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血の染み付いた手帳

しがない傭兵が偽りの島で過ごした日々の記録
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  • :08/19/21:06

05310227 Day03 -冥府-


 これから進もうとしている森の手前に、
 待ち構える人の気配を感じて、恭平は足を止めた。

 一人、いや、二人。
 二人の人間が闘志を剥き出しにして、誰かが通りがかるのを待っている。

 冒険者だろうか。感覚の糸に触れた闘志は澱んでおらず、嫌な感じはない。
 おそらくは自分の切磋琢磨のために、練習試合を挑もうとする輩だろう。

 無視をして、迂回をしてもいいが、それではまた行程が遅れてしまう。
 ここ以外から森へ侵入することもできなくはない。しかし、ルートの確保が問題なのだ。

 それならば、少し付き合う方が時間のロスも少ないだろう。

「……やれやれだぜ。」

 そう判断して、恭平は待ち受ける者たちの元へと歩み寄った。
 あえて気配は断たず、正面から堂々と乗り込んでゆく。

 はたして、そこには男と女が待ち受けていた。

 前時代的な学ランを身にまとった恭平と同じぐらいの身長をした男。
 そして、蠍の紋章のリングを身に付けた若い女。

 その紋章には見覚えがある。
 彼もかつて依頼を受けたことのある傭兵派遣会社の紋章だ。

 関係者か。

「何処かで見た顔だな……。まあ、いい。」

 何者がこの場にいようと、直接的な関係はない。
 すでに、同業者が多く乗り込んできていることは確認済みだった。

「……死神!!」

 逆に女の方は、恭平の顔を一目見て色めきたった。
 傭兵家業の関係者であることは紋章から想像が出来る。
 恭平の二つ名を知っていてもおかしくはない。

(……この島ではしがない男でしかないんだがな。)

 自身の身体能力の低下を肌に感じる恭平は、その女の視線に自嘲する。
 だがそのことを相手に教えるほど、恭平は親切ではない。

「……おい、練習試合がしたいんじゃなかったのか?」

 言葉を失っている女に、興味なさそうに問いかける。
 言外にやらないのなら通してくれないか、と言っているのだ。

「そ、そうよ。お相手してくださるかしら?
 あなたが相手なら、相手に不足ありません。私は――。」

「名前に、興味はない。……さあ、始めよう。」

 名乗ろうとする相手を制して、恭平は短剣を引き抜いた。

「ば、馬鹿にして……貴方が死神なら……貴方が死神なら
 私はそれを統べる冥府の……! やるわよ、ジン!!」

 憤慨した女は、東洋武術の構えをとり恭平を見据えた。
 その背後でおどおどとしていた大男――ジンも、女の前に出てファイティングポーズをとる。

 図体の割りに気の弱そうな男だが、女を守ろうという気概はあるらしい。

「……冥府の女王と、その番犬、か。思い上がるなよ、死の商人。――いくぞ。」

 獲物を狙う鷹の眼で恭平は二人をみやり、殺気を飛ばした。
 女の全身の産毛が総毛立ち、ジンの心臓が恐怖によって鷲掴みにされる。

 生み出された一瞬の空白。

 その隙に、恭平は姿勢を低く、放たれた矢のように飛び出している。

「女の方が出来るな……精神を鍛えろ、軟弱者」

 そう断じて、動きの止まったジンの横を駆け去る。

 女の立ち直りは早かった。
 自分へと迫る恭平から視線を逸らさず、一挙一動に注目している。

(得意とするのは、後の先、か)

