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血の染み付いた手帳

しがない傭兵が偽りの島で過ごした日々の記録
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  • :03/29/21:21

06050022 Day04 -怪鳥-

   -0-


 気配を殺して、森の中を進むことは容易い。
 森の気を読んで、そこに同調することは、呼吸をするのも同じこと。

 潜る森もまだ浅く、さほどの危険性も感じられない。
 時折、森の薄闇に瞬くのは黒猫の瞳、その金色の輝きだ。

 彼らの実力の程は、以前の戦いの中で推し量っている。
 さほど、気にとめる必要のある相手もない。

 しかし、気になるのは森に流れる空気である。

 幾重にも重なる気には、人工的な異物感が感じられた。
 ひどく作為的なものを感じる。

 恭平は自分の意思で前へと進んでいるのだが、それさえも何者かに決められているかのようだ。
 地図の中に光り輝く光点は、この周囲に存在する冒険者の証。

 いくら先を急いでも、そのうちの幾らかは彼から離れることもなく付いてくる。

 それだけ同じルートを選択した冒険者がいるということか。

「……ついてない。」

 思えば、遺跡に潜ってからというもの、すでに数名の冒険者とは邂逅している。

 情報の取得を思えば、それはけして悪いことばかりでもないのだが、
 かといって、出会えば出会うだけ自分の情報も流出するのだと思えば嬉しくはない。

 秘密を持ち続けること、それは、最後の最後で生き残るために必要なことだ。

(……このまま無事に進むことが出来ればいいんだが。)

 どうにもキナ臭い。

 ここからさらに奥地に入れば、平原や魔方陣といったエリアとは比にならない強敵が潜んでいるだろう。
 それは、ご丁寧なことにも招待状に記されていた但し書きにもしめされていたことだ。

 かなりの力を消耗してしまっている。戦わないで済むに越したことはなかった。

 だが、人生とは往々にしてうまくいかないものだ。

「待つのですよ♪」

 そのいやに陽気な声は、上空から降ってきた。
 背中に羽を生やした化生が、木立にぶら下がるようにして恭平を見ている。

 野鳥の気配。

 烏か何かの類と思ったそれは、木の葉に身を隠した烏天狗のものであった。

 翼を揺らし、烏天狗は音もなく大地に飛び降りると、構えた錫杖を恭平に突きつけて言う。

「勝負するのです♪」

 陽気に錫杖を振りかざし、戦闘体制をとる。
 純粋な闘気。さも、戦いが楽しいことであると言わんばかりの。

「相手が、見つかったのですか?」

 その背後から、さらに姿を現した女がいた。
 気配を断って、木立の裏にでも隠れていたのだろう。

 動いていなければ、そう易々と感じられるものでもない。

 弓を構えたその女は、いずことも知れない軍服に身を包んでいる。

「あなたは――申し訳ありませんが、お付き合いをお願いします。」

 軽く頭をたれて、女もまた矢を弓につがえた。

 両者ともに臨戦態勢だ。

(……やるしかない、か。)

 今日の運勢は最悪、か。

 仲間の信じていたジンクスのあれこれを思い出し、
 そのどれも今日は破っていた、などと考えながら、恭平は短剣を引き抜いた。


   -1-


「女は、軍属……厄介だな。……そして、化生とは。」

 恭平は警戒を強める。相対する二人の力は未知数だった。

 ましてや戦力差は一対二、数の上でも不利。
 狩る側と狩られる側の立場は決定しているも同然。

 そのような状況下を渡り歩いてきた恭平であるからこそ、その危険性は身に染みている。

 第一は生き延びること。敗北は必至。
 避け得ぬ運命であるのならば、その中で光明を見出すが勤めか。

 ましてや、島へと辿り着いて数日。
 その全貌すら把握していない現在で奥の手を晒すわけにもいかない。

(……負け戦続きとは、我ながら情けのない話だ。)

 自嘲しつつも敵の出方を待った。

 なんにせよ、この場を切り抜けなければならない以上、不用意にこちらから手を出すものではない。

「では…よろしくお願い致します!!」

 やはり、後衛――いや、中衛だろうか。

 弦を引きしぼり、恭平から距離をとりながらも、女軍人は律儀な一声を投げてよこした。
 この二人――いや、一人と一羽か――のツーマンセルは、前衛の烏天狗と中衛の女軍人で成り立つようだ。

