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血の染み付いた手帳

しがない傭兵が偽りの島で過ごした日々の記録
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  • :03/29/18:16

06271855 Day?? outer -勝利-

  -0-

 仮設医務室で恭平は目を覚ました。

 闘技大会の会場に設けられた医務スペースは大部屋をカーテンで仕切っただけのもので、大なり小なり試合で怪我を負ったものが運び込まれている。

 もっとも、試合会場自体が特殊なフィールドになっているので、戦いを終えると同時にほとんどの怪我は治ってしまうのだが、意識を失ったり、精神に負った傷は治療を受けなくては回復することができない。

 恭平が運び込まれたのも、意識を失っていたからだろう。

 その隣に腰をおろし、心配そうに顔を見下ろしていたティノと目が合った。
 初戦から一時間、対戦相手の少女――プリムラの渾身の一撃を受けて意識を失った恭平を、今まで看病していたのだ。

 彼女も大きな傷を負っていたはずだが、今はその柔肌に傷のきの字も見受けられない。

「く……。」

 身体には痺れが残り、まだ動かせそうにもなかった。

 視線だけを動かすと、すぐ近くにリガの姿が見える。こちらは恭平には頓着せず、仮面の隙間から器用にストローを差し込んで、ズビズビと音をたてながらスポーツドリンクを飲み干している。

 次の戦いに備えての栄養補給といったところだろうか。

 やはり、傷の痕跡はこちらにもない。

「良かった。目を覚ましたんだね。」

「……どれぐらい経った?」

 ティノは意識を取り戻した恭平を見て、安堵したかのように微笑を見せる。

 そんなティノの気持ちを知ってか知らずか、恭平は返す刀で問いかけた。

「一時間ぐらいだよ。あと一時間後には、二回戦が始まる。」

 壁にかけられた時計に目をやって、ティノは答えた。

 時計の針は午後二時を指している。

 この闘技大会は一日に二試合を消化し、合計八回戦の総勝利回数を競う。
 恭平たちは初戦で敗れているため、次の試合で当たるのはやはり初戦で敗れたチームとなるはずだった。

 そして、二回戦は初戦と同日に行われる。

 今頃、大会の運営委員たちが組み合わせを決めている頃だろう。

 その発表しだい、順次の戦いとなる。恭平たちの順番がいつ頃になるかは、その組み合わせしだいだが。

「……そうか、貴重な時間を無駄にした。すまない。」

 二時間という休憩時間。一時間を無為に寝て過ごしてしまったのは余りにも惜しい。

 重々しく謝って、恭平は上体を起こした。
 傷は闘いを終えると同時に自動治癒されている。手をグーパーと開閉してみるが、まったく問題はなさそうだ。

 身体の痺れは意識もないまま、長いこと硬いベッドの上で横になっていたためか。

「……俺は大丈夫だ。……行こう。」

 当日、出会ったばかりの三人だ。試合までに、やるべきことは山のようにあった。

 初戦で敗れた要素のひとつとして、互いを知らないに過ぎたということもある。相手は確かに強かったが、五回戦えば三回は勝てるといった相手だったはずだ。

 その相手に、ああも容易く敗れてしまったのは、互いの連携が上手く働かなかったこともあろう。オブラートに包みもせず言ってしまうならば、互いに足を引っ張る結果となってしまったということだ。

