血の染み付いた手帳
しがない傭兵が偽りの島で過ごした日々の記録
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12062320 | Day23 -勇者- |
-0-
水飛沫。
水上を傭兵が走る。それに追随する影。小柄な獣の姿。
互いに全身傷だらけ。歴戦の古強者の一人と一匹が併走するようにひた走る。
森の果て。荒野へと通じる谷の出入り口。一人と一匹の邂逅の場所。
瞬転――獣が水を蹴って加速。
傭兵は身を捻る。かわす。
かわしきれず、肌に血の線が浮く――鋭利な、獣の爪。
ビーバーと恭平。戦う二人の名。
「悪党が!!」
ビーバーの叫び。水上を転がり、そのままの勢いで、再び水上を走る。
恭平へと向かって転じながら、血に濡れた爪を振り払った。澄んだ水に赤が混じる。
燃える瞳が恭平に向けられる。敵意と、正義感と。
「……誤解、と言っても聞きはしない、な。」
正面から、恭平。電光石火の動き。さらに、加速した。
ビーバーが迫る。その牙と、爪。鋭利な凶器。
恭平が短剣を構える。磨き抜かれた、その凶器。
「俺の自慢の歯だぁ!」
ビーバーが飛び掛る。――噛み付き。
短剣を盾に、一撃を防ぐ。歯と刃の間で火花が散る。押し合う、へし合う。
恭平の蹴り。そのつま先を蹴って、ビーバーが跳んだ。空へ。
「これがかつて谷を救った奥義だ!」
空襲。急降下するビーバー。その狙い――恭平の肩口。
恭平が空を仰ぐ。太陽を背に迫るもの――大口をあけたビーバー。
咄嗟に身を前に投げ出した。水上を転がり、そのままの勢いで陸地へ。
ビーバーの一撃――空を切る。
盛大な水飛沫。水の壁を突き破って、ビーバーの姿が水中に消えた。
「……やるな。」
鋭く光る恭平の眼光。その先に、水中を泳ぐビーバーの影。
巧みな泳ぎ。すぐさま、湖の端へ。飛び出すようにして陸地へあがる。
「やるじゃねぇか。」
水をはき捨てる、ビーバー。恭平と似通った感想。
二人の間で通じ合うもの――相手が強敵であるという認識。
「……。」
互いに無言。大地を蹴った。
空中の激突。短剣と爪―-せめぎあう。
「……ッ!!」
恭平の呼気。爪が、断ち切られた。鋭い爪が宙を舞い、遥か後方の土に突き刺さる。
「俺のっ、爪がっ!!」
ビーバーが跳び退る。驚愕に彩られた、その表情。
より強い戦意に瞳を燃やして、ふたたび、大地を蹴った。
恭平を残して、水上へと。
「罠か? ……逃がさん。」
激震――電光石火。円状の煙を残し、恭平が加速する。ビーバーの後を追い、水上へ。
追うものと追われるものの水上劇。立場を逆転しての再現。
水を蹴る。飛沫があがる。沈み込むよりも早く、前へ。
「負けらんねぇ」
ビーバーの姿が消える。――水中へ。
「……くっ。」
足元から、水を割っての襲撃。
恭平――逃れるように空中へ。
ビーバー――水中から宙へ。
「くらいやがれ!」
「……いけ。」
ビーバー――残された爪を突き出し、錐揉み飛行。
恭平――迎え撃つように銀光を放つ。鈍色のワイヤー。
「ぐあぁぁぁぁ。」
激突。
高速で放たれたワイヤー――ビーバーの爪を弾き、無防備な身体を襲撃。
切り裂かれ、力なく落下する。水面に叩きつけられる。
あがる水飛沫。水面に四散する赤。ビーバーの血。
「……やったか?」
月面宙返り。湖上を越えて、陸地に恭平は降り立った。
湖面が赤く染められている。獣の小さな体から溢れたとは思えないほど。
「まだだ!! 俺には、まだ、この歯がある!!」
怒りの声。全身を赤に染めて、ビーバーが水中から現れる。
両の爪は断ち切られ、満身創痍。
爛々と眼だけが燃えている。
「……。」
無言。その意志だけを汲み取る。飽くなき闘争心――戦わなければならない理由。
「勝負だ。」
