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血の染み付いた手帳

しがない傭兵が偽りの島で過ごした日々の記録
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  • :04/26/22:20

10022323 Day20 -残影-

   -0-


 鍛錬を欠かすことはできない。
 そして、最も有効な鍛錬とは実戦だ。恭平は常々、そう思っている。

 戦場の風を肌で感じ、自分の力量を見極めてこそ、次に目指すところが見えてくる。
 何が足りていないか、自分の強みは何なのか、それを知らなくてはならない。

 だからこそ、恭平は戦いを求めていた。
 実戦の回数は限られている。冒険者を相手とした練習試合が必要だった。

 同様の考えを持つものは多く、この島のいたる場所にそんな冒険者の集まる場所が合った。
 遺跡へと続く山道の中腹にある、少し開けた森の広場もその一つだ。

 かつて何らかの建物があったのだろう、地面は綺麗にならされところどころから煉瓦が露出している。
 動きやすく、戦いやすい場所だった。

「……誰もいない、か。」

 恭平は戦いを求めてそこへやって来た。

 しかし、運の悪いことに誰もいないらしい。日に何度となく、誰かしらが訪れていると聞いたのだが。

「待とう……。」

 時間はたっぷりある。そのうちに誰かやってくるだろう。
 そう考えて、恭平は待つことにした。

 おあつらえ向きに、かつての建物の外壁が腰掛けるのに丁度いい高さとなって残っている。
 まだ時刻は昼過ぎ、人が本格的に行動を開始するのはこれからかもしれない。

「……。」

 風が吹いている。木々の擦れ合う音や、動物達の足音、鳥の囀りを聞きながら、恭平は時間を過ごしていた。
 どれぐらいたったのだろう。さほど、時間は経っていなかったかも知れない。

