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血の染み付いた手帳

しがない傭兵が偽りの島で過ごした日々の記録
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  • :11/23/01:52

12281952 Day30 -世界-

イベント星降る夜に――色々と手違いで、仮更新から遅れて本更新に。

絵を描いてくださった方には申し訳ないこととなってしまいました…。

偽りの島、人知れぬクリスマスの風景として、使わせていただきます。

以下、日記等。

贈り物:証明者なきドッグタグ



   -ⅰ-

 やがて、夜が訪れた。空からは、淡雪がひらひらと舞っている。
 いつになく寒い夜だ。少しばかり厚手のコートをまとい、恭平はアトリエを後にした。

 久方ぶりの遺跡外――血なまぐさい決戦から、数日を経ている。

 そろそろ休息も終わり、遺跡の探索を再開しなければならない。

「……賑やかだ」

 今日は特別な日――街は飾り立てられ、出歩く人々や、軒に並ぶ商店で賑わっている。

 街の中央にある協会ではミサが行われるのだろう。
 とある宗教の敬虔深い信徒たちが、ロザリオを胸にそちらへと歩いていくのが見えた。

 恭平は、どのような神も信じてはいない――同時に、否定も。

 街を闊歩する人々の大多数は、恭平と同じように神を信じていないか。
 信じていたとしても、別の神か、さほど敬虔深くないか。

 一つの祭りとして楽しんでいる者がほとんどだった――いやに、男女の取り合わせが多い。

 その理由は、無骨な傭兵には分からない。

 新雪を踏みしめながら歩けば、すぐに目的の場所についた。
 昼に約束をかわした少女が拠点としている小屋――少女もまた冒険者であり、帰還日が重なったのは偶然といえた。

 ノックは正確に二度。

 程なくして聞きなれた声の返事があり、少女――セリーズが姿をあらわした。

 どこか落ち着きのない青眼、ポニーテールに束ねられた赤に近い茶髪、その飾りがモミの木風。
 暖かそうな真っ赤のコート、白いボンボンの飾りボタン――プレゼントを配る老人の衣装風。

