血の染み付いた手帳
しがない傭兵が偽りの島で過ごした日々の記録
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10041209 | Day18 -隠者- |
-0-
「……始めて、いいのか?」
なにやら揉めている様子の兵士達に、恭平は問いかけた。
派手な衣装を身に纏った隊長格の男は動かない。
少し奥まった場所の壁に背をもたれかけ、興味深そうにこちらの伺っている。
槍を手に、立ちはだかったのは男の部下であろう兵士達だ。
全身から緊張を漂わせ、穂先を油断なく恭平に向けて距離を詰めてくる。
あまり、練度は高くないようだ。
「ここを通すことはできません。」
兵士の一人が言った。できることならば、この言葉で立ち去って欲しい。
そういったニュアンスのこもった発言だ。
しかし、それに従うことはできない。彼らが知っているであろう情報をいただくまでは。
そして、隊長格の男の視線が物語っていた。
僕達は、君の敵だよ――と。
「……悪いが、その男に用があるんだ。」
兵士の肩越しに、男へと視線を投げやりながら恭平は答えた。
視線を受けた男は気だるそうな表情を崩すこともなく、その瞳の奥だけでニヤニヤと笑ってみせる。
それから、視線を外すと、手の平を振って兵士達に号令を下した。
「だぁぁ!!」
そういった指示に慣れているのだろう、茶髪の兵士が槍を突き出して恭平に突撃した。
直線的な攻撃を横の動きでかわして、恭平は先に立つ兵士に向かって走る。
短剣は既に抜かれていた。右手に短剣を、左手には白銀のワイヤーを掴んでいる。
正面に立つ黒髪が咄嗟に槍を突き出した。
穂先を紙一重で見切り、恭平はさらに肉薄する。
「うわっ!」
間合いに捉えた黒髪を、今まさに槍を繰り出そうとしていた青髪の兵士へと押しやった。
仲間を傷つけそうになった青髪は慌てて槍を引く、
天井の高い空間だったが、横にはさして広くもない回廊だ。
兵士達の手にする槍の性能を十二分に引き出すには向かない。
壁を蹴り、時には天井を伝い、ひたすらに動き続ける恭平を前に兵士達はかき乱されていた。
「このぉ!!」
力任せに突き出された黒髪の槍。
「なんだ?!」
それが、ピンと張り巡らされていたワイヤーを切断した。
薄暗い回廊の床に、壁に、天井に、恭平が動き回りながらもワイヤーを張っていたことに兵士達は気付いていない。
「うわぁ!!」
風切り音をあげて連鎖的に迸るワイヤーが兵士達を打った。
肌が裂けて闇の中に鮮血が舞う。
「く、くそ……!」
兵士達は反射的に顔を腕でかばっていた。その間に恭平は姿をくらましている。
天井近くにあいた横穴に身を隠したのだ。
男はその光景を安全な位置から一部始終見届けていたが、部下達に教えることはしなかった。
フェアではないからではない。面倒だったからだ。
ワイヤーの射程から逃れる為に、動かなければならなかった。部下達の不甲斐なさにため息をつく。
「……ど、どこに?」
背中合わせに槍の防衛陣を組みながら、兵士達は周囲を見回した。
薄明かりの中に浮かび上がるのは、ところどころ水に濡れて妖しく輝く石の壁。
恭平の姿はない。
「……。」
兵士の一人に向かって、恭平は石を投げつけた。
一度、壁に跳ねた石は、あらぬ方向から茶髪の兵士の額を打つ。
「そこか!」
額を押さえて蹲る茶髪の横で、青髪の兵士が槍を突き出した。
その足がワイヤーに絡め取られ、青髪はスッ転ぶ。
その青髪に引っ張られるようにして、さらなるワイヤーが兵士達の足に絡みついた。
「……。」
その光景を見届けて、恭平は音もなく横穴から飛び降りた。
闇に同化しながら、うろたえている兵士達に歩み寄る。
手には黒塗りの短剣。身体能力を奪う毒を塗りこめてあった。
もう一歩ほどで間合いに入るという距離で、兵士の一人がようやく鋼線の切断に成功した。
兵士達が立ち上がるのを、たっぷり時間をかけて待ち、恭平は彼らに向かい合った。
