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血の染み付いた手帳

しがない傭兵が偽りの島で過ごした日々の記録
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  • :05/07/01:17

05101510 Day35 -魔女-


   -ⅰ-

 ふわりふわり、足場の悪い砂地を、軽やかな足取りで乙女は歩く。

 さらさらと風が吹くだけで流れる粒の細やかな砂の上。

 どのような技術によるものか、足跡ひとつ残らない。

 目指すのは遥か遠方に感じるとても儚げな気配――乙女を呼ぶ存在。

 それが、どのようなものなのか、想像のうちに思い描いてみる。

「ふふ、素敵な殿方だと良いのだけどぉ♪」

 想像は自由だ――乙女の微笑に合わせて、薄桃色の日傘がふりふりと揺れた。

 いまとなっては懐かしい遺跡の擬似太陽が、さんさんと乙女を照らしだしている。

 夢の中に目覚めてからここへ至るまでに、乙女の感覚では一日が過ぎていた。

 これほどまでに、長い夢を見た経験はない。

 不自然な夢の世界――目覚めるには、それと出会うほかはない。

「……何を、果たせというのかしら?」

 自然のうちに、乙女は理解している。

 何かを果たさなければ、けして、この夢が醒めることはないのだと。

 なぜ、乙女が選ばれたかは定かではない。

 偽りの島――遥か南方に存在するという、宝玉の眠る島。

 かつて、乙女自身が時を過ごした。

 そんな乙女が、この地を離れて、もう、三年が経過している。

 望んでのことではないが、最終的に離れることを決意したのは乙女に他ならない。

 強制的な退去までに、時間は残されていたが、乙女は一足早く旅立ったのだ。

 誰にも、最後の別れを告げることなく――

 とても、不義理なことをしてしまったと思う。

 いち早く旅立ちたかった――それは、乙女自身のエゴでしかない。

 しかし、その決意を乙女に与えてくれたのは、乙女を支えてくれた人々。

 偽りの島の冒険で、出会った人々の存在に他ならない。

――寂しさを教えてくれた彼女が、残していった孤独。

 それが、乙女をこの島へと導いた。

――それを癒してくれたあの子たち……。

 脳裏に浮かぶ、乙女サロンの賑やかな風景。

 そこに足を踏み入れたことのない不器用な男と、幼い少女の姿も思い浮かべられる。

 彼女たちと過ごした日々が、乙女に過去と向き合う勇気を与えてくれた。

 それから、三年――乙女は世界の紛争地帯を歩いて回った。

 自身がもたらした結末と向き合い――全てを、受け止めた。

――お墓参りも、何年ぶりだったかしら。

 それはきっと、初めてのことだったかもしれない。

 三年、短い期間ではない――だが、全てを回るのに、三年を要した。

 傷も、新たに増えた――それほどの、旅だった。

「……そして、あの子と出会った」

 真に目覚めれば、その少女は、乙女の腕の中で寝息をたてていることだろう。

 始まりの島――いつしか、乙女はこの島をそう呼ぶようになっていた。

――血と殺戮に彩られた戦いの日々
 
――彼女と暮らしたスリル溢れる生活
 
――その果てに手に入れた、第三の人生

 その日から、乙女は探し続けていた。

 始まりの地を。

 そして、乙女にとって、終わりとなるであろうこの地を。

「探しても見つからないこの島が、夢の中で見つかるなんて♪」

 一度離れた島への道は、思い出すこともできない。

 それが、招待状に記されたルール。

 望みを手にするか――全てを失うか。

 さもなければ、島を離れることはできないのだ。

 不完全な状態で離島したためか、その全てが失われたわけではなかったが。

 かといって、たどり着くことは容易でもなかった。

 その明確な情報を手にしたのは、昨夜、眠りに就く前のことだ。

 古びた宿の一室――簡素なベッドの枕元。

 かつて見たものと同じ手紙が、そこに落ちていた。

 偽りの島へと冒険者を誘う、何者かからの招待状。

 運命の片道切符を、乙女たちは手に入れたのだ。

「その直後に、この夢――できすぎ、というものねぇ?」

 自問自答――因果的なものを感じずにはいられない。

 探しても探しても見つからなかったものが、こうも簡単に見つかったのだ。

 乙女の勘は、その背景に何かを感じとる。

「あら――」

 もの思いに耽りながらも、足を進める乙女の前方に、何者かが立っていた。
 美しい白砂の砂漠にあって、それよりもなお白い人影。

 まるで、ウェディングドレスのような衣装を身にまとい、眠るように目蓋を閉じている。

 近づくと、とても美しい女性だと知れた。

「まぁ……♪」

 その端正な横顔に、思わず嘆息する。

――物語の中の眠れる森のお姫様みたいな方ねぇ♪

 ドキドキと高鳴る胸――それは、乙女回路の超反応。

 乙女は足を止めて、女性に向かってにこやかに微笑みかけた。

 眠っているのか、起きているのか。

 にこにこしながら、じっと眠り姫の動向をうかがう。

「――あなた」

 乙女より先に、眠り姫の唇が涼やかな声を紡いだ。

「……お料理は、得意かしら?」

 女性の問いかけ――乙女の瞳がキラキラと輝く。

 白砂の稜線が描き出す美しい風景の中。

 乙女は、眠れる茨の魔女と、出会った。



   -ⅱ-
 
 遥か遠方で、眩い輝きが迸った。

 戦いの輝きだ。

 幻獣が生み出す、破壊の光。

 白砂の稜線――その、いずこかで、誰かが戦っているのだ。

 砂地に潜む魔物を相手にか。

 はたまた、冒険者同士の諍いか。

――……幻獣使いか、手ごわい、な。

 異界の力を使う導師と、出会ったことがないわけではない。

 その圧倒的な力――傭兵は、太刀打ちする術を脳裏に巡らせた。

 けして、勝てない相手だとは思わない。

 しかし、分は悪く、勝利を手にすることは易しくないだろう。

「……力、か」

 力のない正義は、踏みにじられる――その実例を何度となく、見てきた。

 弱肉強食――それは、この世の、不文律。

 強ければ生き、弱ければ死ぬ――それが、必然。

 ゆえに、生存強者――生き残るものは、強い。

 彼が、かつて、導き出した、答え。

「……弱いまま、俺は、強くなる」

 ずっと昔に、口にしたフレーズを、口ずさんでみる。

 弱者であったために、手に入れることのできた力。

 傭兵――鳴尾恭平の生を支えてきたものがそれだ。

 臆病なうさぎ――自嘲して名づけられた字もそれに由来する。

「……造られし、者……」

 この先に待ち受けるもののことを思う。

 生き残るために、できることは少なくはない。

――進む。この先へ、とな。

 勝利するための方策を頭に巡らせて、傭兵は歩き続けた。
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