 相手の一撃をかわし、反撃を加える。
 おそらくはそういった戦法を得意とするのだろう。

 下手な一撃を加えれば、手痛い反撃を加えてくるに違いない。

 しかし、だからといって、それがどうしたというのか。

「……!」

 女が息を呑んだ。

 まるで口づけをせんがごとく、恭平の顔が女の正面にあった。
 駆け寄る勢いそのままに、女へと肉薄したのだ。

 加えられたのは、しかし、攻撃ではない。

「……動くな」

 耳元でささやかれたのは凍りつくようなその言葉。
 眼前にあった恭平の顔が立ち消え、大地を蹴る足が見えた。

 視界から恭平の姿が消失する。

「……ど、どこへ!?」

 女は狼狽する。
 返答は右肩への痛烈な痛みだった。

「く……あ……。」

 獣の牙のような短剣が、女の右肩に深々と突き刺さっている。
 
「クレア!」

 その光景に、ジンが吼えた。

 猪のごとく突進し、空中の恭平を薙ぎ払う。

「……ちっ」

 その豪腕を受け流し、だがその衝撃を吸収しきれずに恭平は大地を転がった。
 勢いそのままに、距離をとる。

 ダン!! と音がして、先ほどまで恭平が転がっていた位置を、
 ジンの蹴り脚が撃ち抜いていた。

 地面に足形が残るほどの蹴り技、恐ろしい力だといえよう。

「油断、しました。」

 その間に、女――クレアも立ち直っている。

 与えた傷は精神的ダメージを狙ってのものだ。
 最初の出血こそ派手だが、傷も深くないし血もすぐに止まる。

「今度はこちらから――。」

 肩の傷もそのままに、クレアは恭平へと挑みかかる。

 正面から視界を覆うように掌底を放つ。これはフェイントだ。
 本命は蹴り技、死角から恭平の弁慶の泣き所を狙って蹴りを繰り出す。

 その脚が逞しい恭平の腕に掴まれて止められた。

 ――かかった。

「掴まえましたよ、死神」

 相手が自分を掴んでいる限り、その距離は零。

「ごめんなさい!」

 あなたを殺してしまうかもしれない。

 真の狙いは寸頸。零距離から相手の体内へと自身の気を浸透させる技だ。
 下手をすれば、内臓器をミキサーにかけらたようにぐちゃぐちゃにされて、死に至ることもある。

 だが、それしかない。

「……破ァ!! ……アッ?!」

 裂帛を込めて流し込もうとした気が、凪がれた。

 いつの間にか、押し合えてた腕も恭平よって掴まれている。
 その箇所で気の流れが阻害され、せっかく練り上げた気も雲散霧消してしまっていた。

「教えてやる……。」

 クレアの自由を奪ったまま、眼と鼻の先で死神が嗤う。

「冷静さを欠いたら負けだ。」

 その言葉と同時に掴まれたクレアの腕が捻り上げられた。
 そして、投げ飛ばされる。

「クレア!!」

 あわや木に激突、という寸前でその身体をジンが抱きとめた。
 さしたる外傷もなくクレアは立ち上がり、戦意に満ちた瞳で恭平を見た。

「いい眼だ。今日は、よく勉強して帰るんだな……」

 その視線を真っ向から見つめ返し、恭平は少し楽しそうに口の端を吊り上げた。

 そして放つ気の裂帛。
 先ほど、クレアが零距離でやろうとしていたことを、長距離でやって見せたのだ。

 全方位に迸った気合は颶風となってクレアとジンを撃つ。

 再び恐怖がジンの心を襲った。
 死神の鎌は、心の隙間へと忍び寄り、彼の戦意を刈り取ろうとする。

(……負ける、ものか。)

 一瞬の攻防。

 全身を汗だくにしながらも、ジンの心が折れることはなかった。
 厚く重たい学ランの上着を脱ぎ捨てて、シャツ一枚となり、ファイティングポーズをとる。

 その視線は先ほどに比べると、幾分か研ぎ澄まされて見える。

(……おもしろい。)

