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血の染み付いた手帳

しがない傭兵が偽りの島で過ごした日々の記録
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  • :08/19/21:06

09030042 Day08 -妄執-

   -0-


 相手の手首を捉え小手返しに投げ飛ばそうとした瞬間、
 視界が逆さまになり、恭平は頭から川へと叩き落されていた。

 衝撃に息がつまり、何をされたかへの理解が追いつかない。

 水中から顔をあげ、飲み込んだ水を吐き出して、ようやく息を落ち着かせて初めて、何をされたかが理解できた。
 
 簡単なことだ。

 投げようとした瞬間に、その力を全て利用されて、恭平自身が投げ飛ばされたに過ぎない。
 そう理解できるようになっただけ、大きな進歩だと思う。
 最初の頃は何もできず触れられただけで投げ飛ばされ、何を理解することもできなかった。

 今はなぜ投げられたのかを理解し、考えるだけの知識と経験が身についている。

 物事がどのようにして成り立っているのか、その道理を知るのと知らないのとでは全てに大きな差がつく。
 それだけの成長を、恭平は得ていた。

 しかし、投げようと仕掛けてくる相手を逆に投げ飛ばすなど、言うのは簡単だが実際に行うのは想像を絶するほどに難しい。
 東洋に伝わる合気道という技では、そういった技術が極意とされているほどに。

 かくいう彼女の戦闘流法も、東洋の武術から影響を大きく受けているらしいが。

「いつまで水浴びをしているつもり? 恭平。」

 そんなことを考えながら咳き込んでいる間に、彼女が川べりまで歩いて来て、恭平を見下ろしていた。
 先ほどの立ち位置からここまでおよそ3mはある。ずいぶんと投げられたものだ。

「……くそ。」

 悪態をつきながら、恭平は濡れて張り付いた髪を払いのけながら、川から立ち上がった。
 真夏の日差しは厳しい。といっても、この国の過半期は夏なのだが、火照った身体に川の水が気持ちよかった。

