血の染み付いた手帳
しがない傭兵が偽りの島で過ごした日々の記録
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02021908 | [PR] |
05210116 | Day03 -草人- |
-0-
行く道は二手に分かれていた。
味気ないパンくずを頬張りながら、恭平はどちらに進むべきかを考える。
二匹の黒猫――そして冒険者らしき一匹の黒猫――との戦いは、
予想以上に激しくなり、恭平に大きな疲労を残していた。
この島にたどり着いてからというもの、どうも身体が重たく感じられる。
事実、重病に冒されているのかと思いたくなるほど、身体のキレが鈍かった。
その為、戦いではかなりの傷を負ってしまったのだが、
気が付けば身体の傷は治り、その痕跡は衣類にこびりついた血痕だけとなっている。
不思議なことと言えば、もうひとつ――。
現在までに探索した内容などを記そうと引っ張り出した地図には、
いつの間にか新しいエリアが描き足されていた。
任務とともに送られてきたときには、ほとんど白紙だったにも関わらず、だ。
どうやら、遺跡の中にいる誰かが、新しい場所に到達した時点で、
周辺の地形が自動的に地図上へと浮き上がる仕組みらしい。
それがどのような技術によるものかは分からないが、
苦もなく情報が手に入るというのは歓迎すべきことだろう。
そして、地図上には行き先の状況と、その周辺で活動をしている冒険者の名前が記されている。
現在のエリアには「多」の文字が。一定人数を超えれば、正確には数えないということか。
しかし、その地図のエリア部に触れることによって、
どのような冒険者がそこに居て、何を経験したのか、それさえも知ることができた。
つまり――。
「……俺の居場所も、実力も知られている……ということ、か」
しっかりと租借したパンくずを飲み込んで、恭平はひとりごちた。
隠密行動を身上とする恭平にとってこの地図は、便利な道具であるとともに、忌々しい代物でもあるようだ。
なおさら、周囲に気を配って行動をしなければならない。
探索行は長い時間を必要とするだろう。
だからこそ、遺跡内での無駄な損耗は避けたかった。
「さて……」
それはさておいて、今の問題はどちらへと進むか、だ。
大広間の両端に開けた回廊の先は眩い明かりに包まれており、
その先が遺跡の外へと続いているかのような錯覚を感じさせる。
実際には、平原へと続いているらしい。
これもどのような技術によるものか、遺跡の中には大自然があった。
黒猫たち動物も、そうした遺跡の不思議によって生きながらえてきたのだろう。
さらに言うならば、遺跡の中だからこその進化を遂げたものもいるかもしれない。
まだ見ぬ怪異を思い浮かべ、恭平は心の帯を引き締めた。
彼は今、戦場にいるのだ。
「あちらは右足の方向か……なら、こっちだな」
地図を見ながら、行く先がどこへ続くのかを確認する。
昨日のうちに大勢の冒険者が先へと進んだらしく、周囲のエリアはほぼ確認ができた。
それによると片側の道は、既に取得したもうひとつの魔方陣へと続いているだけだ。
それならば、新しい方向へと進むべきだろう。
「さあ……状況開始、だ」
薄い笑みを浮かべて恭平は立ち上がり、慎重な足取りで大広間を後にした。
-1-
恭平の歩みは速い。
体重を感じさせない足取りで平原を踏破していく。
その歩法はかつて密林で身につけたものだ。
たとえ敷き詰められた枯葉のうえを歩いたとして、足音ひとつたてないだろう。
そういう歩き方をしている。
音をたてず、敵から自分の居場所を察知されることもない。
それは密林に暮らす獣たちから、恭平が習い取った技術だった。
魔方陣エリアを出立して数時間。
すでに2エリアを行き過ごし、3エリア目の平原に差し掛かろうとしている。
この辺りには冒険者達も多い。
「……ちっ」
新しい平原へと繋がる地点を前にして、恭平は足を止めた。
前方で幾つもの人影がたむろしている。
友好的かどうかも分からない相手と不用意に接触をするべきではなかった。
「もさもさ」
「……もっさぁ?」
緑色の肌をした彼らもはたして冒険者なのであろうか。
不思議な言語で何事かを相談しているようだ。
近くの草陰に身を潜め、恭平はその動向をさぐる。
「もっさ、もっさ!」
「もっさぁ!!」
話し合いも佳境なのか、聞き耳をたてずとも男たちの話し声は耳に届いてきた。
無個性な野太い声だ。身振り手振りを交えながら、何事かを言い争っている。
「もさ、もさ!」
「もさ……」
「さもさー……」
ひときわ大柄な男の一声で場が沈黙した。
どうやら、そいつがリーダー格らしい。
「もさ。もさもさ」
