血の染み付いた手帳
しがない傭兵が偽りの島で過ごした日々の記録
(11/09)
(10/18)
(07/16)
(06/15)
(06/15) |
|
11231146 | [PR] |
12132247 | Day29 -接点- |
-ⅰ-
朝も、早く。朝もやの中を歩く――澱みないステップ――傭兵の歩き方。
自身を誇示する騎士とも、整列乱れぬ兵士とも異なる。自分を殺した、歩法。
カメレオンの如き擬態――内に死神を眠らせて、早朝の空気に紛れ込む。
ポイズン・ラビット――臆病な捕食者、鳴尾恭平。
静かな呼吸を繰り返す口元から、白い息が漏れた。
偽島の漁師たちと、彼らから海幸を買いあさる商人たち――同様に早起きな。
雑多な生の息づきに溢れた港市に、恭平の姿はあった。
屈強な漁師たちのうちにあってさえも頭ひとつ高い。
長い遺跡生活で伸びた髪を無造作に束ね、モスグリーンのジャケットを羽織っている。
ある程度、温度の保たれた遺跡のうちとは違い、冷える。
偽りの島は南方にあるとはいえ、肌寒いで済ますにはいささか厳しい季節であった。
恭平の頬――二条の、野獣の牙にも似た傷跡。
その疼き――あてられた視線。殺気でもない、敵意でもない、純粋な強さに反応。
雑踏の果て、公園の入口、そこだけぽっかりと――人気のない空間。
残された空隙を突くようにして、女傭兵は屹立していた。
自身を束縛するように、完全武装――鮮烈な静けさをたたえた、顔見知り。
類稀な存在感。しかし、誰も彼女に注意を払わない、払えない。
ゆえに、サイレント――フォーマルハウト・S・レギオン。
山猫のような眼がハッと見開かれ、すぐさま鷹のように鋭く細められた――傭兵の気付きを察知。
潮風揺らすアイスブルーの髪を押さえて、フォウトは軽く会釈する。
「……あいつは」
恭平の呟き――雑踏に掻き消されるほどに、ささやかな。
巨体を滑らせるように移動――人混みの中にあって、誰に触れることもない。
傭兵と女傭兵――潮騒を背にした臨海公園で相対。
視線が交錯する――挨拶はない。
どちらからともなく、並んで歩き出した。
-ⅱ-
人気もまばらな早朝の公園――散歩と呼ぶには難しい、並んで歩く二人の姿。
傭兵と女傭兵――ともに完全武装。冒険者としての心がけ、それだけではない。
女傭兵が歩くたび、ハーネスに取り付けられた短剣がかすかな音をたてる。
多数の冒険者が訪れる偽りの島――街中での武装はけして禁じられていない。
「……しばらく、でもないな」
恭平の第一声。視線は前に向け、相手を見ようとはしない。
硬質な声――普段と変わらず。気負いも、特別な感情も、そこには感じられない。
「ええ――傷の具合は、いかがですか?」
フォウトの問いかけ。横目に、傭兵の身体を見る。
顔を視て話をするには見上げなければならない。するような相手でもない。
共通認識――どこかしら、似たもの同士。それ以上でも、それ以下でもない、同業者。
「……おかげで、悪くない」
恭平は薄く微笑んだ。
薄暗い森のビヴァークポイント。無様な傭兵の姿。かいがいしい女傭兵の働き。
あたえられたパンの味が甦る――単純なだけに強烈な、食という生の衝動。
大きな貸しがある。
受けた恩恵――傷の手当。肌の上を動く、女傭兵の手つきが思い起こされる。
何度と、なく――幾百幾千も同様の手順を経てきたものの手つき。
男と女のささやかな違い――細やかな気遣いの有無。
「……良さそうですね。流石は歴戦の方です」
視線を前に戻す、フォウト。
気になりはしたが、それを継続させはしない。女傭兵のルール。
二人の間にある溝を、みだりに越えようとはしない――傭兵のルール。
「差し当たってお願いがあるのですが……宜しいでしょうか。
