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血の染み付いた手帳

しがない傭兵が偽りの島で過ごした日々の記録
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  • :02/09/13:05

10041209 Day18 -隠者-

   -0-

「……始めて、いいのか?」

 なにやら揉めている様子の兵士達に、恭平は問いかけた。

 派手な衣装を身に纏った隊長格の男は動かない。
 少し奥まった場所の壁に背をもたれかけ、興味深そうにこちらの伺っている。

 槍を手に、立ちはだかったのは男の部下であろう兵士達だ。
 全身から緊張を漂わせ、穂先を油断なく恭平に向けて距離を詰めてくる。

 あまり、練度は高くないようだ。

「ここを通すことはできません。」

 兵士の一人が言った。できることならば、この言葉で立ち去って欲しい。
 そういったニュアンスのこもった発言だ。

 しかし、それに従うことはできない。彼らが知っているであろう情報をいただくまでは。
 そして、隊長格の男の視線が物語っていた。

 僕達は、君の敵だよ――と。

「……悪いが、その男に用があるんだ。」

 兵士の肩越しに、男へと視線を投げやりながら恭平は答えた。

 視線を受けた男は気だるそうな表情を崩すこともなく、その瞳の奥だけでニヤニヤと笑ってみせる。
 それから、視線を外すと、手の平を振って兵士達に号令を下した。

「だぁぁ!!」

 そういった指示に慣れているのだろう、茶髪の兵士が槍を突き出して恭平に突撃した。

 直線的な攻撃を横の動きでかわして、恭平は先に立つ兵士に向かって走る。
 短剣は既に抜かれていた。右手に短剣を、左手には白銀のワイヤーを掴んでいる。

 正面に立つ黒髪が咄嗟に槍を突き出した。
 穂先を紙一重で見切り、恭平はさらに肉薄する。

「うわっ!」

 間合いに捉えた黒髪を、今まさに槍を繰り出そうとしていた青髪の兵士へと押しやった。
 仲間を傷つけそうになった青髪は慌てて槍を引く、

 天井の高い空間だったが、横にはさして広くもない回廊だ。
 兵士達の手にする槍の性能を十二分に引き出すには向かない。

 壁を蹴り、時には天井を伝い、ひたすらに動き続ける恭平を前に兵士達はかき乱されていた。

「このぉ!!」

 力任せに突き出された黒髪の槍。

「なんだ?!」

 それが、ピンと張り巡らされていたワイヤーを切断した。

 薄暗い回廊の床に、壁に、天井に、恭平が動き回りながらもワイヤーを張っていたことに兵士達は気付いていない。

「うわぁ!!」

 風切り音をあげて連鎖的に迸るワイヤーが兵士達を打った。
 肌が裂けて闇の中に鮮血が舞う。

「く、くそ……!」

 兵士達は反射的に顔を腕でかばっていた。その間に恭平は姿をくらましている。

 天井近くにあいた横穴に身を隠したのだ。
 男はその光景を安全な位置から一部始終見届けていたが、部下達に教えることはしなかった。

 フェアではないからではない。面倒だったからだ。
 ワイヤーの射程から逃れる為に、動かなければならなかった。部下達の不甲斐なさにため息をつく。

「……ど、どこに?」

 背中合わせに槍の防衛陣を組みながら、兵士達は周囲を見回した。

 薄明かりの中に浮かび上がるのは、ところどころ水に濡れて妖しく輝く石の壁。
 恭平の姿はない。

「……。」

 兵士の一人に向かって、恭平は石を投げつけた。

 一度、壁に跳ねた石は、あらぬ方向から茶髪の兵士の額を打つ。

「そこか!」

 額を押さえて蹲る茶髪の横で、青髪の兵士が槍を突き出した。

 その足がワイヤーに絡め取られ、青髪はスッ転ぶ。
 その青髪に引っ張られるようにして、さらなるワイヤーが兵士達の足に絡みついた。

「……。」

 その光景を見届けて、恭平は音もなく横穴から飛び降りた。
 闇に同化しながら、うろたえている兵士達に歩み寄る。

 手には黒塗りの短剣。身体能力を奪う毒を塗りこめてあった。

 もう一歩ほどで間合いに入るという距離で、兵士の一人がようやく鋼線の切断に成功した。
 兵士達が立ち上がるのを、たっぷり時間をかけて待ち、恭平は彼らに向かい合った。

