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血の染み付いた手帳

しがない傭兵が偽りの島で過ごした日々の記録
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  • :04/25/23:18

12062317 Day22 -火花-

   -0-

 焚き火を前にして、恭平が自然の椅子に腰掛けていた。
 風が削りだした天然の腰掛。硬く、すわり心地は良くない。今は逆に、それが心地良い。

 鮮やかな赤に、くすんだ金髪がきらめいている。
 夜闇の中、踊る炎と金の輝きに誘われた羽虫が、その身を焔に舐められた。

 消失。

 抗いがたい誘惑。それは時として、身の破滅を招く。

「……。」

 恭平は無言。ただ、ジッと岩に背をもたれかけて、時が過ぎるのを待っている。
 身体を休めているのとは、違う。時の経過、ただそれだけを求めた行動の発露。

 時間への抗い。

 まるで、岩と一体化したかのように、目を閉じ、息さえも殺して。
 時が過ぎ去ることを祈るその姿は、黙祷する僧侶にも似ている。

「……。」

 火にくべられた枯れ木の爆ぜる音。

 小うるさい虫たちの鳴き声。

 谷の合間を吹き過ぎてゆく風の囁き。

 偽りの空には星のドーム。藍色と空色の合間をぬって、星が流れた。

 それさえも、偽り。本物とそう大して差のない。
 手を伸ばそうと届くことはない偽りの空。触れもせず真偽を確かめることは、可能か。

 ――ここが地下であるという、証左はどこにあるのか?

