血の染み付いた手帳
しがない傭兵が偽りの島で過ごした日々の記録
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(06/15)
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02091307 | [PR] |
12062322 | Day25 -雷襲- |
-0-
繁みを掻き分けて、二体のエンシェントレストは獲物を視認した。
二本足の肌色。かつて味わった、その肉の味が口中に蘇る。
エンシェントレストは知っている。肌色の皮膚が柔らかいことを。
その腹を爪で切り裂き、腹中に顔を突っ込んで食べる臓物の味を。
肌色が武器をかまえる。それは彼らにとっても脅威だ。
肌色には爪も牙もない。その代わりに、武器を使った。
脆弱な肌色だが、彼らが扱う武器は、エンシェントレストの強固な皮膚に傷をつけることもあった。
ご馳走を前にして、歯噛みをしながら、エンシェントレストは肌色を挟み込む。
戦略――二方向からの、同時挟撃。
避けることは容易くない。
そして、一度捕まえてしまえば、こちらのものだ。
腐臭じみた息を吐き出して、エンシェントレストたちはじりじりと獲物との距離を詰めた。
-1-
「面妖な……」
枝をがさがさと鳴らして姿をあらわした怪物の姿に、恭平はそう漏らした。
いままでに見た、どんな遺跡の怪物よりも奇異な、その姿。
爬虫類のようでもあり、鳥のようでもあり、獣のようでもある。
両の脚には鋭利な爪が一本ずつ見てとれた。
しなやかな肢体。
彼らが大きく跳躍をするのだと、自然のうちに判断する。
「……く」
動き出そうとして、足がずきりと痛んだ。
まだ、全身の傷は癒えていない。
度重なる戦闘での高速移動。その負荷により、靭帯が痛んでいた。
この戦いでは、使用できそうにもない。
それを相手に悟られないように、恭平は自然な動作で短剣を引き抜いた。
自然動物の勘は恐ろしく鋭い――弱みを見せれば、そこを突かれる。
怪物は二手に分かれて、円を描くように恭平の周囲を回る。
その意図――挟撃をしようという気配が、香られた。
タイミングを逃さないよう、怪物の肢体を観察し、その時に備える。
怪物の片割れが恭平の背後に立ち、完全な死角となった、その瞬間――
「ちぃッ……!!」
身体を投げ出して、恭平は前に跳んだ。
跳躍した怪物が攻撃に失敗し、空中で仲間と正面から激突する。
避けざまに放った恭平の投擲剣が、正面から飛び掛ってきた怪物の背に突き立った。
「……存外に、素早い」
避けていなければ、あの鋭利な爪でずたずたに引き裂かれていた。
地に落ちた怪物は、起き上がろうとまだもがいている。
その隙に、挟撃されないよう、大きな木立の前に立ち位置を定める。
「……来い」
起き上がった怪物たちが、燃える瞳で恭平を見た。
低く鳴いて、怪物たちは口から何かを吐きだした。
黒い煙――周囲を漂いながら、じょじょに空へと昇っていく。
ある程度の高さまで昇ると、それ以上は進まず、バチバチと稲妻を放って制止した。
「なん……」
轟音――木立を雷が貫いていた。恭平の言葉が、かき消される。
怪物の吐きだした黒雲が、恭平めがけて稲妻を放ち、それが木立を直撃したのだ。
半ばから断ち折れた木立は黒く焦げて、いまもなお煙をあげていた。
恭平の背に、戦慄が走る。
-2-
稲妻が大地を撃った。倒木に穴が穿たれて、火の手があがる。
肌色はまだ、逃げ回っていた。思った以上にしぶとい。
牙に付着した血の味が空腹をかきたてて、エンシェントレストに苛々を募らせる。
再び、雷雲が光を放った。
直後、稲妻が肌色に向かって放たれる。
だが、その時にはもう、肌色はその斜線上から身を引いていた。
完全に避けきれているわけではない。
しかし、致命傷を避けて、木の影に隠れるようにして逃げている。
次いで、別の雷雲からの一撃――
それにあわせて、エンシェントレストは尻尾を振り払い、枯れ木を肌色に向けて放った。