 何者かの気配が、近づきつつあった。

「……きたか。」

 足音は軽い。体重をまるで感じさせない。気配も希薄だ。
 だが、何か秘めたるものを感じる。

 それに、ここへ用があるような人間など冒険者以外にはいない。

 島の住民には忘れ去られたような場所なのだ。

「……誰か、いますか?」

 ほどなくして、姿を現したのは若い男だった。年の頃、二十代後半。
 年齢の割には老練さを臭わせる落ち着きをもっている。

 制服に身を包む様は整っており、挙動からは訓練された人間のそれが見受けられる。

 軍属か――。その外的要因から、恭平はそう判断した。
 見た目は人間。しかし、これだけ近くに立っているというのに人らしい気配がない。

 むしろ、シャルロットや以前戦った少女のように、この世にあらざる者に近しい。

 彼はすぐに恭平の存在に気付いたようだった。

「あなたも練習試合の方でしょうか?」

「……ああ。」

 男の問いかけに答えながら、恭平は立ち上がった。
 軽いストレッチで筋肉をほぐしながら、男へと歩み寄り向かい合う。

「僕はカルハ。準備は……よいみたいですね」

「……さっさと始めよう。恭平だ。」

 簡単な自己紹介を最後に、二人の男はバッと距離を置いた。

 場の空気が入れ替わり、周囲から動物達が逃げていく。

 そこは戦場と化した――。


   -1-

「よろしくお願いします!」

 声を張り上げ、カルハは相手の男を見た。

 軍属か、傭兵か。かつて、戦場で生きたカルハの良く知る人種を思わせる屈強な男。
 印象だけで判断するなら、手練のようだった。

 気を引き締めてかからなければ――。

「っとりあえず!!」

 自分の体の在り方を意識して、周囲との融和を高める。
 実体化を保ったまま存在を揺らがせることは難しいが、少しはコントロールが可能だ。

 相手の目には、突然、カルハの身体が揺らめきだしたかのように映るだろう。
 技術や魔術の類ではないため、そう簡単に看破できるものではない。

 続いて、気を集中させて身体の霊的な力を引き出しにかかる。
 現実の肉体を持たないカルハだが、実体化している間は物理法則に影響される。

 その実体を構成する零体を気で強化したのだ。
 これで、普段よりも激しい攻防に耐えられるはずだった。

 普段の練習どおりに、ここまでを瞬間でやってのける。

 あとは最後の総仕上げだ。

 強化によってバランスの崩れた自己を捉え、集中力を高めることで引き絞っていく。
 人としての輪郭が整い。カルハははっきりと実体化した。

 大地を強く踏みしめ、相手を見る。

「……いくぞ。」

 恭平が地面を蹴った。目を見張るような加速。

 慌ててカルハもその場を飛びのいた。

「……ついてこい。」

 恭平がさらに大地を蹴る。その強さに、土が弾け飛んだ。
 カルハの横を通り抜け、その前に立つ。

 速かった。およそ、カルハの知る中でも群を抜いて。

 単純な身体能力によるものではない。なんらかの技術がそこに介在しているのは明らかだ。
 自分自身が体得していない以上、それがなんであるかははっきりとしない。

 そういえば、仙人は一歩で千里を駆けると聞いたことがあるな。ふとそんな考えが脳裏に浮かんだ。

 狭い空間だが、恭平はそこを自由自在に動き回っていた。
 視線で追うのがやっとだ。下手に動き回るよりも、恭平の動きに合わせた方が得策かもしれない。

 恭平は一定の速度で動きながら、既に得物を抜き放っている。
 ときおり、その姿が霞んで見えるのはどうしてか。

 カルハは警戒心を強くしながら、拳を軽く握り締めた。


   -2-


「……こちらからいくぞ。」

 恭平の姿が掻き消えた。

 いや、煉瓦の床を蹴り、さらに石壁を蹴ったところまでは知覚できていた。
 ただカルハの身体が、その動きに反応ができなかっただけだ。

 まるで極限まで引き絞られた弓弦から放たれた矢のように、恭平は襲い掛かった。
 狙いは違わず、その手にした短剣はカルハの肩を貫いた。

 貫いたその手に感じた妙な感触に、恭平は一瞬外したのかと思ったが。
 短剣は確かにカルハの肉を貫いている。

 短剣からカルハの生命力と魔力とが、恭平の体へと吸い込まれていった。

 一瞬の消失感と、肩を焼く痛みとに顔をしかめながら、カルハは眼前の恭平を蹴り飛ばした。
 その一撃を空いた右腕でガードしながら、勢いは殺しきれず恭平は後ろに跳んだ。カルハの右肩から短剣が引き抜かれる。引き抜き様に振りぬかれた切っ先がカルハの頬に傷をつけた。

 確かにぱっくりと開いた傷口から血が流れないのを恭平ははっきりと見た。
 

 恭平が体勢を崩しているうちに追撃を仕掛けようとしてカルハは強引に踏み込んだ。

「くぅ……。」

 後ろ足で強く地面を蹴り、弧を描くように中空で蹴りを放つ。そのままの勢いで、反転し地面に着地した。ムーンサルトと呼ばれる大技だ。

 しかし、痛みから踏み込みが浅く、見切られてしまった。

 本来ならば顎を打ち抜き、その脳さえも揺さぶったであろう一撃だが。
 ほんの少し、恭平の顎を掠めるに止まっている。

「シッ」

 着地の瞬間が、逆にチャンスを与えてしまっていた。

 鋭い踏み込みと同時に、短剣が二度、つきこまれる。
 咄嗟に腕を前に出し、刃先を逸らすことに成功した。だが、短剣の刃はカルハの腕に傷を増やす。それとは別の、熱さがカルハの体に襲い掛かってきた。

 毒だ。短剣に塗り込められた毒が、カルハの体へと侵入しようとしている。

「え?!」

 体内に侵入した異物を取り除こうとして、カルハは軽度のパニックに襲われた。
 考えがまとまらず、いたずらに気力だけを消耗してしまう。

 落ち着こうとすればするほど、妙な焦燥感に駆られてしまった。

 咄嗟に、腕の先にあるであろう恭平の身体めがけて全力でぶつかっていった。
 重い衝撃。カルハの右肩は恭平の右胸に突き当たった。

 ヒュウ、と音を立てて恭平の肺から息が吐き出される。それだけの衝撃が恭平の胸元を襲ったのだ。

 無理やり息を吐き出されて、恭平も意識の集中を断ち切られた。
 
 お互いが喘ぐように息をしながら、攻撃の応酬を繰り返す。

 カルハが突き出した拳をはじき、恭平が短剣を繰り出すと、カルハがそれを蹴り上げた。
 宙を舞った短剣をカルハは掴み、恭平へと投擲する。飛来した短剣を指先で挟みとめ、再びその柄を恭平は握り締めた。