リーダーの鶴の一声で、やたらとマッチョイズムな男たちの話し合いは終わったようだ。
お互い頷きあうと、示し合わせたようにそれぞれ違う方向へと駆け出していく。
遺跡外の市場に売られていた「美味しい草」にも似た緑色の髪の毛が、
走ることによって生じる風圧に揺れていた。
「……データにはない、な」
話を聞きながら地図を広げ、冒険者たちを洗ってみたがそれらしき人物は居なかった。
緑色の肌の冒険者は数名見当たったが、外見は似ても似つかない。
そもそも、男たちはどれも似たような外見をしていなかったか。
もしかすると、
「奴らも、遺跡の守護者だったか……」
接触を避けて正解だったようだ。
少なくとも無駄な争い、無駄な損耗は避けることができた。
「……行こう」
慎重に草陰から身を躍らせて、恭平は静かに走り出す。
それは、先ほどの緑色をした男が一人、駆け出していった方向だ。
こちらがその後を追う形になるが、どこで出くわすかは分からない。
道は隣の平原エリアへと続いている。
「……用心が必要だな」
腰に下げたナイフを確認して、恭平は新たなエリアへと足を踏み入れた。
-2-
草原に吹く穏やかな風には、潰れた草の汁にも似た臭いが混じっている。
強烈な青臭さに恭平は一瞬顔をしかめ、すぐに平静を取り戻した。
臭いの元は、草原の至るところに散らばった緑色の肉片だ。
否、肉に見えるそれは、よくよく見れば植物の組織体であるらしい。
それが、草原の其処此処にベッタリとした液体を撒き散らしながら落ちている。
どれも落とされてから半日以上が経過していた。
「血痕……」
緑片の傍らに残されたそれは、血の赤。
遺跡へと侵入した冒険者が傷ついた痕跡だろう。
だとすれば、ここでは戦闘が起こっていたということか。
「いったい、何と戦えば……こんなことになるんだ?」
植物に襲われたとでもいうのだろうか。
恭平の常識には人間を襲う植物など存在しない。
しかし、この遺跡の中ならば、それも在り得るのか。
「決め付けるのは危険だな……」
恭平は、既に己の知識だけで測ることのできない世界へと足を踏み入れている。
それに納得しているわけではないが、直感がそう告げていた。
安易に判断すれば、命取りになるだろう。
「……毒は、ないか」
ペロリ と指先に付けた緑色の液体を舌で舐めとり、じっくりと味わう。
それはキャベツにも似た味わい。
毒がないのであれば、料理すれば意外といける口かもしれない。
「好き好んで食べたいものでもないが、な」
そこまで考えて、恭平は苦笑した。
食料に困れば、得体の知れないものを口にしなければならないこともあるだろう。
だが、今はその時ではない。
「……ん?」
無造作に手をズボンに擦り付けて、恭平がその場を離れようとしたとき、
風に混じる草の臭いが強まった。
「ちっ……現物の御登場か……」
眼光鋭く、ナイフを抜き放つ。
臭いは近い――そして、近づいてくる気配は二つ。
戦士の勘は、警鐘を鳴らし続けている。
行く道は二手に分かれていた。
味気ないパンくずを頬張りながら、恭平はどちらに進むべきかを考える。
二匹の黒猫――そして冒険者らしき一匹の黒猫――との戦いは、
予想以上に激しくなり、恭平に大きな疲労を残していた。
この島にたどり着いてからというもの、どうも身体が重たく感じられる。
事実、重病に冒されているのかと思いたくなるほど、身体のキレが鈍かった。
その為、戦いではかなりの傷を負ってしまったのだが、
気が付けば身体の傷は治り、その痕跡は衣類にこびりついた血痕だけとなっている。
不思議なことと言えば、もうひとつ――。
現在までに探索した内容などを記そうと引っ張り出した地図には、
いつの間にか新しいエリアが描き足されていた。
任務とともに送られてきたときには、ほとんど白紙だったにも関わらず、だ。
どうやら、遺跡の中にいる誰かが、新しい場所に到達した時点で、
周辺の地形が自動的に地図上へと浮き上がる仕組みらしい。
それがどのような技術によるものかは分からないが、
苦もなく情報が手に入るというのは歓迎すべきことだろう。
そして、地図上には行き先の状況と、その周辺で活動をしている冒険者の名前が記されている。
現在のエリアには「多」の文字が。一定人数を超えれば、正確には数えないということか。
しかし、その地図のエリア部に触れることによって、
どのような冒険者がそこに居て、何を経験したのか、それさえも知ることができた。
つまり――。
「……俺の居場所も、実力も知られている……ということ、か」
しっかりと租借したパンくずを飲み込んで、恭平はひとりごちた。
隠密行動を身上とする恭平にとってこの地図は、便利な道具であるとともに、忌々しい代物でもあるようだ。