 お互いの技術や、作戦、思考傾向を知る必要があった。

「……場所は在るんだろう、次の試合の前に打ち合わせをしよう。」

「そんな。無理はしない方が……。」

「いや、問題ない。」

 心配そうに言うティノを手で制して、恭平はリガに目で合図を送った。

 ティノもつられてリガを見るが、リガは無言で恭平に頷いた。

 リガは立ち上がると、首をコキコキとならして簡易医務室から外へと出て行く。恭平もベッドから降りて、その後を追った。

 その後ろを、やはり心配そうなティノがちょこちょこと付いてくる。

 リガが向かったのは会場の裏手にある、ひらけた野原だ。今はほとんどの冒険者が試合に意識を向けているためか、人の姿もない。

 動き回るには十分な場所だろう。

「もうっ、私は知らないからね!」

「何を、怒っているんだ……?」

 ティノはドスドスと足音をたてて、リガを追い抜き野原を先にいってしまった。

 おおよそ中央ほどまで進むと、恭平から視線をはずすようにして腕を組んで、仁王立ちになる。

 恭平の目には、その頬が少し膨らんで見えた。

「クカカw」

 程なく恭平と並んだリガが、楽しそうに仮面の奥で喉を鳴らす。

 この大男にはどうも掴めない所がある。それは仮面に隠れて、その表情が窺い知れないせいでもあるのだろうが。

 しかし、天真爛漫なように見えて、ときおり感じさせる邪気はなんなのだろう。

 その右腕は墨を流したように黒い。

「……まあいい。それでは、コンビネーションの確認といこうか。」

 なぜか拗ねている少女と、ただ面白がっている大男。

 その二人に一抹の不安を感じながらも、恭平は初戦の反省点を語りだした。

 今は少しでも、時間が惜しいのだ――。




   -1-


 リガは先へ先へと軽快な足取りで先頭を進んでいる。恭平はティノの横に並ぶようにして、ほんの半歩先を歩いていた。

 ティノはその恭平の横顔に、ふっと視線を泳がせた。

 練習の間もずっと気になっていたことがある。

(前の試合の相手……知り合いだったのかな……?)

 恭平の横顔からは、何も窺い知ることはできない。

 聴いた話の中では、彼がこの島へとやってきたのは初めてだったはずだ。ということは、それ以前からの知り合いとなるはず。

 しかし、彼のことを知っていたような素振りを見せた少女と彼では、あまりにも住む世界が違いすぎる。

(……ま、私には、関係のない話だよね。)

「……今回はフォローにまわるね。」

 気を取り直すようにして、ティノは前を進む二人の仲間に声をかけた。

「クク」

 リガが一瞬、ティノの方を振り向いて、了解したように親指をグッと突きたてた。

 そのまま、いの一番に扉の向こうへと姿を消してしまう。この青年はいつも行動が早い。

 扉の向こうは試合会場だ。試合を見学する一般島民や、相手を視察しようと待ち構えている冒険者たちで、観客席は埋めつくされている。

 リガの登場を受けてか、会場が歓声に包まれた。

「……どうした?」

 その歓声を前にして、ティノの足はいつの間にか止まってしまっていた。

 数歩進んだ場所から、恭平が何事かとティノを見ている。ひょっとして、心配させてしまったのだろうか。

 こんなに大勢の人間が居る場所へ出て、大丈夫なのだろうか。ふとそう思ってしまったときに、ティノの足は止まってしまったのだ。魔女の呪いは、人間を彼女にとって毒にも近い存在へと変貌させてしまっていた。

 初戦時は、これほどまでに人が集まっていなかった。

 これからはこんな大観衆のもとで戦わなければならないのか。

「……ううん、なんでもないよ。」

 嘘だ。本当は、足を引っ張らないか不安だった。

 強くなるためにやって来た闘技大会で、自信を失っていたのでは話にならない。

「……。」

「……なに?」

 恭平はただ、ティノをじっと見ている。

 なんだか見透かされているようで、ティノは居心地が悪くなった。

「……大丈夫だ。お前なら、やれるさ。……サポートは、頼んだ。」

 フッと笑って、恭平はそう言った。

 なんだか肩透かしを食らった気分だ。
 だが不思議とその言葉を受けて、スッと肩の荷が下りたかのように感じられた。

 何も言い返すことができなかったが、恭平もすでに背中を向けてしまっている。

 この男から、もう一人のリガという青年からも、戦いの技術を学び取らなければならない。

(……勝利への闘争心。)