「……続けるのか?」

 その言葉は、兵士達に向けられたものではない。
 退屈そうに、鼻歌など口ずさんでいる隊長格の男に向けられたものだ。

 その言葉にちらりと視線をこちらに向けて、男はまだ視線を外して作曲活動に戻った。

「……。」

 肩をすくめて、恭平は再び短剣を構える。

「だぁぁ!!」

 三人の兵士は同時に動いた。

 下段、中段、上段からの連続攻撃。よく訓練された動きだった。
 こんな時のために鍛錬に鍛錬を重ねていたのだろう。いままでで一番の動き。

 それらの交錯する一点を見極めて、恭平は体をさばいた。
 表皮を穂先が掠め、切り裂かれた肌から血が滲む。しかし、たいした傷ではない。

「……。」

 槍の一本を掴み、茶髪の兵士を引き寄せた。

「ぐあぁ!!」

 短剣を突き出し、その腹を抉る。臓器を避けて、痛みだけを与える刺し方だ。
 茶髪の兵士は苦悶の呻きをあげて、腹を押さえながら床に倒れこんだ。

「くそっ!!」

 倒された仲間を見て、青髪が怒りの雄たけびをあげた。

 槍を捨てて、素手で殴りかかってくる。
 恭平もまた短剣を茶髪の腹部に差し込んだままだった。

 突き出される拳をさばきながら、青髪の足を払う。
 掴まれた腕を支点に青髪の体が宙に浮いた。

「……お前は少し、眠ってろ。」

 その無防備な青髪の胸に握り締めた拳を鉄槌の形に振り下ろす。
 鈍い音をたてて、青髪の体が床に叩きつけられた。

 衝撃に意識を刈り取られた青髪は、ぐったりと動くこともできず荒い息をついている。

「……あと、一人。」

 予備の短剣を引き抜いて、恭平は黒髪に向き合った。
 激しい運動のため、全身の傷が開き血が衣類を濡らしている。

 昨日の戦いで負った傷が、まだ癒えていなかった。

「うわぁぁぁぁ!!」

 自分を奮い立てる為の声を上げて、黒髪は槍を手に恭平へと飛び込んだ。
 突き出された槍を短剣の背ではじき、次いで蹴り飛ばす。

 手からはじかれた槍が宙を舞い、隊長格の男のすぐ横の壁へ突き立った。

「やるじゃん」

 まだ震えるそれを見て、男は口笛を吹いた。

「くそっ!」

 得物を失った黒髪は、最後の手段にと拳を振りかざす。

「ぐうぅッ!!」

 それよりも早く、恭平の膝が黒髪の腹部に突き刺さった。
 最初に倒された茶髪のように、黒髪も腹部を押さえて横になる。

「……さて、話しを聞かせてもらおうか。」

 茶髪の兵士を、他の兵士の近くへと蹴り飛ばしながら、恭平は隊長格へと向き合った。

   -1-

 兵士を一掃されて、カリムは少し驚いた顔をした。

 二十分そこそこの戦闘。一人の男に彼の部下達は倒されていた。
 もう少しもつと思ったのだが、男の実力を計り損ねていたらしい。

 部下達は致命傷を負わされず、力なくカリムの前に横たわっている。
 一人だけ、腹部を刺し貫かれた兵士の出血がまずい具合だった。

 毒の作用からか、傷口が緊張し出血が収まりつつあるので大丈夫とは思えるが。

