血の染み付いた手帳
しがない傭兵が偽りの島で過ごした日々の記録
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02091305 | [PR] |
10090105 | Day21 -渡河- |
-0-
満天の星空。澄み渡った偽りの空を仰ぐのは、氷の精が舞い踊る砂漠の夜だ。
傭兵は死の道を歩んでいる。それとして、生を受けた時から、ずっと。
彼が歩んできた道は、この砂漠の夜にも似て、冷たい。
それを苦に思ったことはない。
すがりついた腕を、けして離さなかった彼女が、同じくして歩んだ道だから。
風が吹く、どことなく紛い物じみた風。
ともすればここが遺跡の中であることを忘れそうになるが、全てに、違和感があった。
整列する星座の並びさえも、空に再現して見せている。
それは技術力の表れか、それとも、遺跡を創造した者の狂気の表れか。
――ここは、何の為に作られた。
空に投げかけられた問いかけに、答えるものはいない。
血に冷えた身体を、外套でより強く覆い隠して、恭平は砂漠を渡っていた。
身に着けた短剣のうち、三本が先の戦いで喪失している。
今頃は、遺跡に巣食う怪物の亡骸とともに、砂の底に眠っていることだろう。
先の戦いは、恭平に大きな損耗と、色濃い疲弊とを残していた。
巨大蟹の鋏は恭平の肌を裂き、虹色貝の息吹は恭平の肌を凍てつかせた。
傷はまだ癒えず、なかば凍傷に陥った左の指先はまだ動かないままだ。
早く治療しなければ、永遠に失いかねない。
もっとも、遺跡の外に戻れば、それさえも再生されるのだろう。
自分の想像に、恭平は顔をしかめた。
そんな、恭平のすぐ横に、少女が舞い降りたことに、恭平は気付かない。
――眠れば、楽になるわ。
少女――氷の精が空を泳いで、恭平の耳朶に囁きかけた。
零下の住人。冒険者を惑わせる存在として描かれる彼女たち。
それはけして間違いではない。
彼女達はなによりも、死を好んだ。その、より冷たく、より儚いものを。
消えかけた生命の灯火は、ダイヤモンドのように彼女達を惹きつける。
恭平の周囲を好んで舞うスノー・フラウたちの姿が、次第に数を増していた。
恭平が与えた死の残り香が、彼女達の嗅覚を刺激したのかもしれない。
――おいで、安らぎを、与えてあげる。
彼女達の声は、恭平には聞こえない。
しかし、その声は、心に直接、語りかけるのだ。
周囲の気温が急激に下がるのを、恭平は肌で感じ取っていた。
いくら冷える夜の砂漠とはいっても、異常な冷え込みようだった。
先ほどから、ちらりほらりと雪までが、舞っている。
しかし、恭平は立ち止まらない。
泰然とした足取りで、積もりつつある雪と、そこにある砂とを掻き分けて進む。
――ねぇ、一緒に、眠りましょう。
氷の娘達の一人が、その冷たい手で恭平の腕にそっと触れる。
外套と、その下に着込んだ野戦服をすり抜けて、傷だらけの恭平の肌へと。
凍傷を負った恭平の指先を愛おしそうに撫で、氷の掌で包み込む。
――ここは、とても、素晴らしいところなのよ。
別の一人が、恭平の首に手を回して、その頬に口付けをした。
数多の旅人を氷に閉ざしてきた口付けも、恭平の身体を止めるには至らない。
恭平の吐く息は白く、睫までもが凍り付いていたが。
吹雪の砂漠で、ただ前をじっと睨みつけながら、恭平は先を目指していた。
その心の奥底では、青白い炎が轟々と音をたてながら、燃えている。
――ツレナイ、人。
その言葉を境に、雪乙女達は抱擁をほどいていった。
氷精たちは一人、また一人と、恭平のそばを名残惜しそうに離れていく。
けして男が、自分たちのものにはならないのだと、気付いたのだ。
やがて、最後の一人が恭平の髪を撫で、離れて行った。
それと同時に、雪が吹き止み、夜の砂漠は本来の姿を取り戻す。
「……ここ、か。」
白い息を吐いて、恭平は呟いた。
晴れた視界の先に、鬱蒼と茂る密林。
そこは、砂漠の中に取り残されたオアシス。
強さに取り込まれ、道を誤った一匹の雄が、そこには居ると聞く。
頭からすっぽりと被っていた外套を脱ぎ、凍りついた髪の霜を払うと、恭平はその中へと立ち入っていった。