 ふと、コナトオトグルの言葉が思い出された。

 なによりも、メンタルの面をティノは学ばなければならないのかもしれない。

「臭うな……血の、匂いが……。」

 恭平が扉に手を掛けて、ポツリと呟いた。

 扉の向こうには戦場が待ち構えている。

「うん、行こう!!」

 気合を込めた声をあげて恭平の背中を押しながら、ティノはその扉をくぐりぬける。

 二人の戦士の入場に、会場が割れんばかりの歓声に包まれた――。


   -2-

「ふふ、これが戦場の風♪」

 褐色の肌の女が、戦場の中央に陣取って大観衆の視線を一身に浴びていた。

 その女には右腕がなく、包帯が巻かれている。

「……ねえ、アレ誰?」

「……知らん。」

 その後ろでは、恭平とティノがそんなやり取りを行っていた。

 先に会場へと立ち入ったはずのリガの姿はそこになく、ティノと同程度の衣服を身に着けた女が二回戦の対戦相手と対峙していた。

「よし。我が闘おうぞ♪」

 遅れてやって来た二人を見て、その女は言った。

 審判が何も言わないところをみると、問題はないのだろう。

 恭平が会場を見渡すと、観客席の一番前に腰をおろして、ヤシガニ料理をモグモグと食べているリガの姿が目に映った。

 恭平の視線に気が付くと、のんきに手を振ってみせる。

「……いつまで待たせるつもりだ。」

 美味そうにヤシガニを堪能しているリガに恭平が呆れていると、対戦相手の一人、隻腕の男が歩み寄ってきた。

 ずいぶんと待たせていたのだろう。その言葉には苛立ちが含まれている。

 隻腕が二人。共通点はどちらも右腕が欠落していることか。
 だが、逆の腕は鍛え上げられて太く、逞しい。

 刀ともいえない鉄くずを軽々と肩に担ぎ、その白髪から覗く瞳は爛々と紅く輝いている。

 その男からは、錆びついた血の臭いがした。

「……すまなかった。しかし……臭うな。」

「なんだと?」

 恭平の言葉に気を悪くしたのか、隻腕の男は犬歯を剥き出しにして恭平を睨みつける。

 まるで鬼のような形相だ。

「血の臭いをまとわりつかせて、何が、したい?」

 そんな男の表情も意に介さず、恭平は続ける。

 同時、ドンと大地が震撼した。

 隻腕の男が、無造作に一撃を放ったのだ。その震脚が大地を振るわせた。が、放たれた鉄くずは、恭平の首筋に触れるか触れないかの距離でぴたりと静止している。

 その喉元には、恭平が抜き放った短剣が突きつけられていた。

「……飽いてきた。早めに終わらせてやる。」

 審判が慌てて制止にやってくるのを見やって、隻腕の男は吐き捨てる。

 試合開始のゴングはまだ鳴っていない。

 対戦前からの荒れ模様に、固唾を飲んで観客は戦場を見守っていた。

「……ふん、できるかな?」

 安い挑発だ。

 しかし、頭に血の上った隻腕の男には効果的だった。
 審判に自分の陣地へと引き戻される途中、物凄い形相で恭平を睨みつけてくる。

「……ふん。」

 その視線には、冷笑をもって応じた。

 両チームが自分たちの陣地に横並びとなって、試合は開始される。

 隻腕の男が戻り、体裁は整った。

 ずいぶんと荒々しい男だったが、他の仲間はその事態にも動じていないようだ。

 紅を身にまとった女と、帯で眼を覆い隠した女、どちらも危険な香りを漂わせている。
 ずいぶんと血なまぐさい三人組だった。

 いや、もう一人居る。紅を纏った女がもう一人。
 こちらは金髪の女だが、その身体のいたるところに螺子や歯車が埋め込まれていた。

 はたして、人間なのだろうか。

 ゴーンと、最初の鐘が打ち鳴らされた。鐘の音は全部で三つ、三度なった瞬間から戦いが始められる。

「木の実がはぜるように!」

 その鐘の音に合わせてかどうか、紅を纏う女が舞台劇の口上を述べるように声を張り上げた。

 次いで、ゴーンと、二つ目の鐘が鳴る。

「雲が爆ぜるように!」

 ふたたび、それに合わせるようにして口上を続け、紅を纏った女は芝居じみた動きで指先を天に掲げ。

 ゴーン 「戦いの幕は切って落とされた!」

 三度目の鐘と同時、掲げた指先をズバッと振り下ろし、恭平たちを指差した――。


   -3-


「俺は好きにやらせて貰う。邪魔はするなよ!」

 吼えて、隻腕の男――ベルゼブは前へと出た。大地を蹴り、猛烈に加速する。

 左足で一気に大地を蹴り飛ばし、着地の瞬間に右足でもう一度。一瞬のうちに、ベルゼブのスピードはトップまで跳ね上がる。

 そのほんの少し後ろを、金髪の女――七胡椒が追随するようにして駆けている。

「……来たな。」

 息を整えて、自分の存在を陽炎のように揺らめかせる歩法を用いながら、恭平はベルゼブを見た。

 案の定、突っ込んできた。よほど、自分の体術に自信があるのだろう。

 しかし、それが命取りだ。

「……。」

 その後ろに追随する七胡椒へと殺気を放つ。

 正面から明確な殺意に貫かれた七胡椒が、その衝撃のためか数歩後ろへと下がった。

 その脇を掠めるようにして、ティノの放った殺気も紅を纏う女――ちぎりを捉えていた。

 ベルゼブを一人孤立させる狙いは果たされた。
 だが、隻腕の戦士はそれさえも構わずに、前へ前へと猛進している。

 それを迎え撃つように、恭平は前へ出た。

 一瞬のうちにベルゼブへと肉薄する。スピードの乗ったベルゼブの初撃は、無理をせずに軽く受け流した。

 重たい一撃だ。無理に受け止めようとすれば、吹っ飛ばされていただろう。

「……喰らえ。」

 すれ違いざまに、右手の短剣を振るう。それをベルゼブは鉄くずで強引に受けた。

 一撃、二撃、三撃、立ち位置を幾度となく後退しながらも振るわれる短剣は、ことごとくベルゼブの振るう鉄くずに受け止められた。受け止めるベルゼブの表情にはまだどこか余裕があり、おそらくは、恭平の動きなど全て読めているのだろう。