雷撃を避けることを優先させた肌色が、直撃を受けて、もんどりをうち地面を転がった。
-3-
枯れ木に全身を打ち据えられて、恭平は地面を転がった。
そのままの勢いで起き上がる。
怪物の急襲。
もしそのまま寝転んでいれば、首と胴体がおさらばになっていたところだ。
怪物の目を狙って短剣を放ち、横っ飛びに地面を転がって、木立の陰に身を隠した。
右目を潰された怪物は苦悶にのたうち、少ししてゆらゆらと立ち上がった。
恭平もまた、木に手をかけて立ち上がっている。
「……」
いつまでも、隠れていられるものでもない。
怪物の仕草――首を前に突き出して、周囲の臭いを嗅ぎ取っている。
獣の嗅覚は、人間の数十倍。ここが見つかるのも時間の問題だ。
まだ見つからないうちに、少しでも遠くへ――
恭平は木の陰から陰へと、移動を開始した。
その間に、身体を触診し、傷の具合を確かめる。
稲妻に撃たれた跡が数箇所、怪物の爪と牙に切り裂かれた箇所が数箇所。
足の具合はいまだ悪く、負担のかかる動作は即行動不能に繋がりかねない。
この状況下で足が止まれば、終わりだ。
相手は知恵も働く、遠距離から身動きがとれなくなるまでいたぶられることだろう。
周囲に気を配りながら前へ、移動速度は相手の方が上。
その気配はいまだ近くにあり、いつ出くわしてもおかしくはない。
「……ッ!!」
――頭上からの殺気。
前へ転げるようにして、恭平はその一撃を避けた。
黒雲を従えた怪物が爪を振りかざし、樹上から跳び降りてきたのだ。
避けきれずに爪に触れた右肩が避け、血が溢れている。
止血を試みる猶予もなく、恭平は怪物に向き直り距離をとった。
雷雲からも注意を離すことはできない。
さらに、木陰から姿をあらわす、怪物の姿。
その頭上には、ぴったりと後を追う、雷雲の影もあった。
「……ち」
形勢は一対二――いや、黒雲も含めれば、四。
絶望的な状況下。
道を模索して、恭平は頭を回転させる。
光と稲妻を放つ、黒雲の影。
そこに、一筋の光明がみえた。
-4-
ようやく、追いついたと思った獲物に、また逃げられた。
エンシェントレストたちが容易に潜れないような道ばかりを選んで逃げる肌色の後を、
二手に分かれることも忘れて、欲求のままに追いかける。
あまりに早く移動しすぎては、黒雲が離れてしまう恐れもあり、速度を出すこともできない。
誰に教えられたかは覚えていないが、彼らが黒雲を扱うには意思の集中が必要不可欠だった。
集中を欠けば、黒雲の動きも精度に欠けるものとなってしまう。
いまはただ、肌色を撃ち貫き、その臓腑を啜ることだけを考える。
稲光――そして、雷撃。
肌色を存在を感知した黒雲が、自動的に稲妻を目標に向けて放った。
その先を目指せば、そこに肌色がいる。
二体のエンシェントレストは、飢えた笑みを浮かべて、木立の中を駆け抜けた。
-5-
怪物が餌に引っかかったようだった。
思ったとおり、黒雲は恭平が近づくと雷撃を放ってきた。
使用者が相手を認識していようといまいと、関係がないらしい。
全自動の兵器――だからこそ、恐ろしい。
しかし、自動的であるからこそ、その動作は一定であり、
そこに付け入るべき隙があった。
放たれた雷撃を避けきることは難しく、すでに満身創痍だが。
このまま消耗戦を続けていては、いずれ自分がとって食われることは明らかだった。
――助かるには、ただ二つ。
相手を殲滅するか、追われないほどの距離を逃げるしかない。
現状の戦力では、相手を殲滅する前に自身が力尽きる恐れがあった。
戦いが成り立たないのであれば、その前に逃げてしまうしかない。
その準備は整っていた。
低い唸り声をあげて、二体の怪物が林の中から姿を現した。
見つかった。
そう、逃げるために、あえて見つかったのだ。
獲物を前にした狩人は、邪悪な笑みを浮かべる。――勝利を確信した者の、油断。
黒雲が、発光――
「……さよなら、だ」
まさにいま、雷撃を放とうとしている黒雲目掛けて、恭平は短剣を投げた。
真正面から、短剣が雷撃に激突する。
あたり一面を白く塗り替えるほどの、閃光――それに次いでおこる、轟音。