「おぉすごいすごい、結構いい具合じゃん。」

 壁を蹴って男の正面に立ち、先の道へと手を伸ばす。

 男の問いかけに答える気は毛頭ない。
 そんなに簡単に答えを教えては、面白くないから。

「行ってらっしゃいツワモノさん。」

 カリムは嫌な笑顔を浮かべた。
 本人はそれが最上の笑みだと思っているところが、なおさら性質が悪い。

 男を祝福するように道の先を指し示し、左の道だよ、と正しい道を教える。

「頑張って宝玉集めてきてねー?」

 その言葉を最後に、男に興味を失ったかのようにカリムは歩き始めた。
 倒れている兵士達に歩み寄り、その衣類の端を手に掴む。

 食い下がってくるかと思われた男だが、彼も疲れているらしい。
 最初から手負いであることは分かっていた。

 そんな状態の彼と戦ったところで、カリムにはなんの面白みもない。
 それに兵士達との戦いで、男の実力は良く分かっていた。

 つまらない相手だ。

 どうせなら、もう少し美味しそうに育ってからいただきたい。

「それじゃ、僕はこの辺で♪」

 荒い息をひた隠し平静を装っている傭兵の男を残し、
 兵士達を引きずりながら、カリムは軽いステップで逆方向へと戻っていった。
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10022323 Day20 -残影-

   -0-


 鍛錬を欠かすことはできない。
 そして、最も有効な鍛錬とは実戦だ。恭平は常々、そう思っている。

 戦場の風を肌で感じ、自分の力量を見極めてこそ、次に目指すところが見えてくる。
 何が足りていないか、自分の強みは何なのか、それを知らなくてはならない。

 だからこそ、恭平は戦いを求めていた。
 実戦の回数は限られている。冒険者を相手とした練習試合が必要だった。

 同様の考えを持つものは多く、この島のいたる場所にそんな冒険者の集まる場所が合った。
 遺跡へと続く山道の中腹にある、少し開けた森の広場もその一つだ。

 かつて何らかの建物があったのだろう、地面は綺麗にならされところどころから煉瓦が露出している。
 動きやすく、戦いやすい場所だった。

「……誰もいない、か。」

 恭平は戦いを求めてそこへやって来た。

 しかし、運の悪いことに誰もいないらしい。日に何度となく、誰かしらが訪れていると聞いたのだが。

「待とう……。」

 時間はたっぷりある。そのうちに誰かやってくるだろう。
 そう考えて、恭平は待つことにした。

 おあつらえ向きに、かつての建物の外壁が腰掛けるのに丁度いい高さとなって残っている。
 まだ時刻は昼過ぎ、人が本格的に行動を開始するのはこれからかもしれない。

「……。」

 風が吹いている。木々の擦れ合う音や、動物達の足音、鳥の囀りを聞きながら、恭平は時間を過ごしていた。
 どれぐらいたったのだろう。さほど、時間は経っていなかったかも知れない。