そう、伝説の眠る、太古の森の腕へと――。
-1-
「……ッ。」
思わず、声が漏れた。
木々の合間から流れ出す清流に手先を沈めて、凍傷に陥った指先をほぐしていく。
そこはすでに森の中。
死の砂漠とは一転して、森の中は生命の気に満ち満ちていた。
外が吹雪いていたとは思えないほどに森の中は暖かく、恭平は外套も脱ぎ去っていた。
肌はうっすらと汗ばんでいる。湿度も高く、空気の密度も濃い。
溶けた雪に濡れて体に張り付く上着も脱いで、それらを袋の中へとしまい込んだ。
「……?」
その動作の最中、恭平の瞳に不思議なものが映った。。
肌のいたるところに残る、霜焼けとなった跡。
それらが、大人になりきらない少女の手の平のような形をなしている。
たまさか、そのように映っただけか。
気を止めたのは一瞬だけ。
恭平は、常温の清水に浸した布切れで、全身を拭っていった。
背中や頬までも冷気にやられていたらしく、痛みとも痒みともとれない感覚がはしる。
手の平を開閉して、指先がある程度の感覚を取り戻したことを確認する。
短剣の柄を握り、それを抜き放ってみて、恭平はようやくその場を後にした。
夜目だけを頼りに、暗い森の中を進む。
あらゆる方角に、動物の気配を感じたが、彼らが恭平の前に姿を現すことはなかった。
下生えの草を踏みしめて、覆い茂る羊歯植物を短剣で切り払い、恭平は黙々と進んだ。
水の流れる落ちる音。
森を抜けると、そこには滝があり、なみなみとした水をたたえている。
「……こんな場所があったとは、な。」
どうやら、ここが砂漠と荒野との境目でもあるのだろう。
滝の先には渓谷が広がり、赤茶けた地肌が日の目を浴びていた。
ところどころには木々も生え、草一つ生えない砂漠とは一線を画した姿を晒している。
「……しかし。」
目当ての人物は、どこにいるのだろうか。
噂など当てにならないもの。ここに、伝説の某が滞在していると聞いたのだが。
「おいぃぃいぃぃぃぃぃ!!」
水のほとりで周囲を探る恭平の耳に、何者かのくぐもった叫び声が響いた。
咄嗟に振り向いた恭平の視線の先――。
「おめー、なにしてやがんだぁ!!」
それは、水の中から姿を現した――。
満天の星空。澄み渡った偽りの空を仰ぐのは、氷の精が舞い踊る砂漠の夜だ。
傭兵は死の道を歩んでいる。それとして、生を受けた時から、ずっと。
彼が歩んできた道は、この砂漠の夜にも似て、冷たい。
それを苦に思ったことはない。
すがりついた腕を、けして離さなかった彼女が、同じくして歩んだ道だから。
風が吹く、どことなく紛い物じみた風。
ともすればここが遺跡の中であることを忘れそうになるが、全てに、違和感があった。
整列する星座の並びさえも、空に再現して見せている。
それは技術力の表れか、それとも、遺跡を創造した者の狂気の表れか。
――ここは、何の為に作られた。
空に投げかけられた問いかけに、答えるものはいない。
血に冷えた身体を、外套でより強く覆い隠して、恭平は砂漠を渡っていた。
身に着けた短剣のうち、三本が先の戦いで喪失している。
今頃は、遺跡に巣食う怪物の亡骸とともに、砂の底に眠っていることだろう。
先の戦いは、恭平に大きな損耗と、色濃い疲弊とを残していた。
巨大蟹の鋏は恭平の肌を裂き、虹色貝の息吹は恭平の肌を凍てつかせた。
傷はまだ癒えず、なかば凍傷に陥った左の指先はまだ動かないままだ。
早く治療しなければ、永遠に失いかねない。
もっとも、遺跡の外に戻れば、それさえも再生されるのだろう。
自分の想像に、恭平は顔をしかめた。
そんな、恭平のすぐ横に、少女が舞い降りたことに、恭平は気付かない。
――眠れば、楽になるわ。
少女――氷の精が空を泳いで、恭平の耳朶に囁きかけた。
零下の住人。冒険者を惑わせる存在として描かれる彼女たち。
それはけして間違いではない。
彼女達はなによりも、死を好んだ。その、より冷たく、より儚いものを。
消えかけた生命の灯火は、ダイヤモンドのように彼女達を惹きつける。
恭平の周囲を好んで舞うスノー・フラウたちの姿が、次第に数を増していた。
恭平が与えた死の残り香が、彼女達の嗅覚を刺激したのかもしれない。
――おいで、安らぎを、与えてあげる。