 ふかふかの袖飾り、ふわふわの手袋、ふこふこの首飾り――防寒性能も万全。
 
 もじもじとはにかむようにして小屋から外へ、後ろ手に鍵をかけ、上目遣いに恭平を見上げている。
 何かを言いたそうな眼差し――何かを言って欲しそうな眼差し。

「暖かそうだな。――いこうか」

 的外れな一言。恭平はきびすを返し、歩き出す。

 街ではなく、森へと向かって――セリーズは恭平の半歩後ろを歩いている。

 ときどき、遅れそうになるセリーズ――ハッとして、恭平の裾を掴む。
 掴んだことに気づいて慌てて離す――繰り返し。どこか上の空。

 ちらりと背後に視線を遣る恭平――空を見上げるセリーズの姿。

 その瞳に吸い込まれた星々。

 慌てる必要もなく、急ぐ理由もない――ことさらにゆっくりと、歩く。

 セリーズは空を見上げながら、恭平が羽織るコートの裾を握っている。


   -ⅱ-

 目的地に到着し、恭平は足を止めた。

 セリーズが慌てて裾から手を離し、物珍しそうに周囲へと視線を配り始める。

 日ごろは深々とした森の広場――今は人々の声で賑わっている。
 森の神木――巨大なモミの木が中央に、その周囲に腰を下ろして空を見上げている人々。

 星を見る人々。

 あえて、明かりは灯されていない。

 必要もない――月明かりと星明りだけで十分な明るさ。

 ここは、他所に比べても、光を集めやすい。

「……少し、落ち着くところに行くか」

 恭平の提案――モミの木の周辺は人気スポットとなっている。

 いまから、席を取るのは不可能。すでに座り込んでいる人々の邪魔になってしまう。
 遅れてきたものは、遠慮をするのがマナーというものだろう。

 それに、星々は逃げたりなどしない。

「うん」

 セリーズの返答。

 連れだって歩き、人影もまばらな少し離れた場所の、倒れた樹の幹に腰掛ける。

「……星、綺麗だね」

 セリーズ――道中も何度となく見上げていた空に、再び虜となる。

「……そうだな」

 恭平も空を見上げる。

 まるでそこだけが切り取られたかのように、木々の合間から覗き見える空。

 街の明かりもここまでは届かない。
 空の隅々までが、いつになく透き通っているように感じる――場を包む空気が異なる。

 冷え冷えとした空気がなおのこと、澄んで感じさせる。

「……死んだ人は天に昇るって言うけど、あの星も、人の命とかなのかな」

 セリーズの問いかけ――どこか、不安そう。

「……死んだら、それまでだ。その先には何も、ないだろうな」

 恭平の言葉――どこまでも、実際的。

 死を事象としてだけ捉えるものの言葉――ひどく怜悧。

「……だよね」

 空を見上げていたセリーズが、視線を地面に落とす――うつむく。

 かすかにその肩が震えているように見えるのは、冬の寒さのせいか。

 そんなセリーズの頭に触れる、ごつごつとした感触――戦場を生きた傭兵の手のひら。

「……それでも、それまで生きてきた意味は残る」

 初めて死というものを認識した幼子に言い聞かせるような、穏やかな言葉。

「え……?」

 つられて恭平の方を向く、セリーズ――傭兵はただ空を見上げている。

「何処に何が残るかなんて、俺は知らないがな。だが少なくとも……俺も生きてきた人の意味を持っている」

 セリーズの髪を撫ぜる――かつて、恭平自身がそうされてきたように。

 今となって分かる――恭平にそう語り聞かせた人々の言葉の意味が。

 堅くなっていた少女の体が、ゆっくりとほぐれていくのが指先から伝わる――震えも止っている。

 恭平は空に向けた視線をセリーズへと移した。
 セリーズは何かを握り締めて、恭平を見ている。

 今度こそ、何かを言いたげなせリーズ――恭平は、言葉を待つ。

「生きていく意味とか、残せるなら……恭平さん、これ、もらってくれるかな」

 セリーズ――握り締めていた赤い宝石を首からはずし、白い手袋の上にのせて差し出した。

「私が遺跡にいた頃、守護者として身にまとっていた外殻。
 今は組織に回収されているけど、その胸に埋まっていた宝石なんだ。
 一度も敗北していない遺跡の守護者。その一部……恭平さんのことを、ずっと守ってくれるようにって、意味で」

 少女の背負うもの、背負っていたもの――その、残滓。

 その宝石がセリーズにとってどれほどのものであるのか、恭平に計り知ることはできない。

「……大事なものじゃないのか?」

 差し出された宝石に視線を落として恭平。

「どうだろ。確かに、遺跡が生まれ故郷っていえば故郷から持ち出した数少ないものかもしれないけど
 でも、受け取って欲しいって、思ったから……」

 考え考えに、つっかえながらセリーズは言葉をつむぐ。

 本人もよくは分かっていないのだろう。

 気持ちの先行――時として、論理を超越し、正しい答えを導くこともある。

 最も重要なもの――渡そうとする人間の気持ち。ジンクスの基本。

 気持ちが強ければ強いほど、加護の力は強まる。 

「そうか……。なら、もらっておく」

 少し逡巡して恭平。

 赤い首飾りを宝物を扱うように受け取り、首から提げる――宝石はポケットの中。

 それから、別のポケットに収めていたものを取り出した。

 送られたら、送り返すのが、道理――等価交換のルール。

 金属のプレートに刻まれた名前――恭平鳴尾と読める――ドックタグ。

「……他に渡せるものがなくて悪いが」

 ドックタグを差し出す。恭平の存在証明――今は必要というわけでもない。

 彼の死を見取るものも、回収して彼を思い出す相手もいない。

 証明者のいないドッグタグ――お守りに近い、恭平の所有物。

 こめられた思いだけは本物。

「いいの?」

 おずおずと受け取りながらセリーズが聞く。

「見合うかどうかは分からないがな」

 ふ、と微笑みながらの返答。

 安心したようにセリーズが初めて、まじまじとドッグタグを見る。

 読める文字と読めない文字とある――今は読めなくてもいい。

「この宝石がセリーズを守っていたなら、代わりに狂兵の名前がお前を守るように、な……」

 恭平――再び、空を見上げる。

「……ありがとう」

 ドッグタグを握り締め、できるだけの微笑みを恭平へと向けてから、セリーズも再び空を見る。

 こうして空を見上げることができるのも、いまだけなのかもしれない。


 満天の星空――このとき、まさしく世界は、二人だけのものであった。
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