「……続けるのか?」
その言葉は、兵士達に向けられたものではない。
退屈そうに、鼻歌など口ずさんでいる隊長格の男に向けられたものだ。
その言葉にちらりと視線をこちらに向けて、男はまだ視線を外して作曲活動に戻った。
「……。」
肩をすくめて、恭平は再び短剣を構える。
「だぁぁ!!」
三人の兵士は同時に動いた。
下段、中段、上段からの連続攻撃。よく訓練された動きだった。
こんな時のために鍛錬に鍛錬を重ねていたのだろう。いままでで一番の動き。
それらの交錯する一点を見極めて、恭平は体をさばいた。
表皮を穂先が掠め、切り裂かれた肌から血が滲む。しかし、たいした傷ではない。
「……。」
槍の一本を掴み、茶髪の兵士を引き寄せた。
「ぐあぁ!!」
短剣を突き出し、その腹を抉る。臓器を避けて、痛みだけを与える刺し方だ。
茶髪の兵士は苦悶の呻きをあげて、腹を押さえながら床に倒れこんだ。
「くそっ!!」
倒された仲間を見て、青髪が怒りの雄たけびをあげた。
槍を捨てて、素手で殴りかかってくる。
恭平もまた短剣を茶髪の腹部に差し込んだままだった。
突き出される拳をさばきながら、青髪の足を払う。
掴まれた腕を支点に青髪の体が宙に浮いた。
「……お前は少し、眠ってろ。」
その無防備な青髪の胸に握り締めた拳を鉄槌の形に振り下ろす。
鈍い音をたてて、青髪の体が床に叩きつけられた。
衝撃に意識を刈り取られた青髪は、ぐったりと動くこともできず荒い息をついている。
「……あと、一人。」
予備の短剣を引き抜いて、恭平は黒髪に向き合った。
激しい運動のため、全身の傷が開き血が衣類を濡らしている。
昨日の戦いで負った傷が、まだ癒えていなかった。
「うわぁぁぁぁ!!」
自分を奮い立てる為の声を上げて、黒髪は槍を手に恭平へと飛び込んだ。
突き出された槍を短剣の背ではじき、次いで蹴り飛ばす。
手からはじかれた槍が宙を舞い、隊長格の男のすぐ横の壁へ突き立った。
「やるじゃん」
まだ震えるそれを見て、男は口笛を吹いた。
「くそっ!」
得物を失った黒髪は、最後の手段にと拳を振りかざす。
「ぐうぅッ!!」
それよりも早く、恭平の膝が黒髪の腹部に突き刺さった。
最初に倒された茶髪のように、黒髪も腹部を押さえて横になる。
「……さて、話しを聞かせてもらおうか。」
茶髪の兵士を、他の兵士の近くへと蹴り飛ばしながら、恭平は隊長格へと向き合った。
-1-
兵士を一掃されて、カリムは少し驚いた顔をした。
二十分そこそこの戦闘。一人の男に彼の部下達は倒されていた。
もう少しもつと思ったのだが、男の実力を計り損ねていたらしい。
部下達は致命傷を負わされず、力なくカリムの前に横たわっている。
一人だけ、腹部を刺し貫かれた兵士の出血がまずい具合だった。
毒の作用からか、傷口が緊張し出血が収まりつつあるので大丈夫とは思えるが。
「おぉすごいすごい、結構いい具合じゃん。」
壁を蹴って男の正面に立ち、先の道へと手を伸ばす。
男の問いかけに答える気は毛頭ない。
そんなに簡単に答えを教えては、面白くないから。
「行ってらっしゃいツワモノさん。」
カリムは嫌な笑顔を浮かべた。
本人はそれが最上の笑みだと思っているところが、なおさら性質が悪い。
男を祝福するように道の先を指し示し、左の道だよ、と正しい道を教える。
「頑張って宝玉集めてきてねー?」
その言葉を最後に、男に興味を失ったかのようにカリムは歩き始めた。
倒れている兵士達に歩み寄り、その衣類の端を手に掴む。
食い下がってくるかと思われた男だが、彼も疲れているらしい。
最初から手負いであることは分かっていた。
そんな状態の彼と戦ったところで、カリムにはなんの面白みもない。
それに兵士達との戦いで、男の実力は良く分かっていた。
つまらない相手だ。
どうせなら、もう少し美味しそうに育ってからいただきたい。
「それじゃ、僕はこの辺で♪」
荒い息をひた隠し平静を装っている傭兵の男を残し、