 そして、それは百も承知。

「ぬ?!」

 十数度目かに繰り出された一撃を受けようとして、振るわれた鉄くずが宙を薙いだ。

 くるべき衝撃がやってこない。それもそのはずで、振るわれた恭平の右手には短剣が握られていなかった。さきほど引き戻した瞬間に、左手へと投げ渡していたのだ。

 一瞬の動作に、ベルゼブは気が付かなかった。

 本来の彼ならば、見落とすような動作でもなかったろうが、幾度ない攻防が彼の感覚を磨耗させていたのだ。

「ぐお」

 下から突き上げるかのような一撃が、ベルゼブの左脇腹を鋭く抉った。

「たぁっ!」

 その痛みにベルゼブがバランスを崩した瞬間、恭平の背後からティノが飛び出した。

 予期していなかったのだろう、完全にベルゼブの対処が遅れる。

 ワンステップでベルゼブの横に回りこみ、大きく踏み込んでジャンプしながら、右方向の回転蹴りを放つ。その蹴りは狙い違わずベルゼブの側頭部を打ち抜いた。

 頭蓋を揺らされて、ベルゼブの巨体が横に傾ぐ。

 その一撃に、一瞬意識を刈り取られていたのだろう。しかし、さすがに頑丈な身体をしているのか、ベルゼブはすぐに踏みとどまった。

 大きく鉄くずを振るって、恭平とティノを寄せ付けず、多少ふらつきながらも距離をとる。

 そんなベルゼブを救おうと、七胡椒やちぎり、眼帯の女――フィフスが動くが、その前には褐色肌の女――フェマが立ちはだかり思うように動けない。

 フェマは軽快な動きで、二人の攻撃をさばき受けている。

「――。」

「デビル愛♪ じゃなかった。デビルアイは透視力ぅ♪」

 突き出されたフィフスの爪をヒョイと避け、カウンター気味に放たれたフェマの拳がフィフスの腹部に突き立った。

 その腕が一瞬、どす黒く輝いて見える。

 フィフスが吹き飛ばされながら血を吐いた。同時に、何故かフェマの口元からも血の筋が流れ落ちた。

「……まだまだこれからじゃぞ。」

 血を手の甲で拭い、フェマはニヤリと邪気のない笑みを浮かべて見せた――。


   -4-


 試合会場に霧が立ち込めていた。
 観客たちはざわめき、その局地的な異常気象に狼狽する。

 初戦を見ていたならば分かっただろう。

 これはティノーシェル・ブルージンガーの領域。
 彼女の統べる水霊が作り出した霧のフィールドは、恭平、ティノ、フェマの姿をうつろわせ、覆い隠す。

 その光景を前にして、フィフスは己の不利を悟った。

 それは初歩的な幻惑の術。
 魔術に長け、研究に我が身を捧げてきた彼女にはそれが分かる。

 しかし、魔力を失って久しいフィフスにはその術を破る術がない。

 チームメイトのちぎり、ベルゼブにしても同じことだ。
 彼らは体術にこそ長けているものの、このような技術にはとんとうとい。

「……!」

 霧の中から恭平が飛び出してきた。

 慌ててフィフスは拳を振るう。しかし、それが貫いたのは幻像。
 振るわれた拳は霞を払った。

 霧に投影された恭平は、何事もなかったのようにフィフスの身体をすり抜けていった。

「くぁっ!」

 すぐ近くでちぎりの悲鳴があがる。

 その肌が切り裂かれ、周囲の霧が血の紅に染まっていた。
 恭平に切りつけられたのだ。

 周囲を見渡すが、すでに恭平の姿は霧に溶け込み影も形もみあたらない。