対象が完全に視界を失う時間は三分にも満たない。
次に立ち止まった時、その場から動けなくなることを覚悟して、恭平はその場から全力で逃げ出した。
繁みを掻き分けて、二体のエンシェントレストは獲物を視認した。
二本足の肌色。かつて味わった、その肉の味が口中に蘇る。
エンシェントレストは知っている。肌色の皮膚が柔らかいことを。
その腹を爪で切り裂き、腹中に顔を突っ込んで食べる臓物の味を。
肌色が武器をかまえる。それは彼らにとっても脅威だ。
肌色には爪も牙もない。その代わりに、武器を使った。
脆弱な肌色だが、彼らが扱う武器は、エンシェントレストの強固な皮膚に傷をつけることもあった。
ご馳走を前にして、歯噛みをしながら、エンシェントレストは肌色を挟み込む。
戦略――二方向からの、同時挟撃。
避けることは容易くない。
そして、一度捕まえてしまえば、こちらのものだ。
腐臭じみた息を吐き出して、エンシェントレストたちはじりじりと獲物との距離を詰めた。
-1-
「面妖な……」
枝をがさがさと鳴らして姿をあらわした怪物の姿に、恭平はそう漏らした。
いままでに見た、どんな遺跡の怪物よりも奇異な、その姿。
爬虫類のようでもあり、鳥のようでもあり、獣のようでもある。
両の脚には鋭利な爪が一本ずつ見てとれた。
しなやかな肢体。
彼らが大きく跳躍をするのだと、自然のうちに判断する。
「……く」
動き出そうとして、足がずきりと痛んだ。
まだ、全身の傷は癒えていない。
度重なる戦闘での高速移動。その負荷により、靭帯が痛んでいた。
この戦いでは、使用できそうにもない。
それを相手に悟られないように、恭平は自然な動作で短剣を引き抜いた。
自然動物の勘は恐ろしく鋭い――弱みを見せれば、そこを突かれる。
怪物は二手に分かれて、円を描くように恭平の周囲を回る。
その意図――挟撃をしようという気配が、香られた。
タイミングを逃さないよう、怪物の肢体を観察し、その時に備える。
怪物の片割れが恭平の背後に立ち、完全な死角となった、その瞬間――
「ちぃッ……!!」
身体を投げ出して、恭平は前に跳んだ。
跳躍した怪物が攻撃に失敗し、空中で仲間と正面から激突する。
避けざまに放った恭平の投擲剣が、正面から飛び掛ってきた怪物の背に突き立った。
「……存外に、素早い」
避けていなければ、あの鋭利な爪でずたずたに引き裂かれていた。
地に落ちた怪物は、起き上がろうとまだもがいている。
その隙に、挟撃されないよう、大きな木立の前に立ち位置を定める。
「……来い」
起き上がった怪物たちが、燃える瞳で恭平を見た。
低く鳴いて、怪物たちは口から何かを吐きだした。
黒い煙――周囲を漂いながら、じょじょに空へと昇っていく。
ある程度の高さまで昇ると、それ以上は進まず、バチバチと稲妻を放って制止した。
「なん……」
轟音――木立を雷が貫いていた。恭平の言葉が、かき消される。
怪物の吐きだした黒雲が、恭平めがけて稲妻を放ち、それが木立を直撃したのだ。
半ばから断ち折れた木立は黒く焦げて、いまもなお煙をあげていた。
恭平の背に、戦慄が走る。
-2-
稲妻が大地を撃った。倒木に穴が穿たれて、火の手があがる。
肌色はまだ、逃げ回っていた。思った以上にしぶとい。
牙に付着した血の味が空腹をかきたてて、エンシェントレストに苛々を募らせる。
再び、雷雲が光を放った。
直後、稲妻が肌色に向かって放たれる。
だが、その時にはもう、肌色はその斜線上から身を引いていた。
完全に避けきれているわけではない。
しかし、致命傷を避けて、木の影に隠れるようにして逃げている。
次いで、別の雷雲からの一撃――
それにあわせて、エンシェントレストは尻尾を振り払い、枯れ木を肌色に向けて放った。
雷撃を避けることを優先させた肌色が、直撃を受けて、もんどりをうち地面を転がった。
-3-
枯れ木に全身を打ち据えられて、恭平は地面を転がった。
そのままの勢いで起き上がる。
怪物の急襲。
もしそのまま寝転んでいれば、首と胴体がおさらばになっていたところだ。
