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血の染み付いた手帳

しがない傭兵が偽りの島で過ごした日々の記録
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  • :04/27/00:30

09030103 Day15 -休日-

   -0-


 綺麗に片付けられたアトリエ。
 うっすらと積もっていた埃も拭き取られ、新品のような艶をみせるテーブルに突っ伏して恭平は寝息を立てていた。

 広げられた地図の上に両の手を投げ出し、それを枕代わりにしている。

 時刻はもう昼過ぎ。こんな時間に昼寝をするなんて、恭平には久しくないことだ。
 昔、穏やかな気候の国に居た頃は、その国の慣習に従い昼過ぎの小一時間ほどは浅い眠りを楽しんだものだったが。

 いま、この島に、そのようなルールは存在しない。
 もっとも、寝ていてはダメだ。なんてルールも存在しないのだから、寝ていようが寝ていまいがそれは本人の自由なのだろうが。

 このように眠る恭平の姿というのは、もの珍しかろう。

 限られた時間を活用しようと、夜遅くまで外を出回っていたのが身体に響いたのか。
 朝方、眠気覚ましにと淹れられたコーヒーも、その半分以上が口を付けられないまま、冷めてしまっていた。

 窓から差し込む光は、夏らしく厳しいものだったが、それがほどよく室内を暖めて気持ちがいい。

 戦士の休息。たまには、それもいいだろう。それが、許されるのならば――。

 地図の上にはいくつかの赤い点。それらは、他の冒険者が遭遇した遺跡内に潜む何者かの痕跡だ。
 恭平が敗れたシャルロットという死に損ないの娘の居る場所にも、赤い点が穿ってある。

 その他に、恭平の筆跡で、遺跡内の留意点や、進行ルート、地形など、分かる範囲のことが記してある。
 色を使い分けて表示されている地形は、恭平自身が実際に歩いたことのない場所だ。

 地図一枚あれば、遺跡内の情報はほとんどが手に入る。
 冒険者間の公平性を保つためだろう。

 と、恭平がガバッと顔を上げた。その表情はいつも通りで、先ほどまで寝こけていた余韻はない。
 ただ、口元に涎のあとが少々残っていることを除けば。

 次いで、テーブルの端に置いてある時計を手にとる。同時に、ベルがジリリと甲高い音を立てた。
 すぐさま、それを押しとめる。

 こんなこともあろうかと、恭平がセットしておいたのだった。

 それを察知してか、その寸前に眼を覚ましてしまったのだが、これは職業病のようなものだろう。

 戦士に休息はない。

「……行くか。」

 地図を丸め、荷物と一緒くたにしてしまう。

 必要なものはほぼそろえることができた。次の探索は、比較的やさしいものとなるだろう。

 椅子から立ち上がり、ドアへと向かおうとし、思い出したかのように冷めたコーヒーへ口付ける。
 乾いた喉に流し込まれるぬるい液体は、ほんのりと血の味がした。


   -1-


 初めて遺跡に侵入した際に、使用しなかった魔法陣から遺跡内へと侵入する。

 似通った広間を抜けて、明るい場所に出ると、そこは草原だった。
 場合によっては最初に訪れたかもしれない草原。まだ、そこに危険な雰囲気は感じられない。

 ここは遺跡の玄関口。

 多くの冒険者が、ここを通過して行ったのだろう。
 そのおかげで、この周辺の地形はすっかり地図に記されている。

「……。」

 幾つもある進行ルートの中でも、最も平易な道を選んで進む。

 ただ、もくもくと。

 恭平がこのルートへ戻ってきたのには理由があった。
 地図上に記された赤点(何かが待ち受ける場所)の一箇所に×印が上書きされていた。

 その点の下には小さく「ショウタイ」と書き記されている。

 この道の先に待ち構えるものの名前だ。
 聞けば小数のチーム編成で冒険者に挑みかかってくるらしい。

 生憎と恭平は独りだったが、なんとかならないこともないだろう。

 いまでは、嘘か誠かも分からない依頼。その一端を彼らから聞き出すこともできるかもしれない。
 恭平にとって「ショウタイ」は“らしい”相手でもあった。

 まったくの異世界のような匂いも漂わせるこの島において、その存在はどこか懐かしい。
 もっとも、彼のような存在ではないのかもしれないが。

 あえて進んでいたルートを外れてまで、ここに舞い戻ってきた理由がそれだった。

 なんにしろ、得るものはあるだろう。

「……臭うな。」

 草を掻き分けながら進む恭平の鼻を、青臭い匂いがついた。

 思えば、その匂いすらも懐かしい。

「……。」

 恭平は短剣を引き抜き、草を揺らして出現したそれを迎え撃つ―-。
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