 何者かの気配が、近づきつつあった。

「……きたか。」

 足音は軽い。体重をまるで感じさせない。気配も希薄だ。
 だが、何か秘めたるものを感じる。

 それに、ここへ用があるような人間など冒険者以外にはいない。

 島の住民には忘れ去られたような場所なのだ。

「……誰か、いますか?」

 ほどなくして、姿を現したのは若い男だった。年の頃、二十代後半。
 年齢の割には老練さを臭わせる落ち着きをもっている。

 制服に身を包む様は整っており、挙動からは訓練された人間のそれが見受けられる。

 軍属か――。その外的要因から、恭平はそう判断した。
 見た目は人間。しかし、これだけ近くに立っているというのに人らしい気配がない。

 むしろ、シャルロットや以前戦った少女のように、この世にあらざる者に近しい。

 彼はすぐに恭平の存在に気付いたようだった。

「あなたも練習試合の方でしょうか?」

「……ああ。」

 男の問いかけに答えながら、恭平は立ち上がった。
 軽いストレッチで筋肉をほぐしながら、男へと歩み寄り向かい合う。

「僕はカルハ。準備は……よいみたいですね」

「……さっさと始めよう。恭平だ。」

 簡単な自己紹介を最後に、二人の男はバッと距離を置いた。

 場の空気が入れ替わり、周囲から動物達が逃げていく。

 そこは戦場と化した――。


   -1-

「よろしくお願いします!」

 声を張り上げ、カルハは相手の男を見た。

 軍属か、傭兵か。かつて、戦場で生きたカルハの良く知る人種を思わせる屈強な男。
 印象だけで判断するなら、手練のようだった。

 気を引き締めてかからなければ――。

「っとりあえず!!」

 自分の体の在り方を意識して、周囲との融和を高める。
 実体化を保ったまま存在を揺らがせることは難しいが、少しはコントロールが可能だ。

 相手の目には、突然、カルハの身体が揺らめきだしたかのように映るだろう。
 技術や魔術の類ではないため、そう簡単に看破できるものではない。

 続いて、気を集中させて身体の霊的な力を引き出しにかかる。
 現実の肉体を持たないカルハだが、実体化している間は物理法則に影響される。

 その実体を構成する零体を気で強化したのだ。
 これで、普段よりも激しい攻防に耐えられるはずだった。

 普段の練習どおりに、ここまでを瞬間でやってのける。

 あとは最後の総仕上げだ。

 強化によってバランスの崩れた自己を捉え、集中力を高めることで引き絞っていく。
 人としての輪郭が整い。カルハははっきりと実体化した。

 大地を強く踏みしめ、相手を見る。

「……いくぞ。」

 恭平が地面を蹴った。目を見張るような加速。

 慌ててカルハもその場を飛びのいた。

「……ついてこい。」

 恭平がさらに大地を蹴る。その強さに、土が弾け飛んだ。
 カルハの横を通り抜け、その前に立つ。

 速かった。およそ、カルハの知る中でも群を抜いて。

 単純な身体能力によるものではない。なんらかの技術がそこに介在しているのは明らかだ。
 自分自身が体得していない以上、それがなんであるかははっきりとしない。

 そういえば、仙人は一歩で千里を駆けると聞いたことがあるな。ふとそんな考えが脳裏に浮かんだ。

 狭い空間だが、恭平はそこを自由自在に動き回っていた。
 視線で追うのがやっとだ。下手に動き回るよりも、恭平の動きに合わせた方が得策かもしれない。

 恭平は一定の速度で動きながら、既に得物を抜き放っている。
 ときおり、その姿が霞んで見えるのはどうしてか。

 カルハは警戒心を強くしながら、拳を軽く握り締めた。


   -2-


「……こちらからいくぞ。」

 恭平の姿が掻き消えた。

 いや、煉瓦の床を蹴り、さらに石壁を蹴ったところまでは知覚できていた。
 ただカルハの身体が、その動きに反応ができなかっただけだ。

 まるで極限まで引き絞られた弓弦から放たれた矢のように、恭平は襲い掛かった。
 狙いは違わず、その手にした短剣はカルハの肩を貫いた。

 貫いたその手に感じた妙な感触に、恭平は一瞬外したのかと思ったが。
 短剣は確かにカルハの肉を貫いている。

 短剣からカルハの生命力と魔力とが、恭平の体へと吸い込まれていった。

 一瞬の消失感と、肩を焼く痛みとに顔をしかめながら、カルハは眼前の恭平を蹴り飛ばした。
 その一撃を空いた右腕でガードしながら、勢いは殺しきれず恭平は後ろに跳んだ。カルハの右肩から短剣が引き抜かれる。引き抜き様に振りぬかれた切っ先がカルハの頬に傷をつけた。

 確かにぱっくりと開いた傷口から血が流れないのを恭平ははっきりと見た。
 

 恭平が体勢を崩しているうちに追撃を仕掛けようとしてカルハは強引に踏み込んだ。

「くぅ……。」

 後ろ足で強く地面を蹴り、弧を描くように中空で蹴りを放つ。そのままの勢いで、反転し地面に着地した。ムーンサルトと呼ばれる大技だ。

 しかし、痛みから踏み込みが浅く、見切られてしまった。

 本来ならば顎を打ち抜き、その脳さえも揺さぶったであろう一撃だが。
 ほんの少し、恭平の顎を掠めるに止まっている。

「シッ」

 着地の瞬間が、逆にチャンスを与えてしまっていた。

 鋭い踏み込みと同時に、短剣が二度、つきこまれる。
 咄嗟に腕を前に出し、刃先を逸らすことに成功した。だが、短剣の刃はカルハの腕に傷を増やす。それとは別の、熱さがカルハの体に襲い掛かってきた。