兵士達を引きずりながら、カリムは軽いステップで逆方向へと戻っていった。
「……始めて、いいのか?」
なにやら揉めている様子の兵士達に、恭平は問いかけた。
派手な衣装を身に纏った隊長格の男は動かない。
少し奥まった場所の壁に背をもたれかけ、興味深そうにこちらの伺っている。
槍を手に、立ちはだかったのは男の部下であろう兵士達だ。
全身から緊張を漂わせ、穂先を油断なく恭平に向けて距離を詰めてくる。
あまり、練度は高くないようだ。
「ここを通すことはできません。」
兵士の一人が言った。できることならば、この言葉で立ち去って欲しい。
そういったニュアンスのこもった発言だ。
しかし、それに従うことはできない。彼らが知っているであろう情報をいただくまでは。
そして、隊長格の男の視線が物語っていた。
僕達は、君の敵だよ――と。
「……悪いが、その男に用があるんだ。」
兵士の肩越しに、男へと視線を投げやりながら恭平は答えた。
視線を受けた男は気だるそうな表情を崩すこともなく、その瞳の奥だけでニヤニヤと笑ってみせる。
それから、視線を外すと、手の平を振って兵士達に号令を下した。
「だぁぁ!!」
そういった指示に慣れているのだろう、茶髪の兵士が槍を突き出して恭平に突撃した。
直線的な攻撃を横の動きでかわして、恭平は先に立つ兵士に向かって走る。
短剣は既に抜かれていた。右手に短剣を、左手には白銀のワイヤーを掴んでいる。
正面に立つ黒髪が咄嗟に槍を突き出した。
穂先を紙一重で見切り、恭平はさらに肉薄する。
「うわっ!」
間合いに捉えた黒髪を、今まさに槍を繰り出そうとしていた青髪の兵士へと押しやった。
仲間を傷つけそうになった青髪は慌てて槍を引く、
天井の高い空間だったが、横にはさして広くもない回廊だ。
兵士達の手にする槍の性能を十二分に引き出すには向かない。
壁を蹴り、時には天井を伝い、ひたすらに動き続ける恭平を前に兵士達はかき乱されていた。
「このぉ!!」
力任せに突き出された黒髪の槍。
「なんだ?!」
それが、ピンと張り巡らされていたワイヤーを切断した。
薄暗い回廊の床に、壁に、天井に、恭平が動き回りながらもワイヤーを張っていたことに兵士達は気付いていない。
「うわぁ!!」
風切り音をあげて連鎖的に迸るワイヤーが兵士達を打った。
肌が裂けて闇の中に鮮血が舞う。
「く、くそ……!」
兵士達は反射的に顔を腕でかばっていた。その間に恭平は姿をくらましている。
天井近くにあいた横穴に身を隠したのだ。
男はその光景を安全な位置から一部始終見届けていたが、部下達に教えることはしなかった。
フェアではないからではない。面倒だったからだ。
ワイヤーの射程から逃れる為に、動かなければならなかった。部下達の不甲斐なさにため息をつく。
「……ど、どこに?」
背中合わせに槍の防衛陣を組みながら、兵士達は周囲を見回した。
薄明かりの中に浮かび上がるのは、ところどころ水に濡れて妖しく輝く石の壁。
恭平の姿はない。
「……。」
兵士の一人に向かって、恭平は石を投げつけた。
一度、壁に跳ねた石は、あらぬ方向から茶髪の兵士の額を打つ。
「そこか!」
額を押さえて蹲る茶髪の横で、青髪の兵士が槍を突き出した。
その足がワイヤーに絡め取られ、青髪はスッ転ぶ。
その青髪に引っ張られるようにして、さらなるワイヤーが兵士達の足に絡みついた。
「……。」
その光景を見届けて、恭平は音もなく横穴から飛び降りた。
闇に同化しながら、うろたえている兵士達に歩み寄る。
手には黒塗りの短剣。身体能力を奪う毒を塗りこめてあった。
もう一歩ほどで間合いに入るという距離で、兵士の一人がようやく鋼線の切断に成功した。
兵士達が立ち上がるのを、たっぷり時間をかけて待ち、恭平は彼らに向かい合った。
「……続けるのか?」
その言葉は、兵士達に向けられたものではない。
退屈そうに、鼻歌など口ずさんでいる隊長格の男に向けられたものだ。
