血の染み付いた手帳
しがない傭兵が偽りの島で過ごした日々の記録
(11/09)
(10/18)
(07/16)
(06/15)
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02040502 | [PR] |
09030054 | Day11 -墓所- |
-0-
鳴尾恭平は考える。この先のことを、任務の遂行を。
島に来て10日が過ぎ、11日目の朝を迎えていた。いまだ、ひと月にも満たない短い時間だ。
彼が過ごしてきた戦場は、時に長く、時に短かった。こんかいはどちらだろう。
どうも、長くなりそうな気がする。
奇怪な化け物や、死に損ない、その他の冒険者との戦いから、受けた損害は大きかった。
当初の予定に比べ、島の探索はまったく進んでいない。
ひとつの利点として、他の冒険者の探索記録が手に入ることはありがたかった。
それによって恭平一人では成し遂げられない広範囲の探索が可能となっている。
しかし、彼のターゲットに関する情報はまったくあがってきていない。
(もしや、冒険者の中に紛れ込んでいるのか……。)
しかし、それはありえない話しだった。
全ての冒険者にはおおまかな来歴が記され、そこに嘘をつくことはできない。
例え言葉巧みに隠そうとも、なんらかの形で暴かれてしまうのだ。
恭平自身のデータには、彼が傭兵であることが明記されている。
遺跡の中でショウタイと名乗る一隊と交戦した記録はあるものの、
それらがゲリラと関係あるかどうかは、以前、未知のままだった。
「……。」
冒険者の痕跡――足跡、夜営の跡、そのほか人間の営みが残していく全てを、
注意深くその両目にとどめながら、恭平は平原を悠々と歩いている。
誘っているのだ。
姿を見せているからといって、野生の動物は襲ってくるものではない。
彼らのテリトリーに侵入するか、よほどこちらが敵意を見せない限り安全だ。
遺跡の中にはその例外。侵入者とあれば即座に襲い掛かってくる生き物や、生者を渇望する死者が巣食っている。
しかし、比較的危険なそれらが潜むのは、薄暗い回廊や、闇に沈んだ森の中だ。
島に来て学んだことのひとつとして、草原や林に潜む獣は、大きさがかなり異なる以外、島外のものと大差ない。
刺激しない限り危険はないといっていいだろう。
他の冒険者――できることならば、性質の悪い人間を誘い込めれば言うことはないのだが。
そんな時ばかり、人の気配というものは近くに感じないものだ。
歩いて、歩いて、ただ歩いて。
長く続く丘陵地帯を横切りながら、恭平は遠くを見やった。
前方には広大な森が広がっている。
ときおり、木々の合間に輝く青白い炎は、森に巣食う亡霊の魂が燃える色だ。
ずいぶんと身体は軽くなったものの、まだ本調子には程遠い。奴らと渡り合えるのはいつの日か。
森林の迂回路を計算に入れながら、恭平はただ静々と歩き続けた。
-1-
平原と森林の境界線を注意深く歩く。少しでも森の中に入り込めば、生命の匂いを嗅ぎ付けた死者が集ってくるだろう。
どうも、シャルロットという死に損ないと戦ってからというもの、以前にも増してそういう存在を引き付けやすくなったように感じられた。
それは、昨夜の夜営のときのことだ。
中空に棚引く青白い輝きがあった。それはただ、ゆらゆらと揺らめいていて、恭平を見下ろすように明滅を繰り返している。
ただそれだけならば害はない。しかし、そいつからは明確な悪意が感じられた。
渇望。
死を迎えることもできず、現世に縛り付けられた魂は恨めしそうに恭平を見下ろしているだけだ。
生命への飢え、失った肉体への渇望がそこにはある。
しかし、その焔はただ誘蛾灯に誘われる哀れな蛾のように、恭平の放つ生命の輝きに誘われただけであった。
襲い掛かってこなかったのは不思議だが、いかに上質な餌が眼前にあろうと闇雲に飛び掛ることもできないのであろう。
死者には、死者のルールがある。
ときおり、木々の合間を鬼火がゆらりと移動する光景が見られたが、
彼らはけっして森の中から這い出てくることはかなわないのだ。
いま、恭平が歩く境界線は、真実、その境である。
「……抜けたか。」
森林との隣接地帯を突破すれば、再びなだらかな平原に出る。
すでに日は傾き、一日が終わろうとしているが、森の近場に比べればはるかに安全だろう。
夜に広がりを見せる闇の領域は、死者たちの活動範囲をも広げるのだ。
しかし、このあたりに死臭はしなかった。
「む……?」
小奇麗な泉を見つけて、小休止をとろうとしていた恭平を射抜く二つの眼光があった。
泉の反対側、彼も水を飲みにきていたのだろう。
鋭い相貌が恭平を睨みつけている。
敵と見受けたのだろうか、その武器を手に彼は慎重そうに泉を迂回して恭平へと近寄ってきた。
泉では他の動物たちが我冠せずと、水を飲んでいる。
「……ずいぶん、老いているようだな。」
それは、一匹の老狼だった。けして、吠え立てることもなく。
ただ油断なく歩みながら、老狼は恭平への距離を詰めている。
「……おまえ。」
近づいて初めて気付く、ずいぶんと痩せた狼だった。
眼光だけがざわめいた輝きを見せ、恭平を見据えている。
群れからはぐれたのだろうか。それとも群れのリーダーとしての戦いに敗れたのか。
「そうか――死に場所を、求めているんだな……。」
老兵はただ去り逝くのみ――。