彼女達の声は、恭平には聞こえない。
しかし、その声は、心に直接、語りかけるのだ。
周囲の気温が急激に下がるのを、恭平は肌で感じ取っていた。
いくら冷える夜の砂漠とはいっても、異常な冷え込みようだった。
先ほどから、ちらりほらりと雪までが、舞っている。
しかし、恭平は立ち止まらない。
泰然とした足取りで、積もりつつある雪と、そこにある砂とを掻き分けて進む。
――ねぇ、一緒に、眠りましょう。
氷の娘達の一人が、その冷たい手で恭平の腕にそっと触れる。
外套と、その下に着込んだ野戦服をすり抜けて、傷だらけの恭平の肌へと。
凍傷を負った恭平の指先を愛おしそうに撫で、氷の掌で包み込む。
――ここは、とても、素晴らしいところなのよ。
別の一人が、恭平の首に手を回して、その頬に口付けをした。
数多の旅人を氷に閉ざしてきた口付けも、恭平の身体を止めるには至らない。
恭平の吐く息は白く、睫までもが凍り付いていたが。
吹雪の砂漠で、ただ前をじっと睨みつけながら、恭平は先を目指していた。
その心の奥底では、青白い炎が轟々と音をたてながら、燃えている。
――ツレナイ、人。
その言葉を境に、雪乙女達は抱擁をほどいていった。
氷精たちは一人、また一人と、恭平のそばを名残惜しそうに離れていく。
けして男が、自分たちのものにはならないのだと、気付いたのだ。
やがて、最後の一人が恭平の髪を撫で、離れて行った。
それと同時に、雪が吹き止み、夜の砂漠は本来の姿を取り戻す。
「……ここ、か。」
白い息を吐いて、恭平は呟いた。
晴れた視界の先に、鬱蒼と茂る密林。
そこは、砂漠の中に取り残されたオアシス。
強さに取り込まれ、道を誤った一匹の雄が、そこには居ると聞く。
頭からすっぽりと被っていた外套を脱ぎ、凍りついた髪の霜を払うと、恭平はその中へと立ち入っていった。
そう、伝説の眠る、太古の森の腕へと――。
-1-
「……ッ。」
思わず、声が漏れた。
木々の合間から流れ出す清流に手先を沈めて、凍傷に陥った指先をほぐしていく。
そこはすでに森の中。
死の砂漠とは一転して、森の中は生命の気に満ち満ちていた。
外が吹雪いていたとは思えないほどに森の中は暖かく、恭平は外套も脱ぎ去っていた。
肌はうっすらと汗ばんでいる。湿度も高く、空気の密度も濃い。
溶けた雪に濡れて体に張り付く上着も脱いで、それらを袋の中へとしまい込んだ。
「……?」
その動作の最中、恭平の瞳に不思議なものが映った。。
肌のいたるところに残る、霜焼けとなった跡。
それらが、大人になりきらない少女の手の平のような形をなしている。
たまさか、そのように映っただけか。
気を止めたのは一瞬だけ。
恭平は、常温の清水に浸した布切れで、全身を拭っていった。
背中や頬までも冷気にやられていたらしく、痛みとも痒みともとれない感覚がはしる。
手の平を開閉して、指先がある程度の感覚を取り戻したことを確認する。
短剣の柄を握り、それを抜き放ってみて、恭平はようやくその場を後にした。
夜目だけを頼りに、暗い森の中を進む。
あらゆる方角に、動物の気配を感じたが、彼らが恭平の前に姿を現すことはなかった。
下生えの草を踏みしめて、覆い茂る羊歯植物を短剣で切り払い、恭平は黙々と進んだ。
水の流れる落ちる音。
森を抜けると、そこには滝があり、なみなみとした水をたたえている。
「……こんな場所があったとは、な。」
どうやら、ここが砂漠と荒野との境目でもあるのだろう。
滝の先には渓谷が広がり、赤茶けた地肌が日の目を浴びていた。
ところどころには木々も生え、草一つ生えない砂漠とは一線を画した姿を晒している。
「……しかし。」
目当ての人物は、どこにいるのだろうか。
噂など当てにならないもの。ここに、伝説の某が滞在していると聞いたのだが。
「おいぃぃいぃぃぃぃぃ!!」
水のほとりで周囲を探る恭平の耳に、何者かのくぐもった叫び声が響いた。
咄嗟に振り向いた恭平の視線の先――。
「おめー、なにしてやがんだぁ!!」
それは、水の中から姿を現した――。
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