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血の染み付いた手帳

しがない傭兵が偽りの島で過ごした日々の記録
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  • :04/20/03:05

09030044 Day09 -生還-

   -0-


 暗い闇を孕んだ黒い閃光は、恭平の身体を切り刻んだ。

 闇が肌を掠めるたび、鮮血が宙に舞うたびに、恭平の力が流れ出しシャルロットへと流れ込む。
 そんな感覚を、恭平は覚えていた。

 力も体力も、相手が上だ。

 骨と皮だけで形成されたかのような、シャルロットと名乗る死に損ないに痛覚はないのか。
 恭平が何度切りつけようと怯んだ様子もなく、ただ嬉々として恭平に挑んでくる。

 妄執――。

 彼女から感じられるのは、ただその一点。

 何かを求め、何かに固執する、恐ろしくも人間臭い欲望だけだった。
 戦場で水も食料もなく、飢えに飢えて死んでいった仲間たちのことが思い起こされた。

 しかし。

「……悪いが、渡すわけにはいかない、な。」

 何を求められているのかは分からない。

 だが、それを渡してはならないような気がしていた。

 それを渡したところで、彼女――シャルロットは救われはしない。

「欲しいイィィッ!!」

 再び闇が放たれた。

 もはや避けることもままならず、恭平は切り刻まれるがままとなっている。

 これ以上の戦闘は不可能だ。

 そんな恭平の様子に気が付いているのか、シャルロットは距離を詰めてきた。

「……見ぃつけた♪」

 段々と距離を縮めながら、シャルロットは微笑む。

 その言葉に惹かれるように、恭平の身体から何かがごっそりと抜け落ちようとしている。

 力が、生命が、流れ出す。何かを、奪われてしまう。
 それは屈辱。そして、あってはならない敗北。

 死ねば全てが終わる。勝利も敗北も、そして、それこそが真の敗北なのだ。

「……誰が、くれてやるものかよ。」

 最後の力を振り絞って、恭平は跳んだ。

 背後にぽっかりと口をあけた大いなる深淵へと。
 遺跡の中に形成された山岳地帯が、どれほどの高度を誇っているのかは分からない。

 確実な死よりも、一縷の望みに全てをかけたのだ。

「あぁ……。」

 物欲しそうな顔をしたシャルロットの姿が急速に遠ざかる。

 ある程度の距離が離れた時に、何かの流出はぴたりと止まった。

 幾らかは奪われてしまった。しかし、全てを奪われてしまったわけではない。
 そして、少しでも残っているならば、奪い返すチャンスはある。

 そう感じられた。

 ぐんぐんと速度を増して、恭平は落下する。

 周囲の光景がぐにゃりと歪んでいく光景に違和感を覚えながら、恭平は意識を失った。


   -1-


「ぐ……。」

 眼を覚ますと、恭平は拠点のベッドの上に横たえられていた。

 どのようにして戻ったのか、まったく記憶にない。
 シャルロットという名の死に損ないと戦って敗れた。

 それから、崖に身を投じた恭平は、どうなったのか。

「……どうなってる?」

 あのときに感じられた歪みは、魔方陣を通過する際に感じるものと似ていた。

 ひょっとするとそれによって、遺跡の外へと排出されてしまったのかもしれない。
 こうして無事にいることが何よりもの回答だろう。

 だが、それならば、この部屋まで恭平を運んだ人物がいるはずだが。

「……。」

 柔らかな枕から頭を離し、身体を起こす。

 至極、乙女趣味な部屋だ。

 その部屋の壁に、普段、恭平が身にまとっている装備一式がかけられている。
 洗濯されたカーキーのカーゴパンツと白のタンクトップ。

 着替えた覚えもないのに、恭平が身にまとっているのはウサギ柄の可愛らしいパジャマだ。

 首をひねりながらも、恭平は立ち上がり着替えに取り掛かった。

 熟睡していたためか、身体の調子は悪くない。
 あれだけシャルロットに切りつけられた肉体も、遺跡から脱出した時点で綺麗に修復されていた。

 ボタンをはずしパジャマの上だけを無造作に脱ぎ捨て、濡れたタオルで身体を拭う。
 それから乾いたタオルで水滴をふきとり、タンクトップを身につけた。

 小ざっぱりと清潔感を増して白く輝くタンクトップからはお日様の匂いがする。

 土くれに塗れていた昨日までとは大違いだ。

「……あの死に損ないを、倒さなくては、な。」

 着替えを終えて、荷物の確認をしながら、恭平はつぶやいた。

 今では身体に何の違和感もないが、何かを奪われてしまった記憶がある。
 そして、それは取り戻さなくてはならないものだ。

 取り戻すには、彼女を倒すほかに手段はないだろう。

 だが、今の恭平では勝ち目がないのも事実だ。