「くだらねぇ技を使いやがる。」

 イライラとしながら、ベルゼブは鉄くずを振るう。

 コケにされた気分だった。

 戦いの美学は正面からの肉弾戦にある。このような小手先の騙し合いは戦士のすることではない。落とし前を付けてやらなければ――。

「クヒヒ……そこだ!!」

 彼の鋭敏な感覚は、この深い霧の中で恭平の居場所を性格に捉えていた。

「ちっ……。」

 霧のカーテンを断ち切り、飛来した鉄くずの一撃を恭平はかろうじて避けた。
 彼もまた霧の陰から、ベルゼブに一刀を与えようとしていたのだ。

「そうだ……それでこそ面白い……!!」

 攻撃姿勢という極めて動作の制限された状態から、一撃を避けてみせた恭平にベルゼブは口の端を吊り上げて狂気じみた笑みを浮かべた。

 ただせこいだけの相手ではない。存分に、楽しむことができそうだ。

「こそこそとよぉ!!」

 大上段から唐竹割りに一撃を放つ。

「……ちゃんと、狙え。」

 それを恭平はサイドステップで避ける。

「ぬるい避け方してるんじゃねぇぇぇぇぇ!!」

 振り下ろした鉄くずを強引に寸止め、返す刀で切り上げた。
 筋肉が張り詰めビキビキと音をたてる。

「ぐっ――。」

 そうまでして放った一撃は、ついに恭平を捉えた。

 ガードした左上ごと恭平を跳ね上げ、その身体を霧の向こうへと吹き飛ばす。
 少なくとも左腕はいただいた。

「クヒャヒャ。」

 ベルゼブは勝利者の笑みを浮かべる。

 後は追撃して、奴の頭を粉砕してやるだけだ。

「でび~る――。」

 その背後から女の声。

 ベルゼブが振り向くと、フェマという女が霧雨に濡れるようにして立っていた。

 同じ隻腕というのが気に入らない。先にこの女を仕留めるか。
 ベルゼブは考えを改めて、鉄くずを構えその女へと向き直る。

「ぼいん、は破壊力ぅ!!」

 落雷が横向きに落ちた――。

「グガアァァァァァァァァーー!!」

 霧を伝うようにして放たれた黒い落雷は、ベルゼブの手にする鉄くずを貫いた。

 鉄くずから伝わる雷電がベルゼブの表面を走りぬけ、その表皮を焦がす。

「き、貴様ぁ……。」

 プスプスと白い煙をあげて、ベルゼブは白目をむいた。

「油断、大敵じゃぞ。」

 こんがりと焼けたベルゼブを見やって、フェマはにんまりとした笑みを浮かべた。

 その瞳は妖しく金色に輝いている――。


   -5-


 すっかり霧は濃さを増し、戦場をすっぽりと覆い隠していた。

 観客からはその中の一部始終を見ることができない。一部の、透視の力を持った冒険者たちだけが、その中で行われる戦いの一部始終を見ていた。

 吹っ飛ばされた恭平が、折れた左腕をかばいながら紅色の女と切り結んでいるころ。突然の眩きと同時に、ベルゼブという隻腕の偉丈夫が崩れ落ちた。

 闇の雷が戦士を貫き倒したのだということは、魔力素養のある人間にしか分からない。

「ふふ、捕まえられるかな……?」

 その濃い霧の中を、ティノは縦横無尽に駆け回っていた。

 いつの間にか地面を覆いつくしている水の膜によって、その足音はかき消されている。
 七胡椒という少女の足を背後から払い転倒させて、その隙に恭平と戦っているちぎりに背後から忍び寄った。