先日の借りを返すと思って聞いていただければ幸いなのですが」
単刀直入な言葉を紡ぎ、口を噤んだ。
借り――自分から切り出すことで、それを相手に意識させる。女傭兵の交渉術。
沈黙して恭平の半歩先を歩くその背中に、限界の意思を感じる。
「……なんだ?」
半歩後ろ――女傭兵の視界の外で、恭平は頷いて先をうながす。
フォウト――微細な気配の動きで、それを察知。
傭兵にも恩義を感じる心はある。否、それを持たない者は、長く生きられない。
相互扶助――傭兵の原則。たとえ、明日には首をかき切る相手だったとしても。
「お恥ずかしい話ですが、宝玉の守護者戦で大敗を喫してしまいまして。
少々自分なりにいろいろと対策を考えたので、手合わせをお願いしたいのです」
フォウト――うながされて、ようやく申し出る。
宝玉の守護者――遺跡にて冒険者を待ち受ける熟練の者たち。
水の守護者――ともに、撃破済み。
風の守護者――実体を知らない傭兵。肌身に経験を刻みし女傭兵。
風を操り、速度を主体とした戦闘を得意とする女。同様の戦型をとる傭兵たちにとって手強い相手。
傭兵の思考――いつしか渡り合う相手であれば、フィードバックを得るまたとない機会。
「TCの中には、私のように近接しての斬撃を旨とするものがいないのですよ」
傭兵が選ばれた理由――やはり、戦型の似た二人。
かつては肩を並べて戦った。それに伴う、理解と、頼み易さ。
互いの手の内を知る為に、より緊迫した戦闘が可能。
――傭兵同士の、相互扶助。
「いいだろう」
首肯――即答する恭平。
女傭兵が纏わせた空気に、最初からそれと知っていた。それほどの、即断。
なによりも、傭兵を動かしたもの――女傭兵に対する興味。
「ありがとうございます」
振り返る女傭兵の表情が、一瞬、それと分からないほどに和らいだ。
「無論、言うまでもありませんが手加減は一切不要です。
……隊の治療担当に叱られる可能性が極めて高いですが」
表情を引き締めて、今度は相手の顔を見上げ、続ける。
決意を秘めた瞳に、傭兵の姿が映りこんだ。
「悪いが……もとより、手加減などできん」
相手に合わせて足を止める、恭平。薄く口元に笑みをたたえる。
それに反して、言葉は研ぎ澄まされ、刃の相を帯びる。
「それは、よかった。こちらへ……」
フォウト――踵を返し、再び、歩きだす。
「……できる相手でも、ないな」
恭平――口中で言葉を噛み潰し、女傭兵の後を追う。
決戦前の沈黙。
凛と張り詰めた空気が、傭兵と女傭兵を赤い糸のように結んでいた。
-ⅲ-
「ここで、いいでしょう」
港のはずれ――放棄され朽ち果てた倉庫の扉をフォウトは開けた。
腐った床板を軋ませて、中へと立ち入る。
割れた樽が並ぶ広大な空間――今はない貿易会社の倉庫。なれの果て。
女傭兵が選んだ、決戦の場所。
事前の下調べは念入り――人間が二人、戦うには十分な広さ。
穴の開いた天井から差し込む光が、倉庫内を薄ぼんやりと照らしだす。
滑落した梯子、砕けた階段、散乱する木箱の残骸。
三層からなる倉庫の構造は、遺跡内の回廊にも酷似していた。
障害物の多さは、苦になりはしない。
「さっそくですが、始めましょうか」
「……ああ」
並んで歩き、足を止めた場所は、倉庫の中央に位置する。
傭兵と女傭兵――相対し、互いを見る。
「……お前と、戦う機会がくるとは、な」
「……ええ、分からないものですね」
傭兵と女傭兵の微笑――見るものが見れば、戦慄。
どちらも一瞬のうちに浮かび、そして、沈み込む。
残された傭兵の面持ち――戦いに相手は関係ない。
「この命、落そうとも――」
「恨みっこは、なしだ――」
同時――抜き放った短剣を交錯させる。
冷たい刃と刃が交わる――触れ合う刃が、互いの高まりを伝える。