ビーバーが走る。血が噴出す。身体の限界を越えたその速度。
恭平が走る。大地を二度蹴って、加速。空気の壁を突き破り、ビーバーへ迫る。
二人が、交錯する。銀光が奔る。
ビーバー――行過ぎて、倒れる。
恭平――胸元に大きな傷跡。ビーバーの歯が抉りとっていった。
「俺も、引き際は理解して……。」
喘ぐような断末魔。ビーバーの声。溢れ出る力が身体を修復――それさえも、追いつかない。
身体が崩れる。塵と化す。その内側から、白い光。宙へ昇り、溶けるように消えた。
「……なん、だった、んだ。」
恭平。荒い息をつきながら、ビーバーの倒れた場所へ。
何もない空間。失われた強敵の姿――まるで、最初から存在しなかったかのように。
周囲――抉られた地面。一部の湖面が赤く染まった湖。断ち切られた、鋭い爪。
確かな残滓。
「……疲れた。」
荷物と、鋭い爪を拾い上げ、谷へ。
その体が、傾いだ。限界を越えた肉体の酷使――超スピードの濫用。身体への負担。
突如、意識が、黒に断ち切られた。
-1-
気付くと、水上に浮いていた。流れる小川。たゆたいながら川下へ。
推測――湖から谷へと流れる川への転落。荷物を浮き代わりにここまで来た。
「……なにを、しているんだ。俺は。」
ぼやいて、右手に握られたものに気付いた。
鋭い爪――強敵といえたビーバーが残したもの。亡骸も残さなかった強敵の、残滓。
なくさないよう、懐にしまいこむ。白い光――魂は無へと帰したが、墓は作ってやりたい。
ビーバーが瞳に宿した決意に対する、恭平なりの誠意。戦った者同士の結びつき。
「……どれぐらい、流された?」
水面を渡り、岩に取り付いて陸地に上がる。
荒れた岩肌にぽつぽつと緑が混ざる。平野が近い。すでに荒野を抜けつつある。
濡れた服を脱ぎ、水気を絞る。
濡れたままでは動きづらい。ズボンだけは身に着け、半裸での行軍とする。
衣類を風になびかせながら、荒野を渡る。
次第に緑と茶の比率が入れ替わる。砂地から平原へのターニングポイント。
次第に、爽やかな風に緑の匂いが混じる。
乾いた荒れ野とは大きな違い。
「……なんだ?」
草原を進む。その先に、人の影。
「きゃ~わいぃ~!きゃあわぃいぃ―――ッ!!」
耳に届く嬌声。男の声。三人の姿。
たくましい影――歩行雑草。人の形をした歩行植物。痩身に抱かれている。
痩身の影――歩行雑草を全力で抱きしめる男。
「だ、だぁめですぅー!ご主人様やめてくださいぃ!」
女、いや、少女の影――歩行雑草に抱き縋る痩身の男を引き剥がそうとしている。実らない努力。
「なんで歩行雑草なんですかぁ!?そんな可愛くないの抱きしめないでくださいぃッ!!」
悟られないよう、近づく。より鮮明な少女の悲鳴。
魔女のような衣装。威厳はない。
「ならばお前も抱きしめるッ!」
少女に対する、痩身の男の返答。歩行雑草を離し、もろ手を広げて少女を追う。
逃げる少女。追う男。さらに少女は逃げる。男が追う。
涙目の少女。喜色満面の男――高らかに歌いながら、その軽快な足裁き。
「いいぃぃやあぁぁーッ!!」
叫び声だけが虚しくこだまする。声が高まるたび、陶酔に男の頬が緩む。
「……む?」
男の表情が、引き締められた。視線が向けられる。ようやく、彼らにとっての第三者に気付いた。
「な、なんだなんだ!ひとの憩いの場を傍観するとは破廉恥極まりない行為だぞ!?」
男は憤慨し、自分の眉間に親指を強く押しつける。
「……礼儀知らずな奴め。このサバスが矯正してくれる……。」
恭平を指し示し、高らかに宣言する。
「ぇ?え!?えーッ!?わ、私は関係ないですからねーッ!!」
少女が慌てて退避する。木の陰。顔だけを覗かせて、おろおろとこちらをうかがう。
「……よくわからんが、かかる火の粉は振り払う。」
