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血の染み付いた手帳

しがない傭兵が偽りの島で過ごした日々の記録
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  • :08/19/21:06

09030059 Day13 -血塊-



死は恐ろしくない。俺は死神と共に戦ってきたのだから。


 友の肉は、温かだった。


   -0-


 一見、なんのルールもない殺し合いの坩堝と化しているかのように見える戦場だが、
 その実、そこには言外のルールとも言うべき不文律が存在している。

 そして、このようなルールは戦場だけのものであろう。

 死と飢えからかけ離れた、我々の暮らす発展国ではまずもって考えられないことだ。
 いや、平和だからこそ、かのハンニバル・レクターのように、その法を犯す者も現れる。

 馬鹿らしいルールだと思うだろうか。

 ――ひとつ、人間を食わない。

 最も重要なことだ。人を喰らう者など、味方であろうと信用はできない。
 合理主義にしばられている戦場だが、思いがけず、信頼というものに縋りつかなければ関係を維持できないほどにナイーブなのである。

 さて、その戦場の話しだ。

 最新鋭の兵器や、訓練された兵士が、戦場の主役だったかのように多くの戦場ジャーナリストたちは本を書き残している。
 しかし、それは間違いだと言わざるを得ない。

 真実、戦場を支配していたのは、人間などといった矮小な存在ではないのだ。

 守られた世界から一歩踏み出した時、彼らは皆、無力だった。

 戦場の支配者たちは、人間よりもずっと小さく、目に見えない者たちであろう。

 ひとつが、疫病である。

 衛生環境も守られていない戦場では、病が猛威を振るった。
 太古から脈々と自然の中で生きながらえてきた病原菌は、それに抵抗力を持たない人間へと知らぬ間に忍び寄る。
 自然に生きる動植物、水、食物、いたるところから彼らは侵入し、人体という領土を蹂躙する。

 ふたつが、生物である。

 夜の闇に、深い森に、土塊の影に、驚くほどの生命がそこには息づいている。

 テリトリーを犯された虫達は、命を賭して侵入者と戦った。

 自らの生命と引き換えに毒針を突き刺す土蜂がいれば、人間なぞ餌としかみなさない傭兵蟻もいる。
 どんなに密閉された野戦服も、米粒大の彼らの前にはなんの意味もなさない。
 酷いときは体内から食い破られるものもいるほどであった。

 1万名もの兵隊を保持していながら戦争に敗れたとある大国のことは記憶に新しいかと思うが、
 その敗因は、たんまりとあった食料を全て獣に食い尽くされてしまったからだという。

 そう――みっつめは、飢えである。

 人が受け付ける食物など、ほんの一握りのものでしかない。
 よほど自然とともに生きてきた傭兵でもない限り、多くの兵士にとって自然の食物は毒であった。

 生水を飲んで腹をくだす者など、ここでは珍しくもない。

 人体に毒だといっても、食料が手に入る環境にあれば幸せなほうだ。
 越冬に入り、渇きを迎えた密林には、生物の姿も、実りの影もない。

 だからといって、戦いの時期を選ぶことも容易ではない。
 結果、多くの兵士が飢えた。

 飢えに飢え過ぎて、自分の仲間に手を出すものも現れたのである。

 しかし、それも遥か昔のこと。今では、そのような行為は厳重に戒められている。

 少し、話しを戻そう。

 人間を食ってはならない。これはひとつのルールである。
 隣人を仲間として信用するには、相手がこのルールを犯していないことが必要であった。

 では、それを破ってしまったらどうなるのか。

 かつて、一人の傭兵がいる。その業界では有名な、女傭兵の愛弟子。
 いささか甘さが見受けられるが、筋は悪くない。

 その働き振りを揶揄して、死神、と呼ばれることもあった。

 彼はけして、慕われなかったわけではない。
 その働きは認められていたし、その生涯の多くは弱者とともにあった。

 しかし、彼は若くして戦場に散るその時まで、本質的な意味では孤独だったと伝えられている。
 単純な話しで、彼自身が人を遠ざけていた。

 そんな彼には、二つ名がある。

 人食いウサギ――。

 彼は数少ない人肉の味を知る者。外道に堕ちた、哀れな傭兵である。


   -1-


 体力を取り戻した恭平は、三つの夜を起きたまま過ごし、村へと辿り着いた。

 戦場から離れた寒村には、畑を耕す最低限の人手と、女子供しか残されていない。
 人工の炎が産み落とす災禍も、ここまでは届いていない。

 毎日のように村の入り口に立ち、遠い戦場で血を流す村の男たちを案じている少女がいた。
 ふらつきながらも生還した恭平を視界の端に留め、彼女は嬉しそうに駆け出していく。

