忍者ブログ

血の染み付いた手帳

しがない傭兵が偽りの島で過ごした日々の記録
01 2025/02 03
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28

02091015 [PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

  • :02/09/10:15

12062322 Day25 -雷襲-

   -0-

 繁みを掻き分けて、二体のエンシェントレストは獲物を視認した。

 二本足の肌色。かつて味わった、その肉の味が口中に蘇る。

 エンシェントレストは知っている。肌色の皮膚が柔らかいことを。
 その腹を爪で切り裂き、腹中に顔を突っ込んで食べる臓物の味を。

 肌色が武器をかまえる。それは彼らにとっても脅威だ。
 肌色には爪も牙もない。その代わりに、武器を使った。

 脆弱な肌色だが、彼らが扱う武器は、エンシェントレストの強固な皮膚に傷をつけることもあった。

 ご馳走を前にして、歯噛みをしながら、エンシェントレストは肌色を挟み込む。

 戦略――二方向からの、同時挟撃。

 避けることは容易くない。
 そして、一度捕まえてしまえば、こちらのものだ。

 腐臭じみた息を吐き出して、エンシェントレストたちはじりじりと獲物との距離を詰めた。
PR

つづきはこちら

12062321 Day24 -紳士-

   -0-

「おのれ……」 怒りのあまり、彼はギリギリと歯を噛み締めた。

 うららかな午後――平原の昼下がり。

 彼と下僕と歩行雑草は、ゆったりとした時間を過ごしていた。
 そこへ、その男は土足であがりこんできたのだ。

 ――なんという、無粋な行為。

 至福のひと時。歩行雑草ちゃんとの甘く濃密なスウィートタイム。
 それを邪魔されたのだという思いで、はらわたが煮えくり返り、ボルテージばかりが上昇する。

「おのれ……!!」 とうとう彼は怒号を発した。

「よくも私の楽しみを――!!」

 眼前の男に指を突きつけて、言葉を吐き出した。

 自分を見つけるその男の冷ややかな眼差しが、よりいっそう彼をイラつかせる。

 ――すかした頬の傷跡が気に食わない。
 ――自分よりも背が高いのも気に食わない。
 ――美的センスのない衣服も気に食わない。

 とにかく、全てが気に食わない――これ程に、相性の悪い相手がいるものか。

「……遊んでいる暇はないんだ」

 さらに、その男の発言――まさに、火に油を注ぐ、その行為。

「ゆ、ゆ、ゆ、許せん!!」

 彼の顔が怒りで赤く染まった。頬がピクピクと動き、それにあわせて髭が揺れる。
 体中が熱を発して熱くなる。もはや、体が動き出すことを止められない。

「勝負だ……!!」

 体から発せられた気の裂帛が、周囲の草を根こそぎなぎ倒す。

 木の陰で彼の奴隷がハッと身をすくませたが、ついぞ彼は気付かなかった。

つづきはこちら

12062320 Day23 -勇者-

   -0-

 水飛沫。

 水上を傭兵が走る。それに追随する影。小柄な獣の姿。

 互いに全身傷だらけ。歴戦の古強者の一人と一匹が併走するようにひた走る。
 森の果て。荒野へと通じる谷の出入り口。一人と一匹の邂逅の場所。

 瞬転――獣が水を蹴って加速。

 傭兵は身を捻る。かわす。
 かわしきれず、肌に血の線が浮く――鋭利な、獣の爪。

 ビーバーと恭平。戦う二人の名。

「悪党が!!」

 ビーバーの叫び。水上を転がり、そのままの勢いで、再び水上を走る。
 恭平へと向かって転じながら、血に濡れた爪を振り払った。澄んだ水に赤が混じる。
 
 燃える瞳が恭平に向けられる。敵意と、正義感と。

「……誤解、と言っても聞きはしない、な。」

 正面から、恭平。電光石火の動き。さらに、加速した。

 ビーバーが迫る。その牙と、爪。鋭利な凶器。
 恭平が短剣を構える。磨き抜かれた、その凶器。

「俺の自慢の歯だぁ!」

 ビーバーが飛び掛る。――噛み付き。

 短剣を盾に、一撃を防ぐ。歯と刃の間で火花が散る。押し合う、へし合う。

 恭平の蹴り。そのつま先を蹴って、ビーバーが跳んだ。空へ。

「これがかつて谷を救った奥義だ!」

 空襲。急降下するビーバー。その狙い――恭平の肩口。

 恭平が空を仰ぐ。太陽を背に迫るもの――大口をあけたビーバー。
 咄嗟に身を前に投げ出した。水上を転がり、そのままの勢いで陸地へ。

 ビーバーの一撃――空を切る。

 盛大な水飛沫。水の壁を突き破って、ビーバーの姿が水中に消えた。

