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血の染み付いた手帳

しがない傭兵が偽りの島で過ごした日々の記録
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  • :04/26/04:49

06240157 Day06 -夢片-

   -0-


 夢を見ている。何度となく、繰り返し見る夢。
 青さの残る青年であった頃の記憶。忘れたくて、忘れられない思い出。

 それは――彼女との決別の時。


 色鮮やかな原生林の姿が、ありありと浮かびあがる。
 恭平はまだ二十歳にもなっていなかった。

 風切り音を残して、短剣は恭平の左頬を掠めて過ぎ去っていった。
 傷は深く、生涯、消えることはないだろう。しかし、致命傷ではない。

 恭平は、この戦いを生き残ってしまった。

 これから半年に渡って、恭平は己の罪に悩まされることとなるのだ。

「……何故だ」

 問いかけに彼女は微笑んでみせる。

 その急所に、恭平の放った投擲剣が突き立っていた。

 彼女に遅れて投じた、最後の一本。かわせない一撃ではなかったはずだ。

 しかし、彼女は避けなかった。

 恭平に余力はない。避けていれば、彼女の勝ちだった。

 それなのに――。

「何故、だ!!」

 言葉を荒らげ、恭平は再度問いかける。

 もはや自力で立つこともままならず、彼女は背を木立に預け、荒い息をついていた。
 恭平が与えた傷は、即座に命を落とすようなものではない。

 しかし、傭兵としての経験が告げている。

 彼女はもう、助からない。

「……本当に、強くなりましたわねぇ」

 彼女はいつもと変わらない言葉で、恭平に声をかけた。

 いつものように請け負った任務。
 密林へ逃亡した諜報員を、探し出して消すだけの容易い任務。

 そのはずだった。

 だが、諜報員を追い詰めた恭平の前に立ちはだかったのは、
 彼にそれを命じた彼女に他ならない。

 同じ技を使い、同じ癖を持つ、二人。自然、その戦いは激しいものとなった。

「……早く、手当てを」

 無駄と知りながらも、恭平はそうせずにはいられない。

 彼がこの世界に足を踏み入れて七年。ずっと共にあった彼女だ。

 郷里に残してきた実の家族を別として、世界で唯一人、心を許せる家族と思っていた。

 その彼女が、死ぬ。

「ふふ、やめなさい。……分かって、いるんでしょう?」

 歩み寄る恭平を手で制して、彼女は続ける。

「……そろそろ、その甘さは、捨てなくては、ねぇ」

 微笑みながら、手を伸ばして恭平の左頬に、触れた。

 自らがつけた傷跡を、愛おしげにそっと撫でる。

「何故だ……」

 頬に触れる彼女の手の平が、徐々に熱を失っていくのを肌に感じながら、恭平は言葉を搾り出す。

 その言葉は、勝利者にしては力ない。

 まるで、今にも泣き出しそうな子供の声だ。

「私を、倒した男が……そんな、顔を、するものでは、ありませんよぅ」

 失血からか顔は色を失って、精彩を欠いている。

 しかし、その表情は誇りと充足感に満ち満ちていた。

「……勝手な女で、ごめんなさいね」

 苦しげにたどたどしく言葉を紡ぐ彼女を、恭平は見ているしかない。

 死神の足音は、着実に彼女の元へと忍び寄っていた
 
 もはや、逃れる術はない。己の無力さに、恭平は歯噛みする。

「だけれど……今ならば、子を思う母の気持ちが、私にも、分かる……」

 頬に触れていた手を恭平の首に回して、そっと抱き寄せる。
 まるで子を抱く母のように。

 彼女はかつてないほどに溢れる、暖かな感情を胸に感じていた。

「……」

 言葉もなく、恭平はされるがままとなっている。
 恭平が目標とし、愛した彼女が、死ぬ。

 その現実は、恭平を打ちのめしていた。

 後に戦場の死神と恐れられる恭平だが、この時ばかりは年齢相応の若者だった。

「……あなたは、私の、最高の、教え子。
 ああ……もう、目も、掠れて、見えない……」

 彼女の言葉が弱まっていく。
 その視線が焦点を失い、うまく定まることができていない。

 ただ、漠然と恭平を見ている。

「……確かめ、たかったの。私の……生きてきた、意味を……。
 ……お願い、よく……顔を見せて……私の、息子……」

 もう、死が近い。

 まだまだ、たくさんのことを伝えたかった。

 薄れゆく意識の中で、彼女は思う。

「……ありがとう。私の、全ては……いつもの、場所に……」

 それが彼女の最後の言葉だった。


 これは夢。忘れたくて、けして、忘れられない記憶。

 彼が愛した彼女の、思い出――。


   -1-


「くそ……」

 目覚めて恭平は、その頬を伝う涙を拭い払った。
 彼が流す唯一の涙。もはや、涙など枯れ果てたと思っていたのに。

 この身体も、ときおり、その機能を思い出すらしい。

 部屋の片隅の水桶からすくった水で顔を洗い、外階段を伝って下へと降りる。