 その内心は、成長する生徒を見守る教師のそれか。
 恭平はどこか懐かしい思いにとらわれていた。

 かつて先任として小隊を任されていたときの思い出か。
 もう遠い昔のことだ。

 そのときに、似ている。

「いきますよ、ジン!」

 クレアとジンは、一緒に駆け出した。

 息もつかさぬコンビネーションで、恭平へと襲い掛かる。
 
 ジンはその体躯を活かして、恭平をその場に釘付けとした。
 繰り出される拳の応酬。その一撃は重たく、恭平とて捌くことで手一杯となる。

 その合間、合間に、切れ味鋭い蹴りを繰り放ってきた。
 中段から下段へ、下段から上段へと、変則的に放たれる足技の華。

「……くっ」

 ふいに放たれたジンのボディブローが恭平を捕らえた。
 大柄な恭平の体躯が、宙へと浮かされる。

 そこへ、首を刈り取るかのようなクレアの延髄蹴り。

 二人の連撃の末に、恭平は再び大地を転がった。

 効いている。

 脳を揺らされ、視界がぐんにゃりと歪んで見えた。
 しかし、ジンとクレアだけははっきりと像を結んでいる。

 しかし――。

 惜しむらくは二人の戦法だろう。

 格闘は優しい。

 確かに、素手で人を殺すことは可能だ。
 恭平とてそれは経験がある。だが、武器を用いて為すことは、それよりも容易い。

 相手が斧使いや剣使いであったならば、今の一撃で決着が付いていたはずだ。

 だが、それでも、この二人は格闘家なのだ。

(……ずいぶんと、お優しい冥府の女王だな。)

 その考えに苦笑する。

 相手のことを考えているような状況下でもあるまい。
 恭平は追い込まれている。

「……。」

 無言のうちに立ち上がり、首を コキコキ と鳴らして二人を見やった。
 追い詰められているのは恭平の方だが、緊張しているのは二人の方だろう。

 恭平のことをどうやら、まだ過大評価しているらしい。

(……相手の戦力分析が甘いな。減点だ。)

 いまだ手放さない短剣を持ち替えて、再び二人へと視線を送る。

「……さて、どうするか。」

 二人に聞こえないよう呟いて、恭平は自問する。
 十分に戦った。このまま逃げても良いのだが……。

 どうやら、相手はまだまだやる気のようだ。

(……仕方ない)