 意識下での自問自答。

 答えを知りたがっている。その為に必要なもの。情報。触れられる真実。
 いまだ、確証的な手がかりはない。

 広大な遺跡の探索。砂漠に落ちた針を探すのに等しい行為。

 冒険者の間でまことしやかに囁かれる噂。宝玉の存在。
 手に入れたものに力を与える。エデンの園の禁断の実。

 力を求める者たちにとって、抗いがたい誘惑。

「……時間、か。」

 思考を打ち切って、恭平は目蓋を上げた。

 焦げ茶色の瞳が、炎の赤を吸い取って深紅に燃えている。
 頬に二条の古傷。恭平の生きた証。人生の証左。

 革の手袋をはめた右手で、傷跡を撫でる。
 岩に触れていた手は冷たい。心地よい感触。火の熱に火照った身体。

 冷たい夜から、身を守る術。炎。人類の英知。
 猿と人間の境。火の克服。恐怖を押さえつける理性。

 それを教えてくれたもの。神にも等しい。

 彼女が残した傷跡。

「……。」

 静かに指先を離す。

 恭平の冷ややかな眼差しの奥に、何かが揺れて、消えた。

「……行こう。」

 傍らのナップサックから一欠けらのレーションを取り出して口に放り込む。
 時間をかけず咀嚼して、嚥下する。

 次いで、取り出した水筒から、キャップ一杯分の水分を補充。

 全てをリュックサックに押し込んで、準備完了。
 地図も荷物とともに中へ。周囲の地形は全て頭に叩き込んである。

 目的地への経路も、また。

 岩から腰をあげる。時との戦いを共にした同志との別れ。
 砂を蹴り、焚き火に被せて消す。辺りが闇に閉ざされる。自然にあるべき姿。

 それに抗う光――火の灯されたランタンを右手に、肩をリュックに背負った。

 そして、恭平は歩き出す。
 手にしたランタンだけが寄る辺となる、冒険者たちの荒れ野へと。




   -1-

 短剣が一閃。絡みあう蔦の断線――切れ切れとなって森の緑に呑まれる。
 道がひらける。恭平だけの道、獣も他の冒険者も通っていない。

 それだけに、越え難い道のり。

 荒れ野の果て。谷の出口。入り口と同じように広がった森。
 冒険者さえも呑みこもうかという森のただなか。

 恭平は独り、侵攻する。

 張り出した木々の枝。天然のバリケードを短剣で薙ぎ払う。
 同様の行為を繰り返しながら先へ。

 蹴り破り、掻い潜り、断ち切り、跳躍する。

 自然との戦い。進んだ距離に比例する時間の経過。

 迫る夕闇。夜の森――危険な場所。

 視界の悪化。空を覆い隠す木々の屋根。月明かりが差し込む隙間もない。
 手にしたランタンと、自身の夜目を頼りにして進む。

 兵の潜む薄野を進むように、一歩一歩、慎重に。
 次の瞬間、命がここにある確証はどこにもない。

 指先で世界を感覚しながら進む。同時に、全方位に向けられた聴覚。
 野生さながらの超感覚。恭平たちが持たなければ、生き延びられなかったもの。

 世界と彼らを取り結ぶ、唯一の武器。

「……この、匂い。」

 反応したのは、嗅覚。

 思わず、呟いていた。

 花の香り、人の香り、甘い――菓子の香り。
 はるか遠方から漂っている。この森に立ち入って初めての気配。

 ココヤシの実が放つ、独特の匂い。
 わずかに混じる、水の香り。

「……あれ、は。」

 香りを辿り、木々の合間を抜けて、恭平は先を目指した。
 闇の中に、進むべき道が描かれている。

 ――幻視。

 踏みしめられた大地。張り巡らされたテント。賑やかな男たちの哄笑。
 女たちの高い笑い声。男たちは傭兵として戦場に出。女たちはキャンプを守る。

 別々の戦場に生きる人々。

 すでに過ぎ去った彼らの横を通り抜け、恭平はそれを見つけた。

「……また、ここか。」

 かがり火と花。敷き詰められた花々の合間に集う人々。その影。
 幻視と現実とが溶け合い、混ざり合う。

 屈強な男たちが、逞しい女たちが、影の人々と重なり消えた。

 甘い香りが漂う。

「……ありがとう、だいじょぶよ。」

 少年の声。ゆらりと炎が揺れて、小さな少年の姿を浮かび上がらせる――その声の、持ち主。

 手首や肩に残った擦り傷。人為的な損傷。
 ジェスチャーをまじえながらそれらをさすり、何者かに大したことはないとアピールをしている。

「……あの子は。」

 恭平のつぶやき。

 既視感。この空間の中心にあの子供がいるのだという、錯覚。あながち、間違いではない。
 急速に浮かび上がる人々。薄れゆく影。退く、闇。

 強まる花の香り。人々は手に手に、花を掴んでいる。
 あるものは愛おしそうに、またあるものは違う感情を込めて。

 空間を包む空気。祭り前の、そのムード。

 炎から人々に火種が配られる。さらに空間を明るく照らし出す、カンテラの群れ。
 集う人々にも似て多種多様。世界中のあらゆる形を集めたかのような。

「……久しぶり、か。」

 境界に立ち、周囲を見渡す。映り込む見知った顔たち。
 
「いよいよお祭りだねえ。灯りと花の用意はだいじょぶかしら?」

 その中を行き来する少年。

 恭平も見知った娘と、穏やかな顔の老婆に傷の手当を受ける。

 くすぐったそうなその笑顔。

 灯りに惹かれるようにして、次々と心配そうに少年のもとへ訪れる人々。

 ――その逆も、また。

 準備に勤しむ人々の手元を覗き込む少年。――好奇心の塊。

 ティカティカ。少年の名。不思議な響き。

「それすてきねえ! 中の……。」

 風に運ばれてくるティカの驚いた声。

 向き合って微笑む女傭兵の姿。フォーマルハウト・S・レギオン。

 一時共闘した仲。恭平と同じ匂いの女。
 真面目すぎるその切れ長の眼が、少年に対して細められている。

 傭兵らしからぬ優しい表情。女の一面性。

「……仲間たちが作ってくれたのです。」

 珍しがる冒険者たちに対しての、女傭兵の説明。

 少年に向けられるものとは、また別種の慈しみ。仲間。その価値。

「虚構のものかもわかりませんが、水は水……。」

 その手の中で揺れるホルダー。そのさらにうちで、ゆらゆらとゆれる立方体。

 風の噂――宝玉。その正体。場に混じる、水の香り。

 恭平の眼が、鋭く細められる。思案気な、戦略家の面持ち。
 一瞬で消失する戦士の顔。ここには無粋な、望まれざる一面。

 境界は、既に越えている。

「……少し、邪魔をするとしよう。」

 恭平は、ふっと口元を緩める。身に纏った空気が、和らぐ。

 周囲との同化。

 影と光が交錯する世界の中へ踏み出す。右手にはランタン。
 恭平の手にに、まだ花はない。

 音楽がかき鳴らされている。冒険者たちの即興歌。

 それに背を押されるようにして、積み上げられた花々の間へと歩みだしていた。

 何の為に。

 ただ一つ、自分だけの花を探して――。
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