「たぁ!」

 しかしその一撃は、ちぎりに感づかれてしまい空振りに終わる。

「七胡椒がやられた……?」

 恭平とティノの攻撃を、舞うようにして捌きながらちぎりはつぶやいた。

 彼女と七胡椒の関係は深い。魅惑の魔力によって繋がっているためだ。
 お互いがどのような状況かは、以心伝心ではないがある程度、伝え合うことができる。

 その七胡椒からの反応が、寸前ぷっつりと途絶えた。

 フェマとかいう褐色肌の女にやられたのだろうか。

「まずい状況のようね……。」

 霧の中から歩み出たフィフスが、ちぎりの横に並んだ。

 同じように、フェマという女も恭平とティノの横にちゃっかりと並んでいる。

 いつの間にか二対三。数の上での有利も崩されてしまったようだ。

「フィフス。」

 ちぎりが彼女の名前を呼ぶ。

 このチームにおいて、フィフスは参謀のような立場にあった。

 それは彼女の知識が深いことと、他の二人があまり考えることを好まない性質だったから成り行きでそうなったという、二つの理由よる。

 しかし、仲間の期待に応えないわけにもいかない。

「あまり、期待はしないでね。」

 ちぎりに目配せをするかのような動作を送って、フィフスは敵に向き直った。

「……これは雨かしら?」

 この霧雨の中にあって、フィフスの肌はどこも濡れていない。

 魔力を失った彼女だが、その論理さえ理解すればこのような芸当も可能だ。自然の雨でなければ、濡れなければならない道理はない。

 魔力がないこの身でも、相手の構成した論理と、触媒を用いれば魔術を行使することは可能だ。それがどれほどの効果を生み出すかは、ただ疑問だが。

「それとも、あなたの血かしら――?」

 指先を自分の歯で噛み切り、血を流れさせる。

 それは触媒――水の精と、強引に縁を結ぶために必要なもの。

「私の水霊が――!!」

 それにいち早く気づいたのはティノだった。

 フィフスが血を滲ませながら指先を逆五芒星に振るうたび、幾精かの水霊が彼女の理から外れていく。なんらかの手段で、彼女たちとの関わりが断ち切られている。

「何か、くる――。」

 その異様に、ティノは身構えた。

「……遅いわよ。」

 既に魔術構成は完成している。

 フィフスの周囲の霧だけが、紅い。彼女の血を啜った水霊は猛り、敵を求めて荒んでいる。あとはちょっと、後押ししてあげるだけ。

「――いきなさい。」

 赤い霧はフィフスの周りに収束し、紅い水滴となる。

 彼女の命令と同時、魔弾は放たれた――。


   -6-


「ぐ……なんだ、今のは。」

 ティノをその身体でかばいながら、恭平はその女を見た。

 フィフスというその女が動きを見せたとき、その周囲の霧が徐々に紅く染まっていくのが見えた。まるで血のような紅。

 色濃さを増す紅の霧は、女の周囲に停滞しその姿を覆い隠した。

 その時は、ティノと同様の術を使ったのだと思っていた。

 そうではないと知ったのは、次の瞬間だ。女へと収束していた紅い霧は、紅い水礫化し恭平たちへと降り注いだ。

 咄嗟にティノをかばった恭平の身体には、幾つもの穴が穿たれている。

「血が……とまらん。」

 紅い水はふたたび色を失い、ただの水になっていた。

 今はもう他の水滴と混ざり、どこにあるのかさえも分からない。
 ただそれが穿っていった穴からは、恭平の血がだらだらと流れ出していた。

 術に込められた魔力のためか、押さえても出血が止まらない。

「やはり、効果は半分以下、ね。」

 ただの一人も仕留めることができなかった。

 水の術者などは、傭兵にかばわれてほぼ無傷。苦労して術を練った割りに、効果はあまりにも微々たるものだった。