 彼女が無言で手を差し伸べてくる。

 その手を取らずに、恭平は独力で川岸へと上がった。
 照れくさかったからではない。以前、同じような状況で投げ飛ばされたことがあるからだ。

「可愛げのない子ねぇ……。」

 そんな恭平の様子に、彼女は苦笑してみせる。

 そうやって油断させるのだ。

「何度も言っているでしょう、あなたの動きは直線的過ぎるのよぅ」

 教師の顔に戻って、彼女は言う。

「目線や指先なんて、小手先でフェイントをかけようとしてもダメ。
 足先が正直すぎるもの。もっと歩法を教えなきゃだめねぇ。」

 恭平の動きを再現して見せながら、その足運びに対して彼女はダメだしをする。

 恭平の歩法は一本槍のように直線的だ。
 軸を一本強く持ち、その動きは突撃するエネルギーを生み出す。

 しかし、それは騎士の歩き方であり、傭兵にふさわしいものではない。

「もっと、狡猾になりなさい。」

 そう言って、彼女はその動きに別の動きを加えてみせた。

 直線と曲線が優美に交ざる。

 直線の動きは、飛翔する雷鳥の如く。
 曲線の動きは、水中を行く水蛇のように。

 円運動を機軸に直線と曲線の動き、それが彼女の歩法だった。

「素直なのはいいけれど、フェイントがフェイントになってないのは問題よねぇ。」

 足を止めて、恭平を振り返りながらにやりと笑ってみせる。

「……うるさいな。」

 憮然と、恭平は応え。

 その身が深く沈んだ。その頭上を銀光が掠め過ぎる。

 彼女が放った短剣の一撃。

「ふふ、よく避けたわね。もうひとつ、あきらめの悪さも、私たちには大切なことよ。」

 何事もなかったかのように、抜き放った短剣を引き戻しながら、彼女は微笑んでいる。

 教師と教え子の戦いは、再開された。


   -1-


 肉の腐るすえた臭いに包まれて、恭平は目を覚ました。
 視界は暗く、自分の手先しか見ることができない。

 ときおり身体を預けている壁や床が震動するのは、ここがランドウォームの胃袋だからだろう。
 意識が戻ったということは、彼はまだ生きているらしい。

「……あきらめの悪さ、か」

 自嘲気味に呟いてみる。

 足先が何かの液体に浸っていた。
 胃液だろうか。表皮が溶け、赤味がかった筋肉がところどころ覗いていた。

 動かそうとすると激痛がはしる。

 運よく、全身が漬け込まれていなかったのが幸いしたか。

 恭平はまだ生きている。

「……む。」

 適当に伸ばした腕が、革の袋に触れた。
 それは恭平の装備一式を納めたナップザックだ。

 恭平の匂いと体温が残っていたため、ランドウォームが誤って飲み込んだものだろう。

「……我ながら、悪運の強いことだ。」

 ナップザックを手繰り寄せ、その口紐を解いて荷物を確認する。

 ほとんど湿気てもいないし、失われた道具もない。
 先ほどの戦闘で短剣が2・3本、どこかへいってしまった程度だろう。

 そして、その中に目当てのものはあった。

「さて……」

 震動は今も続いている。

 ランドウォームの胎動だけではない。

 おそらくは地中を高速で移動しているのだろう。
 あの巣穴から、別の何処かへと向かっているらしい。

 ひょっとすると、あそこはただの狩場のひとつでしかなかったのかもしれない。

「俺は、まんまと引っかかった蛾みたいなものだったか……」

 クク と、喉元で笑い、必要なものだけを取り出し、口紐を締めた。

 筒と、小さな球体。球体の中には、知り合いが特別に配合した携帯燃料がとじられている。
 火がつけば爆発的に燃え上がる特別製だ。

 戦場で火を使う機会は少ないが、都市戦闘や篭城船では役に立つ。

 何よりも、軽い。
 
「よし……。」

 手持ちの短剣をひとつ取り出し、その柄と刀身を分離させた。

 そこには小さなくぼみがあり、球体をはめ込むことができるようになっている。
 球体をはめ、再び柄と刀身を組み合わせた。

 軽く一振り。

 その動作によって、短剣に刻み込まれた微細な溝を伝い、液体燃料が流れ出してくる。

 これで準備は完了だ。

「……問題は、いつか、だな。」

 外に出たはいいが、地中ではどうにもならない。

 ランドウォームが少なくとも、地上へ姿を現すまでここで耐える必要があった。

「……間に合うか。」

 足を胃酸の海から引き上げ、どうにか難を逃れる。

 体内に対しての感覚は鈍いのだろう。
 胃壁に突き立てた短剣を頼りに身体を支える。

 しかし、時間が経つにつれて胃液は量を増してきているようだった。
 食生活のサイクルがあるのやも知れない。

 耐えること数時間、もはや足の置き所もなくなってきたころに震動は止まった。

 ランドウォームが目的地に辿り着いたのだろう。

「……悪いな。」

 液体燃料入りの短剣を、胃壁に深々と突き刺した。

 そしてその後方にある着火帯へと火をつける。

 内側から突き立てられた牙が流し込む液体燃料に火がついた。
 燃え盛る水は、ランドウォームの血中を伝って全身へと燃え広がる。

「……ぐっ」

 全体が大きく揺れた。

 ランドウォームがのた打ち回っているためだろう。

 全身に胃液が降りかかり、強酸が肌を焦がした。

 しかし、それもじきにおさまった。

「……。」

 まだ熱をもつ短剣を強引に引き抜き、恭平は壁を破って外へと出た。


   -2-


 外に出ると、そこは夜の世界。

 荒涼とした山岳地帯、吹き付ける風が気持ちよい。

 ずいぶんと身体が臭くなってしまった。

 水辺でもあれば、臭いを落とすこともできるのだが。

 辺りには見当たらない。

「……ここは、どこだ。」

 ずいぶんと、遠くまで移動したようだ。

 地中を進むだけあって、ランドウォームの移動は早いらしい。

 地上を進むのと、地下を行くのでは、距離そのものが違うのかもしれないが。

「あらあら……。」

 そこに、女の声が降りかかってきた。

 闇の中、声の主の姿は見えない。

 どこか、風の抜けるような音を伴った、乾いた声。

「ごきげんよう♪」

「貴様は……。」

 岩陰からひょっこりと少女が飛び出てきた。

 よく見ると猫の耳があり、身体のところどころから骨が見えている。

 人間ではない。そして、この世の者でも。

「……死に損ない、か。」

 その様相を見て、恭平は冷淡な眼差しを少女へと向けた。

 生を失った者は、狂っていることが多い。

「フハハハハッ!あたいの名はシャルロット!かの英雄カーナルドの妻にして戦友、シャルロットよ!」

 少女は岩の上で少し上を向いて仁王立ちし、ボロボロのドレスを靡かせる。

「でもこの通り、お肌ボロボロ骨ビローン・・・・・・私が元に戻るには貴方の・・・」

 少女の瞳から輝きが失われる。

「貴方の・・・ッ!!」

 岩から飛び立ち、少女が飢えた顔で近づいてきた。

「……来い。」

 短剣を引き抜き、恭平は少女を迎え入れる。

 死に、死に、抱かれて、夜はただ、朽ち、更ける。
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