怪物の目を狙って短剣を放ち、横っ飛びに地面を転がって、木立の陰に身を隠した。
右目を潰された怪物は苦悶にのたうち、少ししてゆらゆらと立ち上がった。
恭平もまた、木に手をかけて立ち上がっている。
「……」
いつまでも、隠れていられるものでもない。
怪物の仕草――首を前に突き出して、周囲の臭いを嗅ぎ取っている。
獣の嗅覚は、人間の数十倍。ここが見つかるのも時間の問題だ。
まだ見つからないうちに、少しでも遠くへ――
恭平は木の陰から陰へと、移動を開始した。
その間に、身体を触診し、傷の具合を確かめる。
稲妻に撃たれた跡が数箇所、怪物の爪と牙に切り裂かれた箇所が数箇所。
足の具合はいまだ悪く、負担のかかる動作は即行動不能に繋がりかねない。
この状況下で足が止まれば、終わりだ。
相手は知恵も働く、遠距離から身動きがとれなくなるまでいたぶられることだろう。
周囲に気を配りながら前へ、移動速度は相手の方が上。
その気配はいまだ近くにあり、いつ出くわしてもおかしくはない。
「……ッ!!」
――頭上からの殺気。
前へ転げるようにして、恭平はその一撃を避けた。
黒雲を従えた怪物が爪を振りかざし、樹上から跳び降りてきたのだ。
避けきれずに爪に触れた右肩が避け、血が溢れている。
止血を試みる猶予もなく、恭平は怪物に向き直り距離をとった。
雷雲からも注意を離すことはできない。
さらに、木陰から姿をあらわす、怪物の姿。
その頭上には、ぴったりと後を追う、雷雲の影もあった。
「……ち」
形勢は一対二――いや、黒雲も含めれば、四。
絶望的な状況下。
道を模索して、恭平は頭を回転させる。
光と稲妻を放つ、黒雲の影。
そこに、一筋の光明がみえた。
-4-
ようやく、追いついたと思った獲物に、また逃げられた。
エンシェントレストたちが容易に潜れないような道ばかりを選んで逃げる肌色の後を、
二手に分かれることも忘れて、欲求のままに追いかける。
あまりに早く移動しすぎては、黒雲が離れてしまう恐れもあり、速度を出すこともできない。
誰に教えられたかは覚えていないが、彼らが黒雲を扱うには意思の集中が必要不可欠だった。
集中を欠けば、黒雲の動きも精度に欠けるものとなってしまう。
いまはただ、肌色を撃ち貫き、その臓腑を啜ることだけを考える。
稲光――そして、雷撃。
肌色を存在を感知した黒雲が、自動的に稲妻を目標に向けて放った。
その先を目指せば、そこに肌色がいる。
二体のエンシェントレストは、飢えた笑みを浮かべて、木立の中を駆け抜けた。
-5-
怪物が餌に引っかかったようだった。
思ったとおり、黒雲は恭平が近づくと雷撃を放ってきた。
使用者が相手を認識していようといまいと、関係がないらしい。
全自動の兵器――だからこそ、恐ろしい。
しかし、自動的であるからこそ、その動作は一定であり、
そこに付け入るべき隙があった。
放たれた雷撃を避けきることは難しく、すでに満身創痍だが。
このまま消耗戦を続けていては、いずれ自分がとって食われることは明らかだった。
――助かるには、ただ二つ。
相手を殲滅するか、追われないほどの距離を逃げるしかない。
現状の戦力では、相手を殲滅する前に自身が力尽きる恐れがあった。
戦いが成り立たないのであれば、その前に逃げてしまうしかない。
その準備は整っていた。
低い唸り声をあげて、二体の怪物が林の中から姿を現した。
見つかった。
そう、逃げるために、あえて見つかったのだ。
獲物を前にした狩人は、邪悪な笑みを浮かべる。――勝利を確信した者の、油断。
黒雲が、発光――
「……さよなら、だ」
まさにいま、雷撃を放とうとしている黒雲目掛けて、恭平は短剣を投げた。
真正面から、短剣が雷撃に激突する。
あたり一面を白く塗り替えるほどの、閃光――それに次いでおこる、轟音。
対象が完全に視界を失う時間は三分にも満たない。
次に立ち止まった時、その場から動けなくなることを覚悟して、恭平はその場から全力で逃げ出した。
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