 少女には兄がいた。

 村の男の中でも一番の勇者で通っていた彼は、誰よりもその傭兵と気が合っていた。
 いや、人が近寄ることを厭う傭兵の態度を前に、怯まなかったのが彼だけだったのかもしれない。

 ただ、そんな兄を持ったからか、少女も不思議とその傭兵のことを恐れていなかった。

 本当に怖い人間が、この村にわざわざ来るはずもない。

 そこは、世界から見捨てられた村だった。

「恭平さん! ……お兄……あ、兄は?!」

 緩く結んだ髪を揺らしながら、その少女は恭平に駆け寄った。

 息を切らしながら、いろいろなことを聞こうと逡巡、結局、聞いたのは兄のこと。
 二人きりの家族だった。

 自分を安心させてくれる言葉への期待と、もしかしたらという不安。
 その両方に震える表情を、恭平は見た。

 少女の兄の最期が、脳裏に浮かび上がってくる。
 自分のなした罪が、身体を這いずり回っている。

 ごまかせばいい。
 そう、分かりはしないだろう。
 
「あいつは……。」

 恭平は口をつぐんだ。
 言うべきかどうか、この男にもその迷いはあった。

「お前の兄は――俺が、食った。」

 しかし、告げてしまった。
 少女の好意も、何もかもが失われていくのを、恭平は見た。

「嘘……でしょ? いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 目の前に立つ人間が誰なのか分からない。

 世界が壊れる音を、少女は聞いた。

 その日のうちに、臆病者は姿を消した。
 その男は、戦友の願いも果たせず、少女を救うこともできなかった敗北者だ。

 目覚めると、枕元には兄に渡した鹿角の指輪が置かれていた。
 渡したものと形が異なるのは、その内側を加工して男性の頭髪が通してあるためだ。

 誰に聞かずとも、それが兄のものであることは知れていた。

 少女は想い人のことを思い出し、大粒の涙をこぼし、それからまた少し眠った。

 涙を忘れた少女の元に停戦の知らせが入ったのは、それから一週間後のこと。

 いまだに解明されぬ独裁者の死――。

 ……その国は、生まれ変わろうとしていた。


   -2-


 「……起きろよなぁ。」

 懐かしい声が聞こえた。

 朝日に照らし出された草原に、真っ赤な物体が二つ転がっている。

 喉を切り裂かれて事切れた狼の亡骸を、その腕にかき抱くようにして恭平は目を覚ました。

 狼の牙が迫っていたことは覚えている。
 ただ、そこから先のことは、何も覚えていない。

 ただ、生きている。その事実だけがあった。

 血を流し、低下した体温で夜を越えることができたのは、この腕の中にある狼のおかげだろう。
 死した歴戦の兵は、その身を覆う毛皮で恭平を救ってくれたのだ。

 その狼が昨夜の敵であり、恭平を喰らおうとしたことなど、関係はない。
 感謝と敬意とをこめて、小さな穴を掘り、そこに狼の亡骸を埋めた。

 ちゃんとした墓ではないが、かつてはこのようなものを大量に作ったものだ。
 いくつかの毛皮だけを、形見として譲り受けた。

 後で野戦服の襟裏に縫いとめるのだ。
 そこには、多くの戦友が眠っている。

 最期は軽く一瞥しただけで狼に別れを告げると、身体に鞭打つようにして、恭平は歩き始めた。

 この先には、荒野と乾いた砂の海が広がっている。

 行けるところまで、行かなければならない。

 戦いの螺旋から、逃れる道などないのだから。
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