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血の染み付いた手帳

しがない傭兵が偽りの島で過ごした日々の記録
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  • :04/19/14:30

05280152 Day03 outer -宴楼-

 宵闇に包まれた森の中を歩く、
 気配を殺して、夜に生きる獣たちを刺激しないように。

 森の中の夜は深い。

 星明りさえも届かない樹海には、ただ闇が広がり、
 響くのは怪鳥のさえずりと、虫たちのささやき。

 音を殺して歩く恭平のすぐ脇を、大蛇が通り過ぎた。
 
 夜の森に争いはない。

 昼に生きる者は眠り、夜に生きる者は安寧を求めて彷徨い歩く。
 恭平もまた、夜に生きるものなのだろう。

「……ハァ」

 声を漏らさぬように、恭平は息を漏らした。

 植物人間に砕かれた右肩は、回復に向かっているものの、
 いまだに鈍痛が続き、熱と気だるさを感じさせていた。

 今夜中にこの森を越えて、次の森へと入らなければ、
 予定よりもさらに遅れてしまうこととなる。

 いつもならば、なんということもない距離のはずなのだが、
 身体能力を奪われた今の恭平には、過酷な距離であるのは確かだった。

 いかような技術によるものか、誰しもがその力をある一定の基準まで制限されている。
 それはけして低い水準ではないのだが、その一線を越えていたものにはなんとも頼りない。