向き合う、二つのポーカーフェイス。
遠く海上――鳴らされた汽笛の音が、戦いの始まりを告げる。
朝も、早く。朝もやの中を歩く――澱みないステップ――傭兵の歩き方。
自身を誇示する騎士とも、整列乱れぬ兵士とも異なる。自分を殺した、歩法。
カメレオンの如き擬態――内に死神を眠らせて、早朝の空気に紛れ込む。
ポイズン・ラビット――臆病な捕食者、鳴尾恭平。
静かな呼吸を繰り返す口元から、白い息が漏れた。
偽島の漁師たちと、彼らから海幸を買いあさる商人たち――同様に早起きな。
雑多な生の息づきに溢れた港市に、恭平の姿はあった。
屈強な漁師たちのうちにあってさえも頭ひとつ高い。
長い遺跡生活で伸びた髪を無造作に束ね、モスグリーンのジャケットを羽織っている。
ある程度、温度の保たれた遺跡のうちとは違い、冷える。
偽りの島は南方にあるとはいえ、肌寒いで済ますにはいささか厳しい季節であった。
恭平の頬――二条の、野獣の牙にも似た傷跡。
その疼き――あてられた視線。殺気でもない、敵意でもない、純粋な強さに反応。
雑踏の果て、公園の入口、そこだけぽっかりと――人気のない空間。
残された空隙を突くようにして、女傭兵は屹立していた。
自身を束縛するように、完全武装――鮮烈な静けさをたたえた、顔見知り。
類稀な存在感。しかし、誰も彼女に注意を払わない、払えない。
ゆえに、サイレント――フォーマルハウト・S・レギオン。
山猫のような眼がハッと見開かれ、すぐさま鷹のように鋭く細められた――傭兵の気付きを察知。
潮風揺らすアイスブルーの髪を押さえて、フォウトは軽く会釈する。
「……あいつは」
恭平の呟き――雑踏に掻き消されるほどに、ささやかな。
巨体を滑らせるように移動――人混みの中にあって、誰に触れることもない。
傭兵と女傭兵――潮騒を背にした臨海公園で相対。
視線が交錯する――挨拶はない。
どちらからともなく、並んで歩き出した。
-ⅱ-
人気もまばらな早朝の公園――散歩と呼ぶには難しい、並んで歩く二人の姿。
傭兵と女傭兵――ともに完全武装。冒険者としての心がけ、それだけではない。
女傭兵が歩くたび、ハーネスに取り付けられた短剣がかすかな音をたてる。
多数の冒険者が訪れる偽りの島――街中での武装はけして禁じられていない。
「……しばらく、でもないな」
恭平の第一声。視線は前に向け、相手を見ようとはしない。
硬質な声――普段と変わらず。気負いも、特別な感情も、そこには感じられない。
「ええ――傷の具合は、いかがですか?」
フォウトの問いかけ。横目に、傭兵の身体を見る。
顔を視て話をするには見上げなければならない。するような相手でもない。
共通認識――どこかしら、似たもの同士。それ以上でも、それ以下でもない、同業者。
「……おかげで、悪くない」
恭平は薄く微笑んだ。
薄暗い森のビヴァークポイント。無様な傭兵の姿。かいがいしい女傭兵の働き。
あたえられたパンの味が甦る――単純なだけに強烈な、食という生の衝動。
大きな貸しがある。
受けた恩恵――傷の手当。肌の上を動く、女傭兵の手つきが思い起こされる。
何度と、なく――幾百幾千も同様の手順を経てきたものの手つき。
男と女のささやかな違い――細やかな気遣いの有無。
「……良さそうですね。流石は歴戦の方です」
視線を前に戻す、フォウト。
気になりはしたが、それを継続させはしない。女傭兵のルール。
二人の間にある溝を、みだりに越えようとはしない――傭兵のルール。
「差し当たってお願いがあるのですが……宜しいでしょうか。
先日の借りを返すと思って聞いていただければ幸いなのですが」
単刀直入な言葉を紡ぎ、口を噤んだ。
借り――自分から切り出すことで、それを相手に意識させる。女傭兵の交渉術。