恭平の言葉に応じるかのごとく、老狼は走り出した。生涯最後となるかもしれない、相手の下へ。
二人の野獣が、激突する。
鳴尾恭平は考える。この先のことを、任務の遂行を。
島に来て10日が過ぎ、11日目の朝を迎えていた。いまだ、ひと月にも満たない短い時間だ。
彼が過ごしてきた戦場は、時に長く、時に短かった。こんかいはどちらだろう。
どうも、長くなりそうな気がする。
奇怪な化け物や、死に損ない、その他の冒険者との戦いから、受けた損害は大きかった。
当初の予定に比べ、島の探索はまったく進んでいない。
ひとつの利点として、他の冒険者の探索記録が手に入ることはありがたかった。
それによって恭平一人では成し遂げられない広範囲の探索が可能となっている。
しかし、彼のターゲットに関する情報はまったくあがってきていない。
(もしや、冒険者の中に紛れ込んでいるのか……。)
しかし、それはありえない話しだった。
全ての冒険者にはおおまかな来歴が記され、そこに嘘をつくことはできない。
例え言葉巧みに隠そうとも、なんらかの形で暴かれてしまうのだ。
恭平自身のデータには、彼が傭兵であることが明記されている。
遺跡の中でショウタイと名乗る一隊と交戦した記録はあるものの、
それらがゲリラと関係あるかどうかは、以前、未知のままだった。
「……。」
冒険者の痕跡――足跡、夜営の跡、そのほか人間の営みが残していく全てを、
注意深くその両目にとどめながら、恭平は平原を悠々と歩いている。
誘っているのだ。
姿を見せているからといって、野生の動物は襲ってくるものではない。
彼らのテリトリーに侵入するか、よほどこちらが敵意を見せない限り安全だ。
遺跡の中にはその例外。侵入者とあれば即座に襲い掛かってくる生き物や、生者を渇望する死者が巣食っている。
しかし、比較的危険なそれらが潜むのは、薄暗い回廊や、闇に沈んだ森の中だ。
島に来て学んだことのひとつとして、草原や林に潜む獣は、大きさがかなり異なる以外、島外のものと大差ない。
刺激しない限り危険はないといっていいだろう。
他の冒険者――できることならば、性質の悪い人間を誘い込めれば言うことはないのだが。
そんな時ばかり、人の気配というものは近くに感じないものだ。
歩いて、歩いて、ただ歩いて。
長く続く丘陵地帯を横切りながら、恭平は遠くを見やった。
前方には広大な森が広がっている。
ときおり、木々の合間に輝く青白い炎は、森に巣食う亡霊の魂が燃える色だ。
ずいぶんと身体は軽くなったものの、まだ本調子には程遠い。奴らと渡り合えるのはいつの日か。
森林の迂回路を計算に入れながら、恭平はただ静々と歩き続けた。
-1-
平原と森林の境界線を注意深く歩く。少しでも森の中に入り込めば、生命の匂いを嗅ぎ付けた死者が集ってくるだろう。
どうも、シャルロットという死に損ないと戦ってからというもの、以前にも増してそういう存在を引き付けやすくなったように感じられた。
それは、昨夜の夜営のときのことだ。
中空に棚引く青白い輝きがあった。それはただ、ゆらゆらと揺らめいていて、恭平を見下ろすように明滅を繰り返している。
ただそれだけならば害はない。しかし、そいつからは明確な悪意が感じられた。
渇望。
死を迎えることもできず、現世に縛り付けられた魂は恨めしそうに恭平を見下ろしているだけだ。
生命への飢え、失った肉体への渇望がそこにはある。
しかし、その焔はただ誘蛾灯に誘われる哀れな蛾のように、恭平の放つ生命の輝きに誘われただけであった。
襲い掛かってこなかったのは不思議だが、いかに上質な餌が眼前にあろうと闇雲に飛び掛ることもできないのであろう。
死者には、死者のルールがある。
ときおり、木々の合間を鬼火がゆらりと移動する光景が見られたが、
彼らはけっして森の中から這い出てくることはかなわないのだ。
いま、恭平が歩く境界線は、真実、その境である。
「……抜けたか。」
森林との隣接地帯を突破すれば、再びなだらかな平原に出る。
すでに日は傾き、一日が終わろうとしているが、森の近場に比べればはるかに安全だろう。
夜に広がりを見せる闇の領域は、死者たちの活動範囲をも広げるのだ。
しかし、このあたりに死臭はしなかった。
「む……?」
小奇麗な泉を見つけて、小休止をとろうとしていた恭平を射抜く二つの眼光があった。
泉の反対側、彼も水を飲みにきていたのだろう。
鋭い相貌が恭平を睨みつけている。
敵と見受けたのだろうか、その武器を手に彼は慎重そうに泉を迂回して恭平へと近寄ってきた。
泉では他の動物たちが我冠せずと、水を飲んでいる。
「……ずいぶん、老いているようだな。」
それは、一匹の老狼だった。けして、吠え立てることもなく。
ただ油断なく歩みながら、老狼は恭平への距離を詰めている。
「……おまえ。」
近づいて初めて気付く、ずいぶんと痩せた狼だった。
眼光だけがざわめいた輝きを見せ、恭平を見据えている。
群れからはぐれたのだろうか。それとも群れのリーダーとしての戦いに敗れたのか。
「そうか――死に場所を、求めているんだな……。」
老兵はただ去り逝くのみ――。
恭平の言葉に応じるかのごとく、老狼は走り出した。生涯最後となるかもしれない、相手の下へ。
二人の野獣が、激突する。
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