「……やるな。」

 鋭く光る恭平の眼光。その先に、水中を泳ぐビーバーの影。
 巧みな泳ぎ。すぐさま、湖の端へ。飛び出すようにして陸地へあがる。

「やるじゃねぇか。」

 水をはき捨てる、ビーバー。恭平と似通った感想。

 二人の間で通じ合うもの――相手が強敵であるという認識。

「……。」

 互いに無言。大地を蹴った。

 空中の激突。短剣と爪―-せめぎあう。

「……ッ!!」

 恭平の呼気。爪が、断ち切られた。鋭い爪が宙を舞い、遥か後方の土に突き刺さる。

「俺のっ、爪がっ!!」

 ビーバーが跳び退る。驚愕に彩られた、その表情。
 より強い戦意に瞳を燃やして、ふたたび、大地を蹴った。

 恭平を残して、水上へと。

「罠か? ……逃がさん。」

 激震――電光石火。円状の煙を残し、恭平が加速する。ビーバーの後を追い、水上へ。

 追うものと追われるものの水上劇。立場を逆転しての再現。
 水を蹴る。飛沫があがる。沈み込むよりも早く、前へ。

「負けらんねぇ」

 ビーバーの姿が消える。――水中へ。

「……くっ。」

 足元から、水を割っての襲撃。

 恭平――逃れるように空中へ。
 ビーバー――水中から宙へ。

「くらいやがれ!」

「……いけ。」

 ビーバー――残された爪を突き出し、錐揉み飛行。
 恭平――迎え撃つように銀光を放つ。鈍色のワイヤー。

「ぐあぁぁぁぁ。」

 激突。

 高速で放たれたワイヤー――ビーバーの爪を弾き、無防備な身体を襲撃。
 切り裂かれ、力なく落下する。水面に叩きつけられる。

 あがる水飛沫。水面に四散する赤。ビーバーの血。

「……やったか?」

 月面宙返り。湖上を越えて、陸地に恭平は降り立った。

 湖面が赤く染められている。獣の小さな体から溢れたとは思えないほど。

「まだだ!! 俺には、まだ、この歯がある!!」

 怒りの声。全身を赤に染めて、ビーバーが水中から現れる。
 両の爪は断ち切られ、満身創痍。

 爛々と眼だけが燃えている。

「……。」

 無言。その意志だけを汲み取る。飽くなき闘争心――戦わなければならない理由。

「勝負だ。」

 ビーバーが走る。血が噴出す。身体の限界を越えたその速度。

 恭平が走る。大地を二度蹴って、加速。空気の壁を突き破り、ビーバーへ迫る。

 二人が、交錯する。銀光が奔る。

 ビーバー――行過ぎて、倒れる。
 恭平――胸元に大きな傷跡。ビーバーの歯が抉りとっていった。

「俺も、引き際は理解して……。」

 喘ぐような断末魔。ビーバーの声。溢れ出る力が身体を修復――それさえも、追いつかない。

 身体が崩れる。塵と化す。その内側から、白い光。宙へ昇り、溶けるように消えた。

「……なん、だった、んだ。」

 恭平。荒い息をつきながら、ビーバーの倒れた場所へ。
 何もない空間。失われた強敵の姿――まるで、最初から存在しなかったかのように。

 周囲――抉られた地面。一部の湖面が赤く染まった湖。断ち切られた、鋭い爪。

 確かな残滓。

「……疲れた。」

 荷物と、鋭い爪を拾い上げ、谷へ。

 その体が、傾いだ。限界を越えた肉体の酷使――超スピードの濫用。身体への負担。
 
 突如、意識が、黒に断ち切られた。

つづきはこちら

12062317 Day22 -火花-

   -0-

 焚き火を前にして、恭平が自然の椅子に腰掛けていた。
 風が削りだした天然の腰掛。硬く、すわり心地は良くない。今は逆に、それが心地良い。

 鮮やかな赤に、くすんだ金髪がきらめいている。
 夜闇の中、踊る炎と金の輝きに誘われた羽虫が、その身を焔に舐められた。

 消失。

 抗いがたい誘惑。それは時として、身の破滅を招く。

「……。」

 恭平は無言。ただ、ジッと岩に背をもたれかけて、時が過ぎるのを待っている。
 身体を休めているのとは、違う。時の経過、ただそれだけを求めた行動の発露。

 時間への抗い。

 まるで、岩と一体化したかのように、目を閉じ、息さえも殺して。
 時が過ぎ去ることを祈るその姿は、黙祷する僧侶にも似ている。

「……。」

 火にくべられた枯れ木の爆ぜる音。

 小うるさい虫たちの鳴き声。

 谷の合間を吹き過ぎてゆく風の囁き。

 偽りの空には星のドーム。藍色と空色の合間をぬって、星が流れた。

 それさえも、偽り。本物とそう大して差のない。
 手を伸ばそうと届くことはない偽りの空。触れもせず真偽を確かめることは、可能か。

 ――ここが地下であるという、証左はどこにあるのか?