 二階は寝るためだけの空間らしく、ほとんど何の設備もない。
 かつて、アトリエとして使われていたらしい一階部分には、様々な設備が整っていた。

 鐘の取り付けられた扉を押し開け、島へ来た日からまったく変化のない室内へと入る。

 奥の厨房には、調理器具などがそのままとなっており、
 見つけたインスタントコーヒーを沸かしたお湯で適当に溶かして、テーブルに付いた。

 地図を広げて、これからの一進一退を考える。

「……今の俺では、侵攻速度をあげるわけにもいかない、か」

 コーヒーを一啜り。

 安物のコーヒーは、泥水のようなと表現されるが、
 文字通り泥水を啜ってきた恭平にとって、それは上質な部類に含まれる。

 疲れた身体に、コーヒーの苦味が嬉しかった。

「……ん?」

 ふと、外に何者かの気配を感じて、恭平は顔をあげた。

 次の瞬間――。

「恭子さんっ!!」

 扉を バァン と撥ね開けて、一人の少女が室内へと飛び込んできた。

 赤味がかった髪をした、活発そうな少女。

 かつて、登録所で恭平に視線を送っていた少女だ。
 冒険者だろう。

「あ……、恭平、さん……」

 思い人とは違う恭平の姿を認め、少女は呆然と呟く。
 笑顔が引っ込み、おどおどとした居心地の悪さが表面上に現れた。

 どちらかといえば、この場所はこの少女に似つかわしいのだが。

 じっと見つめていると、俯きがちだった顔をあげて、セリーズは話しだした。

「……すみませんでした。急に飛び込んできてしまって……。
 ここが、前に島に探索に着ていた時、親しくしてくれた人が使っていたアトリエだったので……。
 その人を探していたんですが、どこにもいなくて……。
 それで、此処に来た時人影が見えたもので、つい……」

 よほど、その人物のことを慕っていたのだろう。
 恭子といったか――彼女がこの場所にいないことの哀しみが、その視線に見てとれる。

 ズキリ と、恭平の中の何かが傷んだ。

 彼女は、この場所にはいない。

「私はセリーズって言います。ここにいた、恭子さんと呼ばれていた、鳴尾恭平という人。
 多分恭平さんは何度か誰かに尋ねられたんじゃないかと……、恭平さんとその人、雰囲気が似てますから」

 恭平と同姓同名の別人。

 いったいどのような人物であったのか、少し興味を惹かれた。
 同じ場所に暮らすのも奇縁だろう。

 その女は、何を思い、この島へとやって来たのだろうか。

「遺跡に入る前……、恭平さんのことを一度見かけたんです。
 それで仲間とも気になるって話をしていて……」

 恭平と出会った一部の冒険者は、似たようなことを言った。

 ここでもまた、自分ではない誰かへ向けられた視線。
 むず痒くも、嫌ではない。

「悪いが……人違いだ」

 それだけを言って、恭平は再び作業に戻る。

「あ……」

 所在なげに、セリーズは室内に取り残された。
 どうしていいのか分からずに、どぎまぎとしている。

「……何をしてる?」

 そんなセリーズに、再び恭平は振り向いて問いかけた。

「え、あ……その……」

 ここにいてはいけないのだろうか。

 恭平の態度に、拒絶されたような気がして、セリーズはうろたえた。
 元来、人からのそういった態度には慣れていないのだ。

「適当に座れ。……飲み物は、自分で勝手に用意しろ」

 だが、恭平の言葉はつっけんどんではあるが、拒絶とは違ったニュアンスのものだった。

 それは、彼なりの優しさなのだろうか。

 出て行けとは言わず、ただ好きにしろと言っている。。

「は、はい!」

 慌てて、セリーズは厨房に飛び込んだ。

 勝手知ったる場所だ。あの人と、一緒に料理をしたり、ケーキを焼いたりした。
 思い出が溢れ出て泣きそうになる。

 一緒に買い物に出かけて買った、オレンジペコ―。

 みんなとお揃いのカップに、サッと煮出したものを注ぎいれる。

 香りたつ紅茶を手に室内へと戻ると、恭平は地図に視線を落としたまま同じ場所に腰掛けていた。

「あの……私、ここに居ても、いいんですか?」

 紅茶を淹れて来て、いまさらこの質問もないだろうとは思ったが、
 つい、口から言葉が零れ落ちてしまう。

「思い出の場所なのだろう? ……好きに過ごしていくといいさ。」

 眉のひとつも動かさず、背中を向けたままの恭平から返答があった。

 そう言われたセリーズは心なしかほっとする。

 そして、お邪魔しますと改めて断った後、リゼットと二人でよく座った窓際の席に腰を落ち着けた。
 そこにいる人物は違うが、ここは何も変わらない。

 セリーズのうちに、一度、島を去るまでに此処で過ごした思い出が溢れだしていた。
 どうしてだろう、恭子のことを思い出せば思い出すほど、恭平が彼女と重なって見えるのだ。

 不思議に思いながら、セリーズはカップに唇を近づけた――。
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