 しかし、与えられた条件の内で依頼を果たすのが傭兵だ。
 
 木の枝で作った添え木を肩に当て、痛みをこらえながら前進する。

 程なく、闇の中がぼんやりと明るくなる一帯へと辿り着いた。

「ここは……。」

 既視感。

 その場所は赤に包まれている。
 咲き誇るのは亜熱帯の赤い花々。
 
 そこは昨夜見た光景と、あまりにも似すぎていた。

 幻か――思い立ち花を手折ってみる。

 鼻へ近づけると、ふんわりと甘い香りがした。
 この世のものとも思えないが、実際にこの場所には在るらしい。

 はたまた、臭いさえも惑わされているのか。

「また、ここか……。」

 しばらく歩くとそこには空間が広がり、中央に大きなかがり火が見えた。
 赤はより色濃くなり、極彩色の彩を添えている。

 やはり、ここは昨夜の場所であるらしい。

 昨夜よりも増えた人々が、かがり火の周囲で思い思いに談笑に興じている。
 その中心にあるのは、やはり、昨夜見た子供だった。

「……宴会、か。」

 やはり、昔のキャンプを思い出す。
 賑やかであれば、寂しさも、恐怖も忘れられる。

「……賑やかなのは、いいことだ。」

 フッ と微笑んで恭平はかがり火の向こうを見やった。

 暖かな焔の明かりに、人々の影が映し出されている。
 木々の作り出した闇のスクリーンにそれらの影は強く浮き出され、賑やかな影絵を映し出した。

 そのスクリーンの中を、小さな影がちょこまかと動きまわるたびに
 闇の中に人々の笑い声が木霊した。

 小さな影は今、昨夜も見たハンチングの大柄な男の膝の上で、
 足をぶらぶらとさせながら、液体の注がれた小杯をせがんでいるようだ。

 その隣で、女がその所作をたしなめているようにも見える。

 家族なのだろうか。

「……まあ、いい」

 恭平には関係のない世界だ。
 たんに彼は迷い込んでしまったに過ぎない。

 それらの光景を眺めている間に、肩の痛みも幾分と和らいだ。
 これなら先へと進めるだろう。

 音を立てず、恭平はきびすを返す。

「まって!!」

 そんな恭平を呼び止める声があった。
 まだ声変わりもしていない子供の声だ。

 影の中を抜け出して、子供が恭平の前までトコトコと走ってきた。
 
 あどけない顔立ちの子供だ。
 異郷じみた服装をしている。

「ティカだよ!」

 それは、子供の名前なのだろうか。
 自分のことを指差して、もう一度同じ言葉を繰り返す。

「はじめまして?かな?」

 ティカは恭平のことを見上げて、不思議そうに首をかしげた。

 立ち去ろうとしていた恭平だが、元来、子供には弱い。
 離れることも近づくこともできず、扱いに困りきって見下ろしている。

「ごめんね、ティカのともだちに似ているから、なんだかふしぎな感じがしたんだ」

 多感な子供なのだろう、恭平の困惑に気づいてか ぺこり と頭を下げた。
 そして、ゆっくりを手を差し伸べて、恭平の指を恐る恐る握る。



「……ねえ、あなたももっと火のそばへこない?」

 ティカは言って、恭平の指を ギュッ と引っ張る。
 
 為す術もなく、恭平はかがり火の近くへといざなわれた。

「待ってねえ、今、ジュースをつくるから!」

 にこにこと笑って、ティカはココナッツへと向き直った。

 指が解放されて、恭平は自由を取り戻す。
 だが、既にかがり火の近く、ここから引き返すのはいささか無粋というものだろう。

 焔の近く、恭平は所在なげに立ち尽くしている。

「ふふ、新しい方ね……」

 恭平も今は影の世界の住人。
 こちら側へ踏み込めば、当然、影となって現れていた人々の姿も露となる。

 ティカと同じように笑みを浮かべて、仮面をつけた女と、ハンチング帽子の大男が恭平を見上げていた。

「私は、マツリ。よろしくね。」

 バリ島風の衣装に身を包んだ女は言う。

「ロホだよ! よろしく!」

 次いで、大男が言った。

 二人はなみなみと注がれた酒盃を片手に、にこにこと恭平を見上げている。
 名乗ったから、こちらも名乗れというのか。

 言っているのだろう、実際。

「……恭平だ。邪魔をする。」

 言って、恭平は軽く頭を下げた。

「お酒を飲むかい? おつまみもあるよ!」

 ロホは嬉しそうに恭平へと酒盃を渡し、乱雑だが嫌味のない仕草で酒を注いだ。

 その勢いに断る暇もなく、酒盃を手に恭平は再びひとりとなっている。

 ティカも、マツリも、ロホからも、自分ではない誰かへの親しみを感じた。
 他人の空似だろうか。

 親しみの込められた視線など、慣れていない。
 むず痒く、不快ですらあった。

 だがしかし、同時に不思議な温もりを自分の内側に感じていることにも気づく。

 他にも、自分へとそういった視線を向けるものがあった。

「キョウ子さん……?」

 そこへ問いかける声。

 また、他人の名前だ。そんあにも似ているのだろうか。
 以前も、緑髪の妖精に間違えられた覚えがある。

「いや……違う?」

 正面にまわって、恭平の顔を見た女が言った。
 その顔に、こちらは見覚えがある。

 昨夜、この場所で見た。水色の髪の女だ。

「失礼しました、人違いのようです……。」

 納得しきれないといった面持ちで、女は謝罪の言葉を述べた。

 そのキョウ子とかいう女に、恭平はよほど似ているらしい。

「……私と同業の方、ですね。」

 この女も傭兵なのだろう。
 そのことは、出会った瞬間から分かっていた。

 傭兵同士は惹かれあう。

 そういうものだ。

「同じ、匂いがします――。」

 女はそう言い残し、一礼してその場を立ち去っていった。

 その歩き方には油断も隙もない。
 さぞ名の知れた傭兵だったのだろう。

 もし、そうであれば、知っているような気がするのも当然かもしれない。

 戦場でたまたま出会っていなかっただけのことだ。
 覚えておこう、恭平は思う。

「あ!!」

 女傭兵の立ち去った方向をじっと見据え、物思いにふけっていた恭平を
 ティカの叫び声が現実へと引き戻した。

「お酒!!」

 ココナッツジュースを手にしたティカの頬が小さく膨れている。

 機嫌を損ねてしまったのか。

「……やれやれだ」

 今日はいったいどういう日なのだろうか、恭平は嘆息した。

 宴の夜は更けていく。
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