 意識下での自問自答。

 答えを知りたがっている。その為に必要なもの。情報。触れられる真実。
 いまだ、確証的な手がかりはない。

 広大な遺跡の探索。砂漠に落ちた針を探すのに等しい行為。

 冒険者の間でまことしやかに囁かれる噂。宝玉の存在。
 手に入れたものに力を与える。エデンの園の禁断の実。

 力を求める者たちにとって、抗いがたい誘惑。

「……時間、か。」

 思考を打ち切って、恭平は目蓋を上げた。

 焦げ茶色の瞳が、炎の赤を吸い取って深紅に燃えている。
 頬に二条の古傷。恭平の生きた証。人生の証左。

 革の手袋をはめた右手で、傷跡を撫でる。
 岩に触れていた手は冷たい。心地よい感触。火の熱に火照った身体。

 冷たい夜から、身を守る術。炎。人類の英知。
 猿と人間の境。火の克服。恐怖を押さえつける理性。

 それを教えてくれたもの。神にも等しい。

 彼女が残した傷跡。

「……。」

 静かに指先を離す。

 恭平の冷ややかな眼差しの奥に、何かが揺れて、消えた。

「……行こう。」

 傍らのナップサックから一欠けらのレーションを取り出して口に放り込む。
 時間をかけず咀嚼して、嚥下する。

 次いで、取り出した水筒から、キャップ一杯分の水分を補充。

 全てをリュックサックに押し込んで、準備完了。
 地図も荷物とともに中へ。周囲の地形は全て頭に叩き込んである。

 目的地への経路も、また。

 岩から腰をあげる。時との戦いを共にした同志との別れ。
 砂を蹴り、焚き火に被せて消す。辺りが闇に閉ざされる。自然にあるべき姿。

 それに抗う光――火の灯されたランタンを右手に、肩をリュックに背負った。

 そして、恭平は歩き出す。
 手にしたランタンだけが寄る辺となる、冒険者たちの荒れ野へと。

つづきはこちら

10090105 Day21 -渡河-

   -0-

 満天の星空。澄み渡った偽りの空を仰ぐのは、氷の精が舞い踊る砂漠の夜だ。
 傭兵は死の道を歩んでいる。それとして、生を受けた時から、ずっと。

 彼が歩んできた道は、この砂漠の夜にも似て、冷たい。

 それを苦に思ったことはない。
 すがりついた腕を、けして離さなかった彼女が、同じくして歩んだ道だから。

 風が吹く、どことなく紛い物じみた風。
 ともすればここが遺跡の中であることを忘れそうになるが、全てに、違和感があった。

 整列する星座の並びさえも、空に再現して見せている。
 それは技術力の表れか、それとも、遺跡を創造した者の狂気の表れか。

 ――ここは、何の為に作られた。

 空に投げかけられた問いかけに、答えるものはいない。

 血に冷えた身体を、外套でより強く覆い隠して、恭平は砂漠を渡っていた。
 身に着けた短剣のうち、三本が先の戦いで喪失している。

 今頃は、遺跡に巣食う怪物の亡骸とともに、砂の底に眠っていることだろう。

 先の戦いは、恭平に大きな損耗と、色濃い疲弊とを残していた。
 巨大蟹の鋏は恭平の肌を裂き、虹色貝の息吹は恭平の肌を凍てつかせた。

 傷はまだ癒えず、なかば凍傷に陥った左の指先はまだ動かないままだ。
 早く治療しなければ、永遠に失いかねない。

 もっとも、遺跡の外に戻れば、それさえも再生されるのだろう。

 自分の想像に、恭平は顔をしかめた。

 そんな、恭平のすぐ横に、少女が舞い降りたことに、恭平は気付かない。

 ――眠れば、楽になるわ。

 少女――氷の精が空を泳いで、恭平の耳朶に囁きかけた。

 零下の住人。冒険者を惑わせる存在として描かれる彼女たち。

 それはけして間違いではない。

 彼女達はなによりも、死を好んだ。その、より冷たく、より儚いものを。

 消えかけた生命の灯火は、ダイヤモンドのように彼女達を惹きつける。

 恭平の周囲を好んで舞うスノー・フラウたちの姿が、次第に数を増していた。

 恭平が与えた死の残り香が、彼女達の嗅覚を刺激したのかもしれない。

 ――おいで、安らぎを、与えてあげる。

 彼女達の声は、恭平には聞こえない。

 しかし、その声は、心に直接、語りかけるのだ。