なおさら、周囲に気を配って行動をしなければならない。
探索行は長い時間を必要とするだろう。
だからこそ、遺跡内での無駄な損耗は避けたかった。
「さて……」
それはさておいて、今の問題はどちらへと進むか、だ。
大広間の両端に開けた回廊の先は眩い明かりに包まれており、
その先が遺跡の外へと続いているかのような錯覚を感じさせる。
実際には、平原へと続いているらしい。
これもどのような技術によるものか、遺跡の中には大自然があった。
黒猫たち動物も、そうした遺跡の不思議によって生きながらえてきたのだろう。
さらに言うならば、遺跡の中だからこその進化を遂げたものもいるかもしれない。
まだ見ぬ怪異を思い浮かべ、恭平は心の帯を引き締めた。
彼は今、戦場にいるのだ。
「あちらは右足の方向か……なら、こっちだな」
地図を見ながら、行く先がどこへ続くのかを確認する。
昨日のうちに大勢の冒険者が先へと進んだらしく、周囲のエリアはほぼ確認ができた。
それによると片側の道は、既に取得したもうひとつの魔方陣へと続いているだけだ。
それならば、新しい方向へと進むべきだろう。
「さあ……状況開始、だ」
薄い笑みを浮かべて恭平は立ち上がり、慎重な足取りで大広間を後にした。
-1-
恭平の歩みは速い。
体重を感じさせない足取りで平原を踏破していく。
その歩法はかつて密林で身につけたものだ。
たとえ敷き詰められた枯葉のうえを歩いたとして、足音ひとつたてないだろう。
そういう歩き方をしている。
音をたてず、敵から自分の居場所を察知されることもない。
それは密林に暮らす獣たちから、恭平が習い取った技術だった。
魔方陣エリアを出立して数時間。
すでに2エリアを行き過ごし、3エリア目の平原に差し掛かろうとしている。
この辺りには冒険者達も多い。
「……ちっ」
新しい平原へと繋がる地点を前にして、恭平は足を止めた。
前方で幾つもの人影がたむろしている。
友好的かどうかも分からない相手と不用意に接触をするべきではなかった。
「もさもさ」
「……もっさぁ?」
緑色の肌をした彼らもはたして冒険者なのであろうか。
不思議な言語で何事かを相談しているようだ。
近くの草陰に身を潜め、恭平はその動向をさぐる。
「もっさ、もっさ!」
「もっさぁ!!」
話し合いも佳境なのか、聞き耳をたてずとも男たちの話し声は耳に届いてきた。
無個性な野太い声だ。身振り手振りを交えながら、何事かを言い争っている。
「もさ、もさ!」
「もさ……」
「さもさー……」
ひときわ大柄な男の一声で場が沈黙した。
どうやら、そいつがリーダー格らしい。
「もさ。もさもさ」
リーダーの鶴の一声で、やたらとマッチョイズムな男たちの話し合いは終わったようだ。
お互い頷きあうと、示し合わせたようにそれぞれ違う方向へと駆け出していく。
遺跡外の市場に売られていた「美味しい草」にも似た緑色の髪の毛が、
走ることによって生じる風圧に揺れていた。
「……データにはない、な」
話を聞きながら地図を広げ、冒険者たちを洗ってみたがそれらしき人物は居なかった。
緑色の肌の冒険者は数名見当たったが、外見は似ても似つかない。
そもそも、男たちはどれも似たような外見をしていなかったか。
もしかすると、
「奴らも、遺跡の守護者だったか……」
接触を避けて正解だったようだ。
少なくとも無駄な争い、無駄な損耗は避けることができた。
「……行こう」
慎重に草陰から身を躍らせて、恭平は静かに走り出す。
それは、先ほどの緑色をした男が一人、駆け出していった方向だ。
こちらがその後を追う形になるが、どこで出くわすかは分からない。
道は隣の平原エリアへと続いている。
「……用心が必要だな」
腰に下げたナイフを確認して、恭平は新たなエリアへと足を踏み入れた。
-2-
草原に吹く穏やかな風には、潰れた草の汁にも似た臭いが混じっている。
強烈な青臭さに恭平は一瞬顔をしかめ、すぐに平静を取り戻した。
臭いの元は、草原の至るところに散らばった緑色の肉片だ。
否、肉に見えるそれは、よくよく見れば植物の組織体であるらしい。
それが、草原の其処此処にベッタリとした液体を撒き散らしながら落ちている。
どれも落とされてから半日以上が経過していた。
「血痕……」
緑片の傍らに残されたそれは、血の赤。
遺跡へと侵入した冒険者が傷ついた痕跡だろう。
だとすれば、ここでは戦闘が起こっていたということか。
「いったい、何と戦えば……こんなことになるんだ?」
植物に襲われたとでもいうのだろうか。
恭平の常識には人間を襲う植物など存在しない。
しかし、この遺跡の中ならば、それも在り得るのか。
「