 完全に後ろに下がらないというのは、いざとなれば女軍人も前に出てくるということなのだろう。

 そうなれば、手ごわい。

 予測されるのは、弓矢による後方支援と、攻防一帯の杖術による波状攻撃。
 足を止めれば、終わりだ。

 しかし、この二人からは邪気を感じない。殺人狂ではなく、純粋な腕試しの輩のようだ。

 それならば、負けることも容易いだろう。

(……ふん。)

 自身の計算に、口の端を ニィッ と吊り上げて、恭平は短剣を身体の前に構えた。
 烏天狗の肩越しに女軍人を見据える。

 右足を半歩引き、半身となった。女から見て、恭平の表面積が半分近くまで減退したに違いない。

「いきますですよー♪」

 それを知ってか知らずか、翼で パンッ と空気を叩くように加速して、烏天狗が飛び出してきた。
 尋常ならざるスピード、人間では不可能なスタートダッシュを、強靭な両翼が可能とした。

 距離が一瞬で詰まる。

 八双に構えた錫杖を右斜め下方から、逆袈裟に振り上げてくる。
 咄嗟に上体を反らしてかわすが、杖先が顎を掠め皮膚をこそぎ落としていった。

 烏天狗はその勢いのままに、翼をはためかせて樹上へと消える。

「ちょこまかと……動くな。」

 気の裂帛。先日の戦いの中で見せたものと同じものだ。
 樹上の烏天狗の気配を追って、絞った気を放つ。

 先日はあえて絞らずに周囲へと放出したが、こういった芸当もできるのだ。

 確かな手ごたえ。
 精神に与えられた衝撃は、肉体にも大きな疲労を残す。

 しかし、そこに隙があった。
 高速で移動する烏天狗を正確に捉えるため、恭平の意識は自然、女軍人から離れる。

「……ぐっ。」

 放たれた矢は、前に出されていた恭平の左ももを貫いた。

「油断していましたね?」

 女軍人は動いていない。
 ただ狙いを絞っていただけだ、恭平が烏天狗を追う間に、彼女は恭平の足を狙っていた。

 動きを止めようというのだろう。
 中途半端に体内に残った矢ほど厄介なものはない。

 時間が経てば経つほどに、筋肉の収縮によってそれは抜くことが難しくなる。
 かといって抜けば大量出血は免れられない。

「……。」

 無言で足に突き立った矢を短剣で断ち切り、恭平は木立の中へと姿を消した。

 全力疾走する足音。恭平は戦場から逃げようとしているのか。
 音はうねるように木立の間をすり抜けながら、急速に遠ざかっていく。


   -2-


「…逃がしはしませんよ。」

 アンは二の矢をつがえる。

 距離は開いたが問題はない。この程度の距離など、彼女にとってないも同然。
 上空ではいざはやが、枝を伝いながら傭兵の後を追っている。

 飛ぶ鳥も落とす射手である。
 その合間に木々があろうと、彼女の視界のうちにある限り狙いを外すことなどありえない。

「良い子ですから、大人しくしてくださいね。」

 いざはやの嗅覚が傭兵をとらえた。その頭上から、錫杖の一撃を加えようというのか。
 ならば、アンはそれに合わせて矢を放つまで。

 弦を限界まで引き絞り、集中を高めながらその時を待つ。

「――今!」

 樹上から躍り出るいざはやの姿が遠目に映った。
 その瞬間に、矢を放つ。

 肉を打つ重低音と、矢が突き刺さる確かな手ごたえ。

「…違う?」

 いざはやが狼狽している。
 敵を仕留めたのであれば、あのような様子は見せないはずだ。

 何か、違和感があった。

「……目に見えるものだけが真実じゃない。」

 その背後から、深く押し殺すような男の声がした。