 周囲の気温が急激に下がるのを、恭平は肌で感じ取っていた。
 いくら冷える夜の砂漠とはいっても、異常な冷え込みようだった。

 先ほどから、ちらりほらりと雪までが、舞っている。

 しかし、恭平は立ち止まらない。
 泰然とした足取りで、積もりつつある雪と、そこにある砂とを掻き分けて進む。

 ――ねぇ、一緒に、眠りましょう。

 氷の娘達の一人が、その冷たい手で恭平の腕にそっと触れる。

 外套と、その下に着込んだ野戦服をすり抜けて、傷だらけの恭平の肌へと。
 凍傷を負った恭平の指先を愛おしそうに撫で、氷の掌で包み込む。

 ――ここは、とても、素晴らしいところなのよ。

 別の一人が、恭平の首に手を回して、その頬に口付けをした。

 数多の旅人を氷に閉ざしてきた口付けも、恭平の身体を止めるには至らない。

 恭平の吐く息は白く、睫までもが凍り付いていたが。

 吹雪の砂漠で、ただ前をじっと睨みつけながら、恭平は先を目指していた。

 その心の奥底では、青白い炎が轟々と音をたてながら、燃えている。

 ――ツレナイ、人。

 その言葉を境に、雪乙女達は抱擁をほどいていった。

 氷精たちは一人、また一人と、恭平のそばを名残惜しそうに離れていく。

 けして男が、自分たちのものにはならないのだと、気付いたのだ。

 やがて、最後の一人が恭平の髪を撫で、離れて行った。

 それと同時に、雪が吹き止み、夜の砂漠は本来の姿を取り戻す。

「……ここ、か。」

 白い息を吐いて、恭平は呟いた。

 晴れた視界の先に、鬱蒼と茂る密林。

 そこは、砂漠の中に取り残されたオアシス。

 強さに取り込まれ、道を誤った一匹の雄が、そこには居ると聞く。

 頭からすっぽりと被っていた外套を脱ぎ、凍りついた髪の霜を払うと、恭平はその中へと立ち入っていった。

 そう、伝説の眠る、太古の森の腕へと――。


   -1-


「……ッ。」

 思わず、声が漏れた。

 木々の合間から流れ出す清流に手先を沈めて、凍傷に陥った指先をほぐしていく。

 そこはすでに森の中。

 死の砂漠とは一転して、森の中は生命の気に満ち満ちていた。
 外が吹雪いていたとは思えないほどに森の中は暖かく、恭平は外套も脱ぎ去っていた。

 肌はうっすらと汗ばんでいる。湿度も高く、空気の密度も濃い。

 溶けた雪に濡れて体に張り付く上着も脱いで、それらを袋の中へとしまい込んだ。

「……?」

 その動作の最中、恭平の瞳に不思議なものが映った。。

 肌のいたるところに残る、霜焼けとなった跡。
 それらが、大人になりきらない少女の手の平のような形をなしている。

 たまさか、そのように映っただけか。

 気を止めたのは一瞬だけ。
 恭平は、常温の清水に浸した布切れで、全身を拭っていった。

 背中や頬までも冷気にやられていたらしく、痛みとも痒みともとれない感覚がはしる。

 手の平を開閉して、指先がある程度の感覚を取り戻したことを確認する。
 短剣の柄を握り、それを抜き放ってみて、恭平はようやくその場を後にした。

 夜目だけを頼りに、暗い森の中を進む。

 あらゆる方角に、動物の気配を感じたが、彼らが恭平の前に姿を現すことはなかった。

 下生えの草を踏みしめて、覆い茂る羊歯植物を短剣で切り払い、恭平は黙々と進んだ。

 水の流れる落ちる音。

 森を抜けると、そこには滝があり、なみなみとした水をたたえている。

「……こんな場所があったとは、な。」

 どうやら、ここが砂漠と荒野との境目でもあるのだろう。

 滝の先には渓谷が広がり、赤茶けた地肌が日の目を浴びていた。

 ところどころには木々も生え、草一つ生えない砂漠とは一線を画した姿を晒している。

「……しかし。」

 目当ての人物は、どこにいるのだろうか。

 噂など当てにならないもの。ここに、伝説の某が滞在していると聞いたのだが。

「おいぃぃいぃぃぃぃぃ!!」

 水のほとりで周囲を探る恭平の耳に、何者かのくぐもった叫び声が響いた。

 咄嗟に振り向いた恭平の視線の先――。

「おめー、なにしてやがんだぁ!!」

 それは、水の中から姿を現した――。