動作の大げさな男に油断なく視線を向けながら、恭平はゆっくりと短剣を引き抜いた。
水飛沫。
水上を傭兵が走る。それに追随する影。小柄な獣の姿。
互いに全身傷だらけ。歴戦の古強者の一人と一匹が併走するようにひた走る。
森の果て。荒野へと通じる谷の出入り口。一人と一匹の邂逅の場所。
瞬転――獣が水を蹴って加速。
傭兵は身を捻る。かわす。
かわしきれず、肌に血の線が浮く――鋭利な、獣の爪。
ビーバーと恭平。戦う二人の名。
「悪党が!!」
ビーバーの叫び。水上を転がり、そのままの勢いで、再び水上を走る。
恭平へと向かって転じながら、血に濡れた爪を振り払った。澄んだ水に赤が混じる。
燃える瞳が恭平に向けられる。敵意と、正義感と。
「……誤解、と言っても聞きはしない、な。」
正面から、恭平。電光石火の動き。さらに、加速した。
ビーバーが迫る。その牙と、爪。鋭利な凶器。
恭平が短剣を構える。磨き抜かれた、その凶器。
「俺の自慢の歯だぁ!」
ビーバーが飛び掛る。――噛み付き。
短剣を盾に、一撃を防ぐ。歯と刃の間で火花が散る。押し合う、へし合う。
恭平の蹴り。そのつま先を蹴って、ビーバーが跳んだ。空へ。
「これがかつて谷を救った奥義だ!」
空襲。急降下するビーバー。その狙い――恭平の肩口。
恭平が空を仰ぐ。太陽を背に迫るもの――大口をあけたビーバー。
咄嗟に身を前に投げ出した。水上を転がり、そのままの勢いで陸地へ。
ビーバーの一撃――空を切る。
盛大な水飛沫。水の壁を突き破って、ビーバーの姿が水中に消えた。
「……やるな。」
鋭く光る恭平の眼光。その先に、水中を泳ぐビーバーの影。
巧みな泳ぎ。すぐさま、湖の端へ。飛び出すようにして陸地へあがる。
「やるじゃねぇか。」
水をはき捨てる、ビーバー。恭平と似通った感想。
二人の間で通じ合うもの――相手が強敵であるという認識。
「……。」
互いに無言。大地を蹴った。
空中の激突。短剣と爪―-せめぎあう。
「……ッ!!」
恭平の呼気。爪が、断ち切られた。鋭い爪が宙を舞い、遥か後方の土に突き刺さる。
「俺のっ、爪がっ!!」
ビーバーが跳び退る。驚愕に彩られた、その表情。
より強い戦意に瞳を燃やして、ふたたび、大地を蹴った。
恭平を残して、水上へと。
「罠か? ……逃がさん。」
激震――電光石火。円状の煙を残し、恭平が加速する。ビーバーの後を追い、水上へ。
追うものと追われるものの水上劇。立場を逆転しての再現。
水を蹴る。飛沫があがる。沈み込むよりも早く、前へ。
「負けらんねぇ」
ビーバーの姿が消える。――水中へ。
「……くっ。」
足元から、水を割っての襲撃。
恭平――逃れるように空中へ。
ビーバー――水中から宙へ。
「くらいやがれ!」
「……いけ。」
ビーバー――残された爪を突き出し、錐揉み飛行。
恭平――迎え撃つように銀光を放つ。鈍色のワイヤー。
「ぐあぁぁぁぁ。」
激突。
高速で放たれたワイヤー――ビーバーの爪を弾き、無防備な身体を襲撃。
切り裂かれ、力なく落下する。水面に叩きつけられる。
あがる水飛沫。水面に四散する赤。ビーバーの血。
「……やったか?」
月面宙返り。湖上を越えて、陸地に恭平は降り立った。
湖面が赤く染められている。獣の小さな体から溢れたとは思えないほど。
「まだだ!! 俺には、まだ、この歯がある!!」
怒りの声。全身を赤に染めて、ビーバーが水中から現れる。
両の爪は断ち切られ、満身創痍。
爛々と眼だけが燃えている。
「……。」
無言。その意志だけを汲み取る。飽くなき闘争心――戦わなければならない理由。
「勝負だ。」
ビーバーが走る。血が噴出す。身体の限界を越えたその速度。
恭平が走る。大地を二度蹴って、加速。空気の壁を突き破り、ビーバーへ迫る。
二人が、交錯する。銀光が奔る。