 いつの間にか、傭兵が彼女の背後に立っている。

「…いつの間に?」

 背中に冷や汗を感じながら、アンは問いかける。

 この男は確かに、森の中を全力で駆けていたはずだ。
 それがどうして、彼女の後ろに立っているのか。

「……それは、自分で考えるんだな。」

「…!!」

 その言葉と同時に、短剣が牙のごとく振り下ろされた。

 服が裂け、鮮血が舞う。
 切り裂かれた肩口を押さえながら、アンは大地を転がり三の矢を放つ。

 しかし、それもかわされた。

 慌てて飛び戻ってきたいざはやが男と切り結んでいるが、決定打には至らない。

 一撃の隙をついていざはやを突き飛ばすと、傭兵は再び森の影に消えた。

   -3-

 木立の影に身を隠しながら、恭平は静かに息を吐いた。
 無理な加速運動は恭平の身体に負担を強いる。

 仕掛けを総動員してのトリックに、二人は引っかかってくれたようだが、
 だからといって戦況が良くなったわけでもなかった。

 与えた一撃とてさしたるものではない。

「……頃合だな。」

 深く深呼吸。後方からは近づく敵の気配。
 気配を断とうとしても、風を切る翼の音までは隠せない。

 恭平自体に限界が近い、最初から万全の上体ではないのだ。
 そろそろ終わりにしなければなるまい。

「……行くぞ。」

 樹陰から姿を現し、恭平は烏天狗と正面から相対する。

 烏天狗も警戒からか恭平には近づかず、距離を置いて様子を見ている。
 その背後の木陰に、やはり女軍人の姿がちらついていた。

 重力を感じさせず、上空にとどまる烏天狗。
 この距離では有効な攻撃手法がない。投げナイフの補充が間に合わなかったことが悔やまれる。

「……どうした? 怖気づいたか、化け物。」

 恭平は烏天狗を挑発する。

 化け物という呼ばれ方にカチンと来たのか、翼を大きく羽ばたかせ、烏天狗は急降下した。
 錫杖を振り回し、懇親の一撃を繰り出してくる。

 気合一閃、恭平はそれを短剣の柄で受け止めた。
 ギリギリと肉体が軋み、つばぜり合いが続く。

「……。」

 ふっと力を抜いて、恭平は後方へ倒れこんだ。
 下方へと押さえ込む力が空回りして、烏天狗の上体がバランスを崩す。

 その下から、短剣をひらめかせ、時代がかった装束もろともその肌を切り裂いた。
 鮮血を散らしながら烏天狗は逃げるように上空へと舞い上がった。

 その瞳が、怒りからか朱に染まっている。

「どかーん♪」

 笑顔になっていない笑顔で、烏天狗は手の平を恭平に向けて吼えた。

 戦慄が恭平の肌を突き刺した。
 チリチリと総毛立つ体毛、肌に感じる急激な温度の上昇。

 目に見えない何かが、恭平の近くに迫っている。

 近くまで接近していた女軍人が慌てて距離を置いたのも異変といえば異変だろう。

(……ここにいては不味い!!)

 直感に突き動かされ、恭平は背を向けて茂みの中へと飛び込んだ。

 身体が大地を蹴って中空へと躍り上がる、瞬間――。

 突然の爆発が恭平を背中から吹き飛ばした。
 その衝撃に身体が加速され、前方の木立に叩きつけられる。

 張り出した枝が恭平の左肺に突き刺さり。
 口元から血の泡が流れた。

(……何を、された。)

 乱れる呼吸を強制的に整えながら、枝を叩き折り恭平は地面に落ちた。

 二度目の爆発。

 先ほどまで恭平が建っていた場所は、連続した爆発に焼き尽くされて焼け野原になっている。
 どれほどの炎が暴れ狂ったのだろうか、周囲の木々は凪ぎ倒され爆風の凄まじさを物語っている。

