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血の染み付いた手帳

しがない傭兵が偽りの島で過ごした日々の記録
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  • :04/25/02:37

10090105 Day21 -渡河-

   -0-

 満天の星空。澄み渡った偽りの空を仰ぐのは、氷の精が舞い踊る砂漠の夜だ。
 傭兵は死の道を歩んでいる。それとして、生を受けた時から、ずっと。

 彼が歩んできた道は、この砂漠の夜にも似て、冷たい。

 それを苦に思ったことはない。
 すがりついた腕を、けして離さなかった彼女が、同じくして歩んだ道だから。

 風が吹く、どことなく紛い物じみた風。
 ともすればここが遺跡の中であることを忘れそうになるが、全てに、違和感があった。

 整列する星座の並びさえも、空に再現して見せている。
 それは技術力の表れか、それとも、遺跡を創造した者の狂気の表れか。

 ――ここは、何の為に作られた。

 空に投げかけられた問いかけに、答えるものはいない。

 血に冷えた身体を、外套でより強く覆い隠して、恭平は砂漠を渡っていた。
 身に着けた短剣のうち、三本が先の戦いで喪失している。

 今頃は、遺跡に巣食う怪物の亡骸とともに、砂の底に眠っていることだろう。

 先の戦いは、恭平に大きな損耗と、色濃い疲弊とを残していた。
 巨大蟹の鋏は恭平の肌を裂き、虹色貝の息吹は恭平の肌を凍てつかせた。

 傷はまだ癒えず、なかば凍傷に陥った左の指先はまだ動かないままだ。
 早く治療しなければ、永遠に失いかねない。

 もっとも、遺跡の外に戻れば、それさえも再生されるのだろう。

 自分の想像に、恭平は顔をしかめた。

 そんな、恭平のすぐ横に、少女が舞い降りたことに、恭平は気付かない。

 ――眠れば、楽になるわ。

 少女――氷の精が空を泳いで、恭平の耳朶に囁きかけた。

 零下の住人。冒険者を惑わせる存在として描かれる彼女たち。

 それはけして間違いではない。

 彼女達はなによりも、死を好んだ。その、より冷たく、より儚いものを。

 消えかけた生命の灯火は、ダイヤモンドのように彼女達を惹きつける。

 恭平の周囲を好んで舞うスノー・フラウたちの姿が、次第に数を増していた。

 恭平が与えた死の残り香が、彼女達の嗅覚を刺激したのかもしれない。

 ――おいで、安らぎを、与えてあげる。

 彼女達の声は、恭平には聞こえない。

 しかし、その声は、心に直接、語りかけるのだ。

 周囲の気温が急激に下がるのを、恭平は肌で感じ取っていた。
 いくら冷える夜の砂漠とはいっても、異常な冷え込みようだった。

 先ほどから、ちらりほらりと雪までが、舞っている。

 しかし、恭平は立ち止まらない。
 泰然とした足取りで、積もりつつある雪と、そこにある砂とを掻き分けて進む。

 ――ねぇ、一緒に、眠りましょう。

 氷の娘達の一人が、その冷たい手で恭平の腕にそっと触れる。

 外套と、その下に着込んだ野戦服をすり抜けて、傷だらけの恭平の肌へと。
 凍傷を負った恭平の指先を愛おしそうに撫で、氷の掌で包み込む。

 ――ここは、とても、素晴らしいところなのよ。

 別の一人が、恭平の首に手を回して、その頬に口付けをした。

 数多の旅人を氷に閉ざしてきた口付けも、恭平の身体を止めるには至らない。

 恭平の吐く息は白く、睫までもが凍り付いていたが。

 吹雪の砂漠で、ただ前をじっと睨みつけながら、恭平は先を目指していた。

 その心の奥底では、青白い炎が轟々と音をたてながら、燃えている。

 ――ツレナイ、人。

 その言葉を境に、雪乙女達は抱擁をほどいていった。

 氷精たちは一人、また一人と、恭平のそばを名残惜しそうに離れていく。

 けして男が、自分たちのものにはならないのだと、気付いたのだ。

 やがて、最後の一人が恭平の髪を撫で、離れて行った。

 それと同時に、雪が吹き止み、夜の砂漠は本来の姿を取り戻す。

「……ここ、か。」

 白い息を吐いて、恭平は呟いた。

 晴れた視界の先に、鬱蒼と茂る密林。

 そこは、砂漠の中に取り残されたオアシス。

 強さに取り込まれ、道を誤った一匹の雄が、そこには居ると聞く。

 頭からすっぽりと被っていた外套を脱ぎ、凍りついた髪の霜を払うと、恭平はその中へと立ち入っていった。

 そう、伝説の眠る、太古の森の腕へと――。


   -1-


「……ッ。」

 思わず、声が漏れた。

 木々の合間から流れ出す清流に手先を沈めて、凍傷に陥った指先をほぐしていく。

 そこはすでに森の中。

 死の砂漠とは一転して、森の中は生命の気に満ち満ちていた。
 外が吹雪いていたとは思えないほどに森の中は暖かく、恭平は外套も脱ぎ去っていた。

 肌はうっすらと汗ばんでいる。湿度も高く、空気の密度も濃い。

 溶けた雪に濡れて体に張り付く上着も脱いで、それらを袋の中へとしまい込んだ。

「……?」

 その動作の最中、恭平の瞳に不思議なものが映った。。

 肌のいたるところに残る、霜焼けとなった跡。
 それらが、大人になりきらない少女の手の平のような形をなしている。

 たまさか、そのように映っただけか。

 気を止めたのは一瞬だけ。
 恭平は、常温の清水に浸した布切れで、全身を拭っていった。

 背中や頬までも冷気にやられていたらしく、痛みとも痒みともとれない感覚がはしる。

 手の平を開閉して、指先がある程度の感覚を取り戻したことを確認する。
 短剣の柄を握り、それを抜き放ってみて、恭平はようやくその場を後にした。

 夜目だけを頼りに、暗い森の中を進む。

 あらゆる方角に、動物の気配を感じたが、彼らが恭平の前に姿を現すことはなかった。

 下生えの草を踏みしめて、覆い茂る羊歯植物を短剣で切り払い、恭平は黙々と進んだ。

 水の流れる落ちる音。

 森を抜けると、そこには滝があり、なみなみとした水をたたえている。

「……こんな場所があったとは、な。」

 どうやら、ここが砂漠と荒野との境目でもあるのだろう。

 滝の先には渓谷が広がり、赤茶けた地肌が日の目を浴びていた。

 ところどころには木々も生え、草一つ生えない砂漠とは一線を画した姿を晒している。

「……しかし。」

 目当ての人物は、どこにいるのだろうか。

 噂など当てにならないもの。ここに、伝説の某が滞在していると聞いたのだが。

「おいぃぃいぃぃぃぃぃ!!」

 水のほとりで周囲を探る恭平の耳に、何者かのくぐもった叫び声が響いた。

 咄嗟に振り向いた恭平の視線の先――。

「おめー、なにしてやがんだぁ!!」

 それは、水の中から姿を現した――。
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