線に含まれた冷たい怒気を感じて、男が飛び退った。

 バネを開放して、恭平がそれにすがりつき、短剣を一閃させる。

 いまだ差し出されたままのライフルを握った手ではなく、小銃を握る逆手を狙った一撃。

 ――フェイント

 小銃の台尻で受け止められようとしていた一撃が、途中で軌道を変えて男の喉元に迫った。

 それを予期していたのか、ライフルの銃身を跳ね上げて、男はそれを防ぐ。

 短剣の刃と銃身とがぶつかりあって、耳障りな音をたてた。

 刃が銃身に食い込むことも構わず、恭平はそのまま短剣を振りぬいた。

 力の拮抗が崩れ、ライフル銃が弾かれる。
 それにとどまらず、短剣の刃は男の肩を撫で切っていた。

 男の動きが止まる。

 恭平は追撃を仕掛けようと動き、それを止めて背後へと飛び、距離を置いていた。

 手ごたえはあった。

 しかし、刃に血の一滴もついていないのはどういうことか。

「――あなたの能力が……衰えたことはは聞きましたが、
 それどころか、かつて私が……精度が上がっているようですね」

 男の言葉が恭平の耳に届いた。
 狭い路地裏を吹き抜ける風の音に、そのいくつかはかき消されて。

 真意が伝わらなかったことを悟り、男が苦笑する。

「――今のは避けるつもりだったのですが、ね」

 告げる男の押さえた肩で、与えたばかりの傷跡が縫い合わされるように蠢いてみえた。


   -4-

 恭平は意識を集中させる。この男、何をしでかすか分からない。

「しかし……、狂兵そのもの……」

 傷の修復具合を確かめるように、男が腕を動かしてみせた。

「そんなにあの娘が気にかかりますか?
 煩わしがってると見ていたのですがね」

 言い放つと同時、男は銃を構え、民家の屋根を狙って発砲した。
 撃つと同時、銃身を回転させて再装填――連射。

 銃弾に打ち砕かれた屋根が、瓦礫の雨と化して恭平に降り注ぐ。

 躊躇せず雨の中へ、恭平は身を躍らせた。

 地面を蹴りながら、瓦礫の着地点を割り出し、最小のルートを選択する。
 どうしても避けきれない礫片は、その腕で強引に払いのけた。

 一呼吸の間に、男との距離を詰め、剣先でその急所を狙う。

 男が口の端に笑みを浮かべた。
 銃口をもたげ、照準を恭平に合わせる。

 その指を引き金にかけ、次の瞬間――銃を手放した。

 突き出される短剣にその身を晒すように一歩、前へ出る。

 その背後で、地面に落ちた銃が、乾いた音をたてた。

「……紛い物の、殺気。……お前は何がしたい」

 両の手をあげる男の胸に、恭平の短剣が触れている。

 男は楽しげに、朗々と語りだした。


   -5-


「……なぜ、俺に?」

 短剣をすでに収めた恭平は、静かな目で完全の男を値踏みするように見た。

「何故でしょうね? 私にも分かりません……」

 男は目を伏せてかぶりを振り、それから恭平の視線を正面から受け止めた。

「ただ……人間の中に友を持つなら、貴方のような人がいいと思ったのだと思います。
 セリーズのために殺意を見せたあなたが、と」

 言葉を選ぶように、そう告げる。

 苦味を含んだ言葉。

 その目はまた、地面に向けられて、伏せられている。

「……ふん。勝手なことを……」

 それ以上、男が言葉を発しないと確かめてから、恭平は踵を返した。

 自分の寝床へと向かって、歩き出す。

「……アトリエで待つ、と伝えておけ」

 背中ごしに男へと向けて放った言葉は、聞こえていただろうか。

 将来の明るい話題――得意ではない。

 だが、それを軽々しくあしらうほどに、無粋でもない。

 今頃、あの娘は、遺跡の中で夜を迎えているのだろうか。

 ふと思い――思ったことも忘れて、恭平は夜闇に紛れていった。
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