「強く、ならなくては……。」

 鏡に映る青年の姿を見据えながら、恭平は思う。

 彼女に鍛えられた男の力はこんなものではない。

 闇の短剣も、振るわれる腕も、全て見えていた。ただ、身体が動かなかっただけだ。
 そして、それは言い訳になりはしない。

 だが、見えているものが避けられない道理はない。

 昨日よりも、今日よりも、早く、確実に。

「強くならなければ……。」

 口中で呟いて、恭平は荷物を担ぎ部屋を後にする。

 息子を心配する母のように、誰かがその背後で微笑んだような気がした。


   -2-


「……ああ、それでいい。」

 店の店主から、美味しい草を受け取って恭平は対価を支払った。

 美味しい草はこの島の最低通貨で買い取ることもできる。
 そのぶん、栄養価なども期待できないが、何も食べないよりはましだ。

 多少、手を加えればずいぶんと食べられるようにはなる。

 遺跡の外に形成された冒険者と、冒険者目当ての商人で成り立つ町。

 今は闘技大会が開催されていることもあってか、ずいぶんと賑わっている。

 彼とともに参加している彼女たちは元気だろうか。

「……心配するまでもない、か。」

 この島にやってくる冒険者の大半が、ひとかどの能力者たちだ。

 知っているだけでもその背景は千差万別。

 中にはただの村娘だったものもいる。
 しかし、潜在能力というのだろうか。秘められた力は相当なものだ。

 そして、この島は強者からは力を奪い、弱者には力を与えるようになっているらしい。

 元気の良い娘――セリーズの言葉では「公平性を保つため」とか言っていたが。

 なんらかのルールがこの島には敷かれているのだろう。

「そして、ここで強くなるためには、ここで力を付ける以外にはない、か――。」

 失われた力は島を離れることで取り戻せるそうだ。

 逆にこの島で手に入れたものは、食料から宝物、技術や力に至るまで全て失われる。

 失わないためには、この島に眠る宝玉を手に入れるほかない。

 それもルールだ。

「しちめんどうくさいことだ……。」

 技術を磨くためには、千の稽古を行い、百の実践を経験するしかない。

 結局は遺跡に潜ることが一番の近道なのだ。

 今までは探索にウェイトをおいていたが、これからは多少その作戦に変更を加えなければならない。

 シャルロットのように道を塞ぎ、探索を妨げるものがあるのならば、それを退けるだけの力が必要だった。

「……戦うか。」

 その力をつけるための戦いが、今は必要だ。

 恭平は戦うべき相手を探して、遺跡へと通じる丘を登っていった。


   -3-


 この天気の良い日に、暑苦しい格好をした女だ。

 丘の中腹で出会ったその女を一目見たとき、恭平はそんな場違いなことを考えていた。

 ワインレッドの髪を目元が隠れるほどに伸ばした豊満な肉体の女。
 その潤沢な肉体をきつく締め上げるように、真っ黒な男装で包んでいる。

 ストールのように羽織った白布にはなんの意味があるのだろうか。

「ふふ……。」

 しかし、本人は暑いとも思っていないのか、不適な笑みを浮かべている。

 こいつも、冒険者か。

「……ずいぶんと。」

 この遺跡を探索する冒険者には、奇人変人が多いようだ。

 その喉元まででかかった言葉を、恭平は飲み込んだ。

「いや……手合わせを、願おうか。」

 その代わりに、練習試合の申し込みを言い渡す。

 そもそも、進む方向が同じだからと、この女と行動を共にしているのはその狙いがあったからに他ならない。

 ここが遺跡の外だから、ということもあるだろうが、この不思議な女から危険なものは感じられなかった。

 恭平は臆病者だが、世の全てに怯えているわけではない。

「ワタクシでよければ、お相手しますけどねェ。」

 女は不適に微笑んで、くるりと布をはためかせながら恭平を振り返って。

「お代はいかほどいただけますのん? ワタクシは、そんなに安くないですよん。」

 冗談めかしてそんなことを言ってのける。

「……何が望みだ?」

 こういうタイプの人間は苦手だ。

 言葉の扱い方が巧み、というよりも、ひとつの言葉に何重もの意味をのせてくる。

 言葉遊びは得意ではない。

「そうですねェ。とびきり美味い酒がいいですわァ。」

 言って女は、酒がこの場にあるようにクイと杯を傾ける仕草をしてみせた。

「勝利の美酒ほどに、美味い酒はないんですけどねェ。」

 どうやらスイッチが入ったのか、女の身にまとう空気が変わる。

「……それには、同感だ。」

 夜にも似た闘気をまとう女と向き合って、恭平は短剣を引き抜いた。

 はたして、美酒にありつけるのはどちらか――。
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