沈黙して恭平の半歩先を歩くその背中に、限界の意思を感じる。
「……なんだ?」
半歩後ろ――女傭兵の視界の外で、恭平は頷いて先をうながす。
フォウト――微細な気配の動きで、それを察知。
傭兵にも恩義を感じる心はある。否、それを持たない者は、長く生きられない。
相互扶助――傭兵の原則。たとえ、明日には首をかき切る相手だったとしても。
「お恥ずかしい話ですが、宝玉の守護者戦で大敗を喫してしまいまして。
少々自分なりにいろいろと対策を考えたので、手合わせをお願いしたいのです」
フォウト――うながされて、ようやく申し出る。
宝玉の守護者――遺跡にて冒険者を待ち受ける熟練の者たち。
水の守護者――ともに、撃破済み。
風の守護者――実体を知らない傭兵。肌身に経験を刻みし女傭兵。
風を操り、速度を主体とした戦闘を得意とする女。同様の戦型をとる傭兵たちにとって手強い相手。
傭兵の思考――いつしか渡り合う相手であれば、フィードバックを得るまたとない機会。
「TCの中には、私のように近接しての斬撃を旨とするものがいないのですよ」
傭兵が選ばれた理由――やはり、戦型の似た二人。
かつては肩を並べて戦った。それに伴う、理解と、頼み易さ。
互いの手の内を知る為に、より緊迫した戦闘が可能。
――傭兵同士の、相互扶助。
「いいだろう」
首肯――即答する恭平。
女傭兵が纏わせた空気に、最初からそれと知っていた。それほどの、即断。
なによりも、傭兵を動かしたもの――女傭兵に対する興味。
「ありがとうございます」
振り返る女傭兵の表情が、一瞬、それと分からないほどに和らいだ。
「無論、言うまでもありませんが手加減は一切不要です。
……隊の治療担当に叱られる可能性が極めて高いですが」
表情を引き締めて、今度は相手の顔を見上げ、続ける。
決意を秘めた瞳に、傭兵の姿が映りこんだ。
「悪いが……もとより、手加減などできん」
相手に合わせて足を止める、恭平。薄く口元に笑みをたたえる。
それに反して、言葉は研ぎ澄まされ、刃の相を帯びる。
「それは、よかった。こちらへ……」
フォウト――踵を返し、再び、歩きだす。
「……できる相手でも、ないな」
恭平――口中で言葉を噛み潰し、女傭兵の後を追う。
決戦前の沈黙。
凛と張り詰めた空気が、傭兵と女傭兵を赤い糸のように結んでいた。
-ⅲ-
「ここで、いいでしょう」
港のはずれ――放棄され朽ち果てた倉庫の扉をフォウトは開けた。
腐った床板を軋ませて、中へと立ち入る。
割れた樽が並ぶ広大な空間――今はない貿易会社の倉庫。なれの果て。
女傭兵が選んだ、決戦の場所。
事前の下調べは念入り――人間が二人、戦うには十分な広さ。
穴の開いた天井から差し込む光が、倉庫内を薄ぼんやりと照らしだす。
滑落した梯子、砕けた階段、散乱する木箱の残骸。
三層からなる倉庫の構造は、遺跡内の回廊にも酷似していた。
障害物の多さは、苦になりはしない。
「さっそくですが、始めましょうか」
「……ああ」
並んで歩き、足を止めた場所は、倉庫の中央に位置する。
傭兵と女傭兵――相対し、互いを見る。
「……お前と、戦う機会がくるとは、な」
「……ええ、分からないものですね」
傭兵と女傭兵の微笑――見るものが見れば、戦慄。
どちらも一瞬のうちに浮かび、そして、沈み込む。
残された傭兵の面持ち――戦いに相手は関係ない。
「この命、落そうとも――」
「恨みっこは、なしだ――」
同時――抜き放った短剣を交錯させる。
冷たい刃と刃が交わる――触れ合う刃が、互いの高まりを伝える。
向き合う、二つのポーカーフェイス。
遠く海上――鳴らされた汽笛の音が、戦いの始まりを告げる。
PR
- +TRACKBACK URL+