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血の染み付いた手帳

しがない傭兵が偽りの島で過ごした日々の記録
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  • :03/28/23:00

10022321 Day20 -砂漠-

   -0-


 青白い月の澄ました横顔を見上げながら、恭平はよく冷えたウォッカを喉に流し込んだ。
 冷凍庫で冷やされた北方の酒は、液体でも固体でもない不思議なとろみをたたえ、食道をするりと潜り抜けていく。

 その感触を楽しんでいると、瞬間、空腹に近い胃がカーッと熱くなった。

「……ふん」

 場所は屋根の上。ビュウビュウと吹き付ける風は冷たく、季節の変わり目を恭平に知らせている。
 ほんの少し前まで汗ばむような陽気だったというのに、舞台は夏から秋へと移り変わろうとしていた。

 南方に位置する偽りの島に四季があるというのが、どことなく不思議に思える。

 大勢の冒険者の流入によって雑多な慣習の持ち込まれたこの島は、いまひとつの祭りで盛り上がっていた。

 それを、誰が伝えたのか恭平は知らない。

 それは、彼の祖母にあたる女性の祖国で行われていた行事にもよく似ている。

 なんでも、月を見上げながら酒を飲み、団子を食むのだという。
 残念なことに、恭平の手元に団子はなかったが。

「……なるほど。風流なものだ……」


 時として、そのようなよしなしごとを楽しむのも悪くはない。
 都合のよいことに、譲り受けた酒が冷凍庫の中に冷やされたままであった。

 そうして、月を見ている。

 確かに、魅入るほどに美しい澄んだ月だった。
 先日の嵐の影響か、空もまた澄んでいる。月を見るには良い日だろう。

 今頃、この島に息づく冒険者の多くが、恭平と同じように空を見上げているのだろう。
 その証拠に、いつもは閉じられている家々の窓が今日は大きく開け放たれている。

 月を見て、町を見て、また月を見て、恭平は残りの酒を一気に流し込んだ。
 火酒とも称されるウォッカだが、一杯程度で酩酊するほど恭平は酒に弱くない。

 登っていた屋根の上を澱みなく歩き、天窓から室内へと戻った。

 そこは恭平が寝床としているアトリエの二階にあるさして広くもない部屋だ。
 必要最低限の設備と、前の借主が残したやたらと乙女趣味な家具で埋め尽くされている。

 居心地は悪くないのだから、眠れさえすればいい。
 そんな、恭平の無頓着さがよくなかったのだろう。

 女性らしさと無骨な空気とが入り混じり、すっかり妙な空間になってしまっていた。

 その中で恭平の荷物はといえば、ほんの片隅に申し訳程度に積まれているものだけだ。
 その多くは、この島の遺跡で手に入れた拾得物だった。

 テーブルの上には短剣が用途別に並べられ、諸々の道具がその脇に整頓されている。

 無駄に大きい丸石が漬物石よろしくチェストの上に転がされ、
 入り口に程近い床の上に魔法樹の欠片や腐りかけの丸太が無造作に積み上げられていた。

「……」

 それらを一瞥して、恭平は椅子に引っ掛けてあったジャケットを手に取り、袖を通す。
 この島に来てこのジャケットに袖を通すのは久々だ。

 夏場は出番のなかった装備も、これからは必要となってくるだろう。

 無骨なバックルで腰を締め、鞘を吊り下げて短剣を納めた。
 その鉈にも似た大振りな短剣は覆い茂る植物を断ち切り道を作るためにも使用する。

 比較的小ぶりな投擲剣は、外からは見えないよう各所に携帯した。

「……行くか」

 食料と水の詰まったナップサックに地図を押し込め、それを肩に担いだ。

 扉を開け、階段を下って通りに出る。
 日付はすでに変わっているが、酒宴に興じる冒険者たちが静まるにはまだ早い時間だ。

 通りに面した酒場からは、陽気な歌声や吟遊詩人の歌うサーガが漏れ聞こえていた。

 それらに背を向けるようにして、遺跡へと向かう道を進む。

 狭い路地を抜けて山道に入り、かつて男装の女や外道の僧侶と戦った階段を登り、
 少しばかりの時間をかけて遺跡の入り口に辿り着いた。

 島でも高い場所に位置する遺跡の入り口からは、街の灯り良く見えた。
 遠くに煌々と燃えている炎は、漁師たちの放つ漁火だろう。

「……次は、冬か」

 最後にもう一度、月をサッと見上げて、恭平は遺跡へと続く階段を下っていった。

 その先には、月にも似て妖しい輝きを放つ魔法陣がある。



   -1-


 砂漠には様々な顔がある。焦熱地獄と評するにふさわしい昼の顔。
 そして、死の砂漠と呼ぶべき夜の顔、と。

 ほんのわずかな樹種を除いて、ぺんぺん草も生えない砂の海は寒暖の差が激しい。

 ローブを頭からすっぽりと被り、吹き付ける砂に耐えながら恭平は足を進めていた。
 口の中で砂がじゃりじゃりと嫌な音をたてる。

 しかし、それを吐き出そうとすれば、より砂を含んでしまうことになるのだ。
 目と口元を隠しながら、風の向きに対抗するようにして進む。

 気温は零下。容赦ない冷気が、体温を奪おうと押し寄せる。

 いっぱしの術師が見れば、夜だけの天下を謳歌する氷の精たちが飛び交う光景でも見えるのだろうが、
 そのような技術も才能ももたない恭平にとってはただの自然現象だ。

 その為か、不思議と氷の精たちも恭平を避けて飛んだ。

 半端に彼女たちを見てしまった男たちが、寓話のように氷の口付けによって命を落としてしまうのだろう。

 恭平は静かに静かに歩を進める。不用意に砂漠の生き物を刺激しないためだ。

 砂漠の生き物たちは、気温の下がる夜を中心に活動する。
 寒さには耐えることができても、日中の高熱に耐えることのできるものは少ない。

 だから、彼らは日中を冷たい砂の下で過ごすのだ。
 表面は触れれば火傷を負うほどに熱せられる砂だが、その下層は意外なほどに涼しい。

 ここが通常の砂漠であるのならば、生き物の危険など自然の猛威に比べれば些細なものだったが、
 人を遥かに凌駕する巨大な生物が闊歩するこの遺跡では話しが別だ。

 いわゆる“砂走り”のように、地中から獲物を丸呑みにしてしまう地中生物が生息しているとも限らない。
 慎重になりすぎるということはないのだ。

 恭平が知る限りでも、蟹、ラクダ、クラゲ、貝と様々な怪物がここには息づいている。

 本来の住人は彼らであり、恭平は侵入者でしかない。

「……ちぃ」

 押し殺すようにして呼吸をしていた恭平が、砂地に入って初めて呻きを漏らした。

 シャラシャラと砂を鳴らす音。
 何かが砂を押しのけて、地上を目指す音だ。

 それが徐々に大きくなり、徐々に近づいてきている。

 その数、三つ。

 運悪く、彼らの寝床に踏み込んでしまったらしい。

 砂にかけられた僅かな荷重。それによって、獲物の到来を知ったのだろう。

「……」

 急ぎ口元を布で覆い、それを軽くしばることによって固定した。

 荷を放り、油断なく周囲を見渡しながら、指先は短剣の柄に触れさせる。

「……くる」

 布に遮られたくぐもった声をあげて、恭平は地面を蹴った。

 地面が崩れようとしている。

 砂を掻き分けて、恭平を取り囲むように3つの何かが姿を現そうとしていた。
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