 毒だ。短剣に塗り込められた毒が、カルハの体へと侵入しようとしている。

「え?!」

 体内に侵入した異物を取り除こうとして、カルハは軽度のパニックに襲われた。
 考えがまとまらず、いたずらに気力だけを消耗してしまう。

 落ち着こうとすればするほど、妙な焦燥感に駆られてしまった。

 咄嗟に、腕の先にあるであろう恭平の身体めがけて全力でぶつかっていった。
 重い衝撃。カルハの右肩は恭平の右胸に突き当たった。

 ヒュウ、と音を立てて恭平の肺から息が吐き出される。それだけの衝撃が恭平の胸元を襲ったのだ。

 無理やり息を吐き出されて、恭平も意識の集中を断ち切られた。
 
 お互いが喘ぐように息をしながら、攻撃の応酬を繰り返す。

 カルハが突き出した拳をはじき、恭平が短剣を繰り出すと、カルハがそれを蹴り上げた。
 宙を舞った短剣をカルハは掴み、恭平へと投擲する。飛来した短剣を指先で挟みとめ、再びその柄を恭平は握り締めた。

 恭平は握り締めた柄からワイヤーを引き放つ。

「……いくぞ。」

 銀糸が閃いた。編み上げられた鋼線の束が、カルハの身体に打ち付けられる。
 最も重く鋭い最初の一撃は、胸元から袈裟懸けに衣服を弾けさせ、その下の肌にも裂傷を残していった。

 恭平が短剣の柄を振るう。

 一度通り過ぎていったワイヤーが唸りを上げて再びカルハへと襲い掛かる。
 咄嗟に半身になったカルハの目の前をワイヤーは通り過ぎた。地面にぶつかって跳ね上がってきたワイヤーを同様にしてかわす。