ビーバー――行過ぎて、倒れる。
恭平――胸元に大きな傷跡。ビーバーの歯が抉りとっていった。
「俺も、引き際は理解して……。」
喘ぐような断末魔。ビーバーの声。溢れ出る力が身体を修復――それさえも、追いつかない。
身体が崩れる。塵と化す。その内側から、白い光。宙へ昇り、溶けるように消えた。
「……なん、だった、んだ。」
恭平。荒い息をつきながら、ビーバーの倒れた場所へ。
何もない空間。失われた強敵の姿――まるで、最初から存在しなかったかのように。
周囲――抉られた地面。一部の湖面が赤く染まった湖。断ち切られた、鋭い爪。
確かな残滓。
「……疲れた。」
荷物と、鋭い爪を拾い上げ、谷へ。
その体が、傾いだ。限界を越えた肉体の酷使――超スピードの濫用。身体への負担。
突如、意識が、黒に断ち切られた。
-1-
気付くと、水上に浮いていた。流れる小川。たゆたいながら川下へ。
推測――湖から谷へと流れる川への転落。荷物を浮き代わりにここまで来た。
「……なにを、しているんだ。俺は。」
ぼやいて、右手に握られたものに気付いた。
鋭い爪――強敵といえたビーバーが残したもの。亡骸も残さなかった強敵の、残滓。
なくさないよう、懐にしまいこむ。白い光――魂は無へと帰したが、墓は作ってやりたい。
ビーバーが瞳に宿した決意に対する、恭平なりの誠意。戦った者同士の結びつき。
「……どれぐらい、流された?」
水面を渡り、岩に取り付いて陸地に上がる。
荒れた岩肌にぽつぽつと緑が混ざる。平野が近い。すでに荒野を抜けつつある。
濡れた服を脱ぎ、水気を絞る。
濡れたままでは動きづらい。ズボンだけは身に着け、半裸での行軍とする。
衣類を風になびかせながら、荒野を渡る。
次第に緑と茶の比率が入れ替わる。砂地から平原へのターニングポイント。
次第に、爽やかな風に緑の匂いが混じる。
乾いた荒れ野とは大きな違い。
「……なんだ?」
草原を進む。その先に、人の影。
「きゃ~わいぃ~!きゃあわぃいぃ―――ッ!!」
耳に届く嬌声。男の声。三人の姿。
たくましい影――歩行雑草。人の形をした歩行植物。痩身に抱かれている。
痩身の影――歩行雑草を全力で抱きしめる男。
「だ、だぁめですぅー!ご主人様やめてくださいぃ!」
女、いや、少女の影――歩行雑草に抱き縋る痩身の男を引き剥がそうとしている。実らない努力。
「なんで歩行雑草なんですかぁ!?そんな可愛くないの抱きしめないでくださいぃッ!!」
悟られないよう、近づく。より鮮明な少女の悲鳴。
魔女のような衣装。威厳はない。
「ならばお前も抱きしめるッ!」
少女に対する、痩身の男の返答。歩行雑草を離し、もろ手を広げて少女を追う。
逃げる少女。追う男。さらに少女は逃げる。男が追う。
涙目の少女。喜色満面の男――高らかに歌いながら、その軽快な足裁き。
「いいぃぃやあぁぁーッ!!」
叫び声だけが虚しくこだまする。声が高まるたび、陶酔に男の頬が緩む。
「……む?」
男の表情が、引き締められた。視線が向けられる。ようやく、彼らにとっての第三者に気付いた。
「な、なんだなんだ!ひとの憩いの場を傍観するとは破廉恥極まりない行為だぞ!?」
男は憤慨し、自分の眉間に親指を強く押しつける。
「……礼儀知らずな奴め。このサバスが矯正してくれる……。」
恭平を指し示し、高らかに宣言する。
「ぇ?え!?えーッ!?わ、私は関係ないですからねーッ!!」
少女が慌てて退避する。木の陰。顔だけを覗かせて、おろおろとこちらをうかがう。
「……よくわからんが、かかる火の粉は振り払う。」
動作の大げさな男に油断なく視線を向けながら、恭平はゆっくりと短剣を引き抜いた。
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