その言葉にちらりと視線をこちらに向けて、男はまだ視線を外して作曲活動に戻った。
「……。」
肩をすくめて、恭平は再び短剣を構える。
「だぁぁ!!」
三人の兵士は同時に動いた。
下段、中段、上段からの連続攻撃。よく訓練された動きだった。
こんな時のために鍛錬に鍛錬を重ねていたのだろう。いままでで一番の動き。
それらの交錯する一点を見極めて、恭平は体をさばいた。
表皮を穂先が掠め、切り裂かれた肌から血が滲む。しかし、たいした傷ではない。
「……。」
槍の一本を掴み、茶髪の兵士を引き寄せた。
「ぐあぁ!!」
短剣を突き出し、その腹を抉る。臓器を避けて、痛みだけを与える刺し方だ。
茶髪の兵士は苦悶の呻きをあげて、腹を押さえながら床に倒れこんだ。
「くそっ!!」
倒された仲間を見て、青髪が怒りの雄たけびをあげた。
槍を捨てて、素手で殴りかかってくる。
恭平もまた短剣を茶髪の腹部に差し込んだままだった。
突き出される拳をさばきながら、青髪の足を払う。
掴まれた腕を支点に青髪の体が宙に浮いた。
「……お前は少し、眠ってろ。」
その無防備な青髪の胸に握り締めた拳を鉄槌の形に振り下ろす。
鈍い音をたてて、青髪の体が床に叩きつけられた。
衝撃に意識を刈り取られた青髪は、ぐったりと動くこともできず荒い息をついている。
「……あと、一人。」
予備の短剣を引き抜いて、恭平は黒髪に向き合った。
激しい運動のため、全身の傷が開き血が衣類を濡らしている。
昨日の戦いで負った傷が、まだ癒えていなかった。
「うわぁぁぁぁ!!」
自分を奮い立てる為の声を上げて、黒髪は槍を手に恭平へと飛び込んだ。
突き出された槍を短剣の背ではじき、次いで蹴り飛ばす。
手からはじかれた槍が宙を舞い、隊長格の男のすぐ横の壁へ突き立った。
「やるじゃん」
まだ震えるそれを見て、男は口笛を吹いた。
「くそっ!」
得物を失った黒髪は、最後の手段にと拳を振りかざす。
「ぐうぅッ!!」
それよりも早く、恭平の膝が黒髪の腹部に突き刺さった。
最初に倒された茶髪のように、黒髪も腹部を押さえて横になる。
「……さて、話しを聞かせてもらおうか。」
茶髪の兵士を、他の兵士の近くへと蹴り飛ばしながら、恭平は隊長格へと向き合った。
-1-
兵士を一掃されて、カリムは少し驚いた顔をした。
二十分そこそこの戦闘。一人の男に彼の部下達は倒されていた。
もう少しもつと思ったのだが、男の実力を計り損ねていたらしい。
部下達は致命傷を負わされず、力なくカリムの前に横たわっている。
一人だけ、腹部を刺し貫かれた兵士の出血がまずい具合だった。
毒の作用からか、傷口が緊張し出血が収まりつつあるので大丈夫とは思えるが。
「おぉすごいすごい、結構いい具合じゃん。」
壁を蹴って男の正面に立ち、先の道へと手を伸ばす。
男の問いかけに答える気は毛頭ない。
そんなに簡単に答えを教えては、面白くないから。
「行ってらっしゃいツワモノさん。」
カリムは嫌な笑顔を浮かべた。
本人はそれが最上の笑みだと思っているところが、なおさら性質が悪い。
男を祝福するように道の先を指し示し、左の道だよ、と正しい道を教える。
「頑張って宝玉集めてきてねー?」
その言葉を最後に、男に興味を失ったかのようにカリムは歩き始めた。
倒れている兵士達に歩み寄り、その衣類の端を手に掴む。
食い下がってくるかと思われた男だが、彼も疲れているらしい。
最初から手負いであることは分かっていた。
そんな状態の彼と戦ったところで、カリムにはなんの面白みもない。
それに兵士達との戦いで、男の実力は良く分かっていた。
つまらない相手だ。
どうせなら、もう少し美味しそうに育ってからいただきたい。
「それじゃ、僕はこの辺で♪」
荒い息をひた隠し平静を装っている傭兵の男を残し、
兵士達を引きずりながら、カリムは軽いステップで逆方向へと戻っていった。
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