 よくよく見れば避けることができないほどの技ではない。

 三度目の一撃も寸前でかわそうとカルハは動いた。

 その瞬間、恭平はワイヤーを操作してその軌道を捻じ曲げた。

「くっ。」

 より軌道が複雑になったワイヤーがカルハの周囲をうねり飛ぶ。

 その全てを回避することは不可能だった。

「流石です……!」

 全身を傷だらけにして、カルハはどうにかその包囲網から抜け出した。
 すでに恭平はワイヤーを柄の中に巻き取っている。

 負けじとカルハは恭平に襲い掛かった。


   -3-


「……うーむ、成仏しそう……。」

 すでに技を繰り出すほどの気力は残っていない。

 冗談交じりにカルハは目を細めながら、恭平を見た。
 相手も満身創痍だが、まだ何かを繰り出してきそうな予感がする。

 いつもならば、カルハとて戦闘中にある程度の気力を回復させることができるのだが。
 恭平から与えられた毒の為に、気が思うように体内を巡らずそれができずにいた。

 技を奪われた冒険者など、ただの力自慢でしかない。
 それを嫌というほど自覚させられている。

「単純な力なら、負けないはずなんだけどな。」

 呟いて、拳を開いて掌を前に構えた。

 恭平が大地を蹴った。すでに目は慣れたが、その速度は凄まじい。
 あっという間にカルハの前に到達する。恭平は短剣を振るった。

 まるで、魚を捌く料理人のように軽やかな動き。瞬間、三度も短剣は閃いた。

 それを真正面から打ち落として、合間を縫うようにカルハも一撃を繰り出した。
 移動力ではかなわずとも、手数でなら勝負ができるはずだった。

 互いに息も忘れて攻撃を繰り返す。

「……ハッ!」

 息を吐いて、恭平の一撃が放たれた。
 力のこもった鋭い一撃だ。

「……甘いです……ッ!!」

 それだけに、読みやすい一撃だった。
 砂の中の黄金が煌いているように、良い一撃であるだけに目立ってしまった。

 下からすくい上げるようにして腕の軌道をそらし、反対の肘を恭平の頭にたたきつけた。
 こめかみが裂け、噴出した血が恭平の顔を赤く染めあげる。

「……やるじゃないか。」

 視線を戻してカルハを見やりながら、恭平はニィッと笑みをうかべた。

 怖い。

 自分でやったことながら、相手の表情に怯えがはしった。

「……お返しだ。」

 隙を突いて、短剣の柄がカルハの頬に叩きつけられた。
 足が宙に浮き、地面へと体が叩きつけられる。全身が痺れるような一撃だった。

「……傷は浅くない。もう、それ以上。動くな。」

 短剣を鞘に収めて、顔の血を拭いながら恭平が言う。

 言われなくても、カルハは動けないのだが。もはや実体を維持することも難しい。

「ま、不味い、このままだと消え……。」

 保てなかった。言葉も最後まで発することができず、カルハの姿が溶けるように掻き消える。

「な……?」

 消えた対戦相手のいた辺りを見て、恭平は唖然とした。
 なるほど、気配が薄いわけだ。よもや、亡霊と戦っていたとは。

「……まったく、油断のならない島だ、な……。」

 苦笑して、血で固まった服を脱ぎ、恭平はその場を後にした。

 おそらく、まだそこらにいるであろうカルハに「またな。」と言い残して。

10022321 Day20 -砂漠-

   -0-


 青白い月の澄ました横顔を見上げながら、恭平はよく冷えたウォッカを喉に流し込んだ。
 冷凍庫で冷やされた北方の酒は、液体でも固体でもない不思議なとろみをたたえ、食道をするりと潜り抜けていく。

 その感触を楽しんでいると、瞬間、空腹に近い胃がカーッと熱くなった。

「……ふん」

 場所は屋根の上。ビュウビュウと吹き付ける風は冷たく、季節の変わり目を恭平に知らせている。
 ほんの少し前まで汗ばむような陽気だったというのに、舞台は夏から秋へと移り変わろうとしていた。