 恭平は握り締めた柄からワイヤーを引き放つ。

「……いくぞ。」

 銀糸が閃いた。編み上げられた鋼線の束が、カルハの身体に打ち付けられる。
 最も重く鋭い最初の一撃は、胸元から袈裟懸けに衣服を弾けさせ、その下の肌にも裂傷を残していった。

 恭平が短剣の柄を振るう。

 一度通り過ぎていったワイヤーが唸りを上げて再びカルハへと襲い掛かる。
 咄嗟に半身になったカルハの目の前をワイヤーは通り過ぎた。地面にぶつかって跳ね上がってきたワイヤーを同様にしてかわす。

 よくよく見れば避けることができないほどの技ではない。

 三度目の一撃も寸前でかわそうとカルハは動いた。

 その瞬間、恭平はワイヤーを操作してその軌道を捻じ曲げた。

「くっ。」

 より軌道が複雑になったワイヤーがカルハの周囲をうねり飛ぶ。

 その全てを回避することは不可能だった。

「流石です……!」

 全身を傷だらけにして、カルハはどうにかその包囲網から抜け出した。
 すでに恭平はワイヤーを柄の中に巻き取っている。

 負けじとカルハは恭平に襲い掛かった。


   -3-


「……うーむ、成仏しそう……。」

 すでに技を繰り出すほどの気力は残っていない。

 冗談交じりにカルハは目を細めながら、恭平を見た。
 相手も満身創痍だが、まだ何かを繰り出してきそうな予感がする。

 いつもならば、カルハとて戦闘中にある程度の気力を回復させることができるのだが。
 恭平から与えられた毒の為に、気が思うように体内を巡らずそれができずにいた。

 技を奪われた冒険者など、ただの力自慢でしかない。
 それを嫌というほど自覚させられている。

「単純な力なら、負けないはずなんだけどな。」

 呟いて、拳を開いて掌を前に構えた。

 恭平が大地を蹴った。すでに目は慣れたが、その速度は凄まじい。
 あっという間にカルハの前に到達する。恭平は短剣を振るった。

 まるで、魚を捌く料理人のように軽やかな動き。瞬間、三度も短剣は閃いた。

 それを真正面から打ち落として、合間を縫うようにカルハも一撃を繰り出した。
 移動力ではかなわずとも、手数でなら勝負ができるはずだった。

 互いに息も忘れて攻撃を繰り返す。

「……ハッ!」

 息を吐いて、恭平の一撃が放たれた。
 力のこもった鋭い一撃だ。

「……甘いです……ッ!!」

 それだけに、読みやすい一撃だった。
 砂の中の黄金が煌いているように、良い一撃であるだけに目立ってしまった。

 下からすくい上げるようにして腕の軌道をそらし、反対の肘を恭平の頭にたたきつけた。
 こめかみが裂け、噴出した血が恭平の顔を赤く染めあげる。

「……やるじゃないか。」

 視線を戻してカルハを見やりながら、恭平はニィッと笑みをうかべた。

 怖い。

 自分でやったことながら、相手の表情に怯えがはしった。

「……お返しだ。」

 隙を突いて、短剣の柄がカルハの頬に叩きつけられた。
 足が宙に浮き、地面へと体が叩きつけられる。全身が痺れるような一撃だった。

「……傷は浅くない。もう、それ以上。動くな。」

 短剣を鞘に収めて、顔の血を拭いながら恭平が言う。

 言われなくても、カルハは動けないのだが。もはや実体を維持することも難しい。

「ま、不味い、このままだと消え……。」

 保てなかった。言葉も最後まで発することができず、カルハの姿が溶けるように掻き消える。

「な……?」

 消えた対戦相手のいた辺りを見て、恭平は唖然とした。
 なるほど、気配が薄いわけだ。よもや、亡霊と戦っていたとは。

「……まったく、油断のならない島だ、な……。」

 苦笑して、血で固まった服を脱ぎ、恭平はその場を後にした。

 おそらく、まだそこらにいるであろうカルハに「またな。」と言い残して。
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