 相手に油断があったからできたのだ、次はもうやらせてくれないだろう。
 おそらくその前に、水の術者から介入が入るに違いない。

 事前に構えられてしまっては、他人のコントロール化にある精霊を奪うことなど容易くはないのだ。

「あとはまかせて!!」

 嘆息するフィフスの横を駆けて、ちぎりが恭平たちに踊りかかっていった。

 追おうにも先ほどの魔術行使で身体が疲弊し、言うことを聞いてれない。
 強引な魔術行使のリバウンドか、身体が一時的な虚脱状態に陥ってしまっていた。

「ひとりで、飛び出していくなんて……。」

 だが、そうするほかにないのだ。

 戦いが始まって数十分、小細工を弄するほどの余力も、余裕も残されてはいない。

 それは相手も同じことだろうが、こうなっては数と力の差だけが惜しい。

「あはは!!」

 相手は二人の格闘家と、短剣を用いた傭兵が一人。

 その中にあって、ちぎりは鎖と一体化した槌を振り回しながら、奮戦していた。

 リーチの差を巧みに使って距離を稼ぎながら戦うほかない。

「あ……。」

 しかし、相手を寄せ付けないというのも無理な話だ。

 振り下ろした槌を、傭兵の男に踏みつけられてちぎりは動きを束縛された。

「うらぁ!」

「デビルパンチはパンチりょくぅ♪」

 そこへ二方向からの拳が迫る。

 槌から手を離すことで、ちぎりはそれをどうにか避けた。

「……終わりだ。」

 しかし、そこには恭平が回りこんでいる。

 首筋を短剣の柄で強く打たれて、ちぎりはその場にバタリと倒れこんだ。

 急所への一撃は、抗うすべもなく彼女から意識を奪い去ったのだ。

「残るは……ひとり。」

 虚脱から回復したフィフスが見たのは、ちぎりが倒れる絶望的な光景。

 そして彼女を見据える、六つの眼差し。

「絶望的、ね。」

 恥ずかしくない戦いをしなければならない。

 ジャラリと鎖を鳴らして、フィフスは赤い鉄球をその手にかまえた。

 強くかみ締めた唇が切れて、口中に血の味が広がる――。


   -7-


 初めから分かっていたことだ。フィフスの戦いは絶望的だった。

「……。」

 もはや言葉を発する余裕もない。荒い息をつきながら、鉄球を振り回す。
 いつもならばさして気にならない鉄球の重みが、今は彼女の体力を奪っていた。

「やぁ!」

 突き出された掌底を、鉄球の柄で受け止める。

 戦いの最中にあって、より勢いを増したその少女の一撃は重たく、防いだものの押された勢いに数歩たたらを踏んでしまう。

 ベルゼブに砕かれた左腕をぶらりとぶら下げながらも、冷静さを失っていない傭兵は隙あらば切りかかってきた。

 もうひとりの女はすっかり傍観を決め込んでいるようだ。
 そうでなければ、とうに沈められていただろう。

「……。」

 奥歯を噛み締めて、フィフスは鉄球を振るう。

 しかし、その一撃を少女は難なく軽いステップで避けた。こちらの鉄球を引き戻す動作に合わせて、さらに肉薄してくる。

 すぐ目の前に、元気のいい少女の顔があった。
 その眼差しからは、戦いに対する真剣さが伝わってくる。

 この少女の血液にも、研究価値はあるだろうか。
 術を使う人間の血液は有益な場合が多い。

「……。」

 ぞくり、と背筋が震えた。

 一瞬の考えのうちに、彼女は少女の射程距離に捉えられていた。

 鈍ったこの身体では、少女の一撃をかわすことは難しい。
 そして、かわしたとしても背後にまわっている傭兵にやられてお終いだろう。

 万事急須、か。

 短時間で活路を計算するが、どこにも見当たらなかった。

「……私たちの、負けよ。」

 搾り出すようにして、フィフスは言った。