 南方に位置する偽りの島に四季があるというのが、どことなく不思議に思える。

 大勢の冒険者の流入によって雑多な慣習の持ち込まれたこの島は、いまひとつの祭りで盛り上がっていた。

 それを、誰が伝えたのか恭平は知らない。

 それは、彼の祖母にあたる女性の祖国で行われていた行事にもよく似ている。

 なんでも、月を見上げながら酒を飲み、団子を食むのだという。
 残念なことに、恭平の手元に団子はなかったが。

「……なるほど。風流なものだ……」


 時として、そのようなよしなしごとを楽しむのも悪くはない。
 都合のよいことに、譲り受けた酒が冷凍庫の中に冷やされたままであった。

 そうして、月を見ている。

 確かに、魅入るほどに美しい澄んだ月だった。
 先日の嵐の影響か、空もまた澄んでいる。月を見るには良い日だろう。

 今頃、この島に息づく冒険者の多くが、恭平と同じように空を見上げているのだろう。
 その証拠に、いつもは閉じられている家々の窓が今日は大きく開け放たれている。

 月を見て、町を見て、また月を見て、恭平は残りの酒を一気に流し込んだ。
 火酒とも称されるウォッカだが、一杯程度で酩酊するほど恭平は酒に弱くない。

 登っていた屋根の上を澱みなく歩き、天窓から室内へと戻った。

 そこは恭平が寝床としているアトリエの二階にあるさして広くもない部屋だ。
 必要最低限の設備と、前の借主が残したやたらと乙女趣味な家具で埋め尽くされている。

 居心地は悪くないのだから、眠れさえすればいい。
 そんな、恭平の無頓着さがよくなかったのだろう。

 女性らしさと無骨な空気とが入り混じり、すっかり妙な空間になってしまっていた。

 その中で恭平の荷物はといえば、ほんの片隅に申し訳程度に積まれているものだけだ。
 その多くは、この島の遺跡で手に入れた拾得物だった。

 テーブルの上には短剣が用途別に並べられ、諸々の道具がその脇に整頓されている。

 無駄に大きい丸石が漬物石よろしくチェストの上に転がされ、
 入り口に程近い床の上に魔法樹の欠片や腐りかけの丸太が無造作に積み上げられていた。

「……」

 それらを一瞥して、恭平は椅子に引っ掛けてあったジャケットを手に取り、袖を通す。
 この島に来てこのジャケットに袖を通すのは久々だ。

 夏場は出番のなかった装備も、これからは必要となってくるだろう。

 無骨なバックルで腰を締め、鞘を吊り下げて短剣を納めた。
 その鉈にも似た大振りな短剣は覆い茂る植物を断ち切り道を作るためにも使用する。

 比較的小ぶりな投擲剣は、外からは見えないよう各所に携帯した。

「……行くか」

 食料と水の詰まったナップサックに地図を押し込め、それを肩に担いだ。

 扉を開け、階段を下って通りに出る。
 日付はすでに変わっているが、酒宴に興じる冒険者たちが静まるにはまだ早い時間だ。

 通りに面した酒場からは、陽気な歌声や吟遊詩人の歌うサーガが漏れ聞こえていた。

 それらに背を向けるようにして、遺跡へと向かう道を進む。

 狭い路地を抜けて山道に入り、かつて男装の女や外道の僧侶と戦った階段を登り、
 少しばかりの時間をかけて遺跡の入り口に辿り着いた。

 島でも高い場所に位置する遺跡の入り口からは、街の灯り良く見えた。
 遠くに煌々と燃えている炎は、漁師たちの放つ漁火だろう。

「……次は、冬か」

 最後にもう一度、月をサッと見上げて、恭平は遺跡へと続く階段を下っていった。

 その先には、月にも似て妖しい輝きを放つ魔法陣がある。



   -1-


 砂漠には様々な顔がある。焦熱地獄と評するにふさわしい昼の顔。
 そして、死の砂漠と呼ぶべき夜の顔、と。

 ほんのわずかな樹種を除いて、ぺんぺん草も生えない砂の海は寒暖の差が激しい。

 ローブを頭からすっぽりと被り、吹き付ける砂に耐えながら恭平は足を進めていた。
 口の中で砂がじゃりじゃりと嫌な音をたてる。

 しかし、それを吐き出そうとすれば、より砂を含んでしまうことになるのだ。
 目と口元を隠しながら、風の向きに対抗するようにして進む。

 気温は零下。容赦ない冷気が、体温を奪おうと押し寄せる。

 いっぱしの術師が見れば、夜だけの天下を謳歌する氷の精たちが飛び交う光景でも見えるのだろうが、
 そのような技術も才能ももたない恭平にとってはただの自然現象だ。

 その為か、不思議と氷の精たちも恭平を避けて飛んだ。

 半端に彼女たちを見てしまった男たちが、寓話のように氷の口付けによって命を落としてしまうのだろう。

 恭平は静かに静かに歩を進める。不用意に砂漠の生き物を刺激しないためだ。

 砂漠の生き物たちは、気温の下がる夜を中心に活動する。