「失敗しちゃったのですー」

 恭平の生存を認めて、烏天狗が無機物めいた微笑を浮かべていた。

   -4-

 いざはやの突然の行動に、慌てて距離をとってアンは木陰に身を隠していた。
 その遥か向こうから爆音。それに遅れた熱風がアンの肌を焼く。

 あやうく、彼女までその巻き添えを食らうところだった。
 放たれた力が、それを発揮する相手を選ぶことはない。

「…終わったでしょうか?」

 あの傭兵は死んでしまったかもしれない。
 樹の陰からのぞく凄惨な光景。かなりの熱量であったらしい。

 人間など簡単に焼けてしまいそうだ。

 だが、彼は生きていた。
 全身を返り血に赤く染めながらも、自分の足でしっかりと立っている。

 勘が鋭いのか。それは戦士としては貴重な資質。

 しかし、深刻なダメージを受けているようだ。
 先ほどまでに比べると、見るからに動きがにぶい。

 もしかすれば、心肺機能を痛めたか。
 呼吸は全ての基本だから、それが成り立たなくては動くこともままならない。

「終わりにするのですよー」

 その男の前にいざはやは降り立って、再び手の平を男へと向けている。

 再び炎を放つつもりか。
 戦いを愛好するいざはやは、戦いに熱中するあまり周囲が見えなくなることもある。

 この距離、そして、傭兵の怪我。

 次の一撃は勝負を決する一撃となるだろう。

「お疲れ様でしたのですー♪」

 陽気に言って、いざはやはその持てる力を解放した。

 先の一撃よりも収束された熱量。

 放とうとしているのは、焼き尽くす炎ではない。
 収束された炎は、火をおこすこともなく、ただ全てを貫き通す。

「ありり?」

 だが、炎が穴を開けたのは傭兵ではなく、その背後にあった樹の幹だった。

 その一瞬を、アンは見逃さなかった。
 傷を負い、動きも鈍っていた傭兵は、瞬間、水を得た魚のように俊敏な動きでいざはやの背後へと移動してのけたのだ。

 発動の瞬間が分かっていたかのような、動きだった。

「いざはやの、癖を読んだというのですか…。」

 強いというよりも、しぶとい。そんな考えが頭に浮かんだ。

 もう実戦訓練としては十分な程、戦っている。
 これ以上、長引かせることもない。

「大人しく退いて頂けると助かります。」

 いまにも飛び掛りそうないざはやを制して、男に告げる。
 弓の狙いは傭兵にとどめたまま、次は外さないと視線で語りかけながら。

 その意図に傭兵も気づいたものか、大仰な仕草で数歩後ろに下がっていった。

「……ち、撤退する。」

 心底から悔しそうに、男は吐いてのける。

 かぶりを振って短剣をしまいこむと、鋭い眼光をこちらに向けてきた。

「……化け物に、女――お前たちのことは、覚えておく。」

 それが男の捨て台詞だった。

 どのような技術によるものか、土煙を巻き上げると傭兵はその霞の向こうにたち消える。
 視界がクリアに戻る頃には、すでにその気配さえも感じられない程であった。

 この島の冒険者には、やはり気をつけなければならない。
 アンは喜んでいるいざはやを横目に、ひっそりと嘆息した。

   -終-

 枝を引き抜いて、恭平は自身の身体に火を押し当てていた。
 半ば強引な手法だが、出血を止めるにはこのほかない。

 爆炎に焼かれた肌は、流れる川の水で丹念に洗った。
 一番酷い背中の肌が、触れるだけで皮がずるりと向けるほどだ。

 面妖な敵だった。
 突然の爆発――ガスや、ナパーム、発火装置の類は感じられなかったのだが。

 かつて戦った超能力者の自然発火と似たようなものなのだろうか。
 生きながらにして臓腑を焼かれる苦しみを、恭平は今も覚えている。

 しかし、これほどの怪我であるというのに、膝もとのケロイドの下には新たな皮膚が覗いていた。
 自分の身体が自分のものでないような違和感。

 この島はどうなっているのか。
 翼の生えた女、そして軍人、知識を持った黒猫、昨日戦った二人はまだしも人間だった。

 この島に、常識はない。

「……おもしろい。」

 いつもより身近に感じられる死の気配に、恭平はぞくりと肌を粟立たせた。
 臆病であればこそ、ここまで生きながらえてきた。

 だが、この感情はなんだろう。
 死が近づけば近づくほど、この心を満たす喜びはなんなのか。

 恭平にその答えは出せない。

 彼は傭兵。傭兵に己など、ありはしないのだから。
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