 その瞬間、審判の試合を制止する声がかかり、観客たちから歓声があがる。

 いつの間にか、霧が晴れていた。

 担架が運ばれてきて、意識を失っているベルゼブとちぎりが運ばれていく。

 彼女も担架に乗るか聞かれたが、それは断った。

「……本当に、この島には良い素材がたくさんね。」

 ひとり戦場にたたずみ、勝利を喜ぶようにはしゃぎながら会場を後にする少女と、それに付き従う傭兵を見送りながら、彼女はぽつりとつぶやいた――。


   -8-

「ふぅ! ……上手くやったねぇ! みんな、だいじょうぶ?」

「ウム、平気だゾ。」

 勝利の余韻を抑えきれないように言ったティノに、リガがこくこくと頷いてみせた。

「君は戦ってないでしょ!」

 控え室に戻ったときには、この三人になっていた。

 フェマの姿はいつの間にかない。リガに聞いても微妙にはぐらかされるばかりで、一向に彼女のことはよく分からなかった。

「……今日の試合は、さっきので終わりだったな。」

 身体から流れ落ちる汗をタオルで拭きながら、恭平が言った。

 へし折られた左腕は、会場を後にすると同時に治癒されている。この島に来てからというもの、怪我が突然治るという不可思議な現象にもすっかり慣れてしまった。

 飲み物を手にするその左手にも、すっかり違和感はない。

「どうしたの、恭平。もう帰るの?」

 汗を拭き終わり、帰り支度を始める恭平に、ティノが問いかけた。

「……ああ。何かあるのか?」

「もう! 君は本当に協調性がないなあ。ご飯ぐらい食べに行こうよ!」

 帰る気満々だった恭平に、ティノは言葉を荒らげる。

 膨れっ面になって恭平の顔を見る。その為には頑張って見上げなければならない。

「ドウシタ、腹減ってるのカ? やしがに、ウマイゾ。」

「リガちゃんは黙ってて。」

 カバンからごそごそと茹でたヤシガニを取り出そうとするリガを、ティノは手で制した。

 ムスッとした眼差しで、不思議そうな顔をしている恭平の眼を見据える。

「……お前も、疲れているだろう。無理はしない方がいい。」

 恭平は言った。

 確かに、疲れている。あれほどの大観衆の前で戦ったのだ。この島では呪いの力も弱まっているように感じられるが、だからと言って疲れていないわけじゃない。

 気を抜けば意識を失ってしまうかも知れない程に、疲れは感じられている。

 しかし――。

「そりゃ、疲れてるけどさ。なんだか、今日は気分がいいんだ!」

 その疲れも、なんだか心地の良い疲れだった。

 このまま帰って、ただ眠りに付いてしまうのはなんだか勿体無い。

「フェマはいないけど、せっかくなんだし、ご飯ぐらい皆で食べようよ!」

「……そうか。」

 恭平はそんな少女の様子に苦笑する。

「……今日ぐらいは、行ってもいいだろう。」

 しかし、そんな少女の思いを無碍に断るほど、恭平も大人気なくはなかった。

「ウン!!」

 恭平の言葉に、瞳を輝かせてティノが大きく頷く。

「ダケド、リガ、金ないゾ。」

 話を聞きながら、舞の練習をしていたリガが言う。

「お金ぐらい私が持ってるわよ!」

 腰に手を当て、ティノは呆れ顔で言う。

 しかし、腰の荷物袋をまさぐって、その表情が凍りついた。

 なんということだろう、ティノは財布を宿に置き忘れてしまったのだ。

「……しょうがないな。」

 無一文の二人を前に、恭平はことさらに苦笑した。



 その夜、町外れの安宿へと通じる道で、
 少女を背負った傭兵が見られたとか見られなかったとかいう噂である。
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