 寒さには耐えることができても、日中の高熱に耐えることのできるものは少ない。

 だから、彼らは日中を冷たい砂の下で過ごすのだ。
 表面は触れれば火傷を負うほどに熱せられる砂だが、その下層は意外なほどに涼しい。

 ここが通常の砂漠であるのならば、生き物の危険など自然の猛威に比べれば些細なものだったが、
 人を遥かに凌駕する巨大な生物が闊歩するこの遺跡では話しが別だ。

 いわゆる“砂走り”のように、地中から獲物を丸呑みにしてしまう地中生物が生息しているとも限らない。
 慎重になりすぎるということはないのだ。

 恭平が知る限りでも、蟹、ラクダ、クラゲ、貝と様々な怪物がここには息づいている。

 本来の住人は彼らであり、恭平は侵入者でしかない。

「……ちぃ」

 押し殺すようにして呼吸をしていた恭平が、砂地に入って初めて呻きを漏らした。

 シャラシャラと砂を鳴らす音。
 何かが砂を押しのけて、地上を目指す音だ。

 それが徐々に大きくなり、徐々に近づいてきている。

 その数、三つ。

 運悪く、彼らの寝床に踏み込んでしまったらしい。

 砂にかけられた僅かな荷重。それによって、獲物の到来を知ったのだろう。

「……」

 急ぎ口元を布で覆い、それを軽くしばることによって固定した。

 荷を放り、油断なく周囲を見渡しながら、指先は短剣の柄に触れさせる。

「……くる」

 布に遮られたくぐもった声をあげて、恭平は地面を蹴った。

 地面が崩れようとしている。

 砂を掻き分けて、恭平を取り囲むように3つの何かが姿を現そうとしていた。

10022320 Day19 -手記-

   -0-


 陽だまりのアトリエ。ガラス越しに差し込む太陽光で暖かに照らされたテラス席。
 籐編みの椅子に腰をかけて、男は本に視線を落としていた。

 ネイビーの色が濃いジーンズ。集中力を高めるためか、普段はかけないメガネをしている。
 普段着ではないホワイトシャツはパリッと洗濯され、石鹸の香りを漂わせていた。

 そこは戦場からは程遠い楽園に近い場所。
 ここに居るときは、戦場を忘れる。それが、彼女との約束だ。

 ガラス張りのテラスは温室にもなっていて、その周りを彩るように植栽がなされている。
 機械的ではない手作業の跡がうかがえ、それらを施した人間の愛情が伝わってくるかのようだ。

 赤青黄色の色彩豊かな花々、青々と茂った緑葉樹。
 作業はまだ途中であるらしく、腐葉土の袋が隅に高々と積まれているのはご愛嬌だろうか。

 ハラリとまた1ページを読み進め、男は泥のようなコーヒーを啜った。
 朝からこうしてずっと、本を読んでいる。

『――この本を読んでみてよ!!』

 ふっと、本を男に押し付けた少女の言葉が脳裏に蘇った。

 本はもともと、このアトリエにあったもの。興味をもたない男には発見できなかったものだ。
 彼女はそれを、掃除の最中に見つけたらしい。

 著者は女。男はその女のことを、何も知らない。
 ただ、少女はよく知る人物であるようだ。

 男がここに戻ってきたとき、彼女は懐かしむようにその本を読んでいた。
 椅子にチョコンと腰掛けて、ジッと本を読む姿は普段の印象とは違って面白いものだったが。

 その後、顔を真っ赤にした少女に本を押し付けられて、
 その言葉に逆らうこともできず、男は今の今まで本を読み続けていたのだ。

 シャワーを浴び、泥と汗と血に塗れた服を着替えることを優先させたが、それからずっと、だ。

 本の内容は、男に理解のできるものではなかった。

 一人の女の探索日誌とでもいうのか。
 文章は淡々としており、その著者を想像させるようなものではない。

 女性自身に関わらないこと。他の冒険者に関する一文には、温かみが感じられた。
 その中には、少女のことも記されている。

 かつて、このアトリエに集った者たちの思い出だ。
 それを覗き見ることは、申し訳のないことのように思え、男はその部分は読み飛ばした。

 遺跡でのできごと。戦い方。
 ところどころには女とも思えない内容が記載されている。

 まるで兵法書だな……。

 そういった箇所の詳細さに男は舌を巻いた。

 また1ページ、読み進める。

『瞬速料理技法に関する考察と挑戦』

 そのページの表題には、そう記されていた。

 男の目がハッと見開かれる。

 少女には感謝しなければならないのかもしれない。
 男が求めるもの、それが、そこにあった。

「……試してみる価値は、ありそうだ」

 そこで栞を挟み、男は本を閉じた。

 椅子から立ち上がり、空を眩しそうに見上げる。
 
 どうやら、忙しい一日になりそうであった。

10022319 Day18 -迅雷-