 最後まで付き合うとしよう。

「……いくぞ。」

 宣言して、大地を蹴る。

 狙いはクレアだ。クレアを狙えば、ジンの注意力は低下する。
 相手の弱点は容赦なく突かねばならない。

 わき腹を狙って、短剣を繰り出す。

 慌ててクレアは繰り出された恭平の右腕を払った。
 しかしその腕に短剣はない。

「……目で追うな。」

 視覚はだまされやすい。。

 一流の手品師は誰もが、観客の視覚を騙すのだ。
 それも一人や二人ではなく、何百人もの観客を一度に騙してみせる。

 それだけ視覚とは騙されやすいものなのだ。

 恭平もそれに類した技術を使ったに過ぎない。

「な! あっ? くっ!!」

 恭平の短剣は、消えては現れた。
 
 確かにそこにあったはずなのに、そこにない。
 繰り出された一撃に危険を感じ、意識がそちらへと移った瞬間にまったく別の箇所を切りつけられる。

 クレアを救おうと恭平へと挑みかかるジンの眼にも、その短剣の軌道は読みきることは出来なかった。

「……眼で追うからそうなる。もっと感覚を鍛えろ、視覚が灯す信号は嘘っぱちだ。」

 無茶を言うな。

 クレアは歯噛みする。
 いい様に扱われているという現実が、クレアのプライドを刺激していた。

 どうにか、一矢報いたい。

「ジン!」

 仲間の名前を呼ぶ。

 ともに戦うことを誓い合った仲間だ。
 それだけで彼は、彼女の意図を理解してくれた。

 それは、時間稼ぎ。

 クレアは大技を放とうとしている。

「ふん!!」

 気合一閃。ジンは両拳を突き出した。

 体重の乗った重たい一撃。

 恭平はそれを交差させた両腕でガードする。
 しかし、その一撃はその防御を貫き通し、恭平の肺を圧迫するだけの威力があった。

 息が詰まる。
 恭平の動きが止まった。

 そして、それだけでクレアには十分なのだ。

「アベル先生!!」

 クレアは地を蹴って、空へと舞い上がる。
 水鳥のごとき体重を感じさせない動きだ。

 空中でひらりと体を入れ替え、恭平の急所を狙う。

「力を貸してください!!」

 蹴りを放つ。

 その一撃は狙い違わず、恭平の水月に突き刺さった。

 その動作は、まるでそこに収まることが運命であったかのように、
 自然で無駄のない一撃だった。

「か、は……。」

 ただでさえ搾り取られた空気を、さらに吐き出させられる。

 瞬時的な酸欠で喉が詰まった。

 しかし、楽しい。その攻防に恭平は楽しみを感じている。
 戦いの中に生を見出す人種がいるが、恭平はまさにそうだった。

 戦うことを宿命付けられた人間。
 それが鳴尾恭平だ。

「……はは。」

 知らずと笑みがこぼれる。

 ただ、顔を上げるときには、いつもの仏頂面に戻っていた。
 ポーカーフェイスはお手の物だ。意識をしているわけではないが。

「……なっ。」

 自分の必殺技がたいして効いていないことにショックを受けたのだろう。
 クレアが軽くよろめいた。

 実際はそうでもないのだが、そう見せないだけの修羅場は潜ってきている。
 はったりや虚勢も交渉術の大事な技能の一つだ。

 恭平はクレアの顔をまじまじと見つめる。

「え、獲物の顔を楽しむ余裕があるのですね!
 そんなにこの顔が気に入りましたか?死神さん!
 苦痛で歪ませて……楽しむつもりなのですか!」

 怯えたクレアは、半ば挑みかかるように恭平へと言葉をたたきつける。

(……面白い娘だ。)

 恭平は心の中で笑みを漏らし。

「……乳臭いガキに興味はない。」

 ポツリと、ひとりごちた。

「……!!」

 繰り出されるクレアの拳。
 唸りをあげて叩きつけられるそれを、ひょいとかわしてみせる。

 言葉遣いの割りに、直情的な娘なのだと判断する。

「っ……私は、私は、ニーソン家の!!」

 蹴りが飛んできた。

 受け流して、背後にまわる。

 次はジンの右拳だ。

 受け止めて、逆間接を決めながら脚払いをかけ、大地に転がしてやる。
 しかし、ジンもされるだけではなく、倒されながらこちらの軸足に蹴りを放ってきた。

 かわしきれず、力を込めてその一撃に耐える。恭平は倒れない。

「ニーソン家の!!」

 クレアは泣きそうな顔になりながら、恭平にふたたび挑みかかっていった。

 蹴りをフェイントにした、右ストレート。

 序盤の切れはどこへやら、その一撃は読みやすく分かりきったものだった。

「……そろそろ、終わりにしようか。」

 その一撃をかわそうとした恭平の足が滑った。
 いや、正確にはあがらなかったのだ。

 先ほどの、ジンの蹴りが効いていた。
 足が思いのほか上がらず、濡れ草に滑ってしまった。

(……ち、俺もどうかしてる。)

 したたかに右頬を撃ち抜かれ、恭平は大地に倒れ付した。

 残念ながら、もう余力は残っていない。

「……やるな。ニーソン家の娘。と、その番犬。」

 ガバッ、と起き上がり、二人へと視線を動かす。

「もうやだ、おうちかえりたいよぅ」

 仏頂面な恭平を前に、クレアはへたへたと座り込んでしまった。

 まだ元気なジンは立ち上がり、油断なくファイティングポーズをとろうとしている。

「そして、俺もまだまだ未熟だった。二人とも、筋は悪くない。」

 言って、パタパタと身体にまとわりついた泥を叩き落とす。
 戦いを続けるつもりはなかった。

 これ以上は、練習試合で終わらせる自信がない。

「……今日は、楽しめた。俺の負け、ということにしておこう。」

 きびすを返す。

 クレアはただ呆然とその背中を見送り、ジンも引きとめようとはしなかった。

「生きて……いるのですか? 私は……。
 ねえ、ジン……?」

 そんな少女の呟きが、遥か後方から小さく聞こえてきた。

 恐怖を知れば、良い兵士になるだろう。
 次に出会うときは、全力で戦えるように力を取り戻さなければならない。

 恭平は深く静かに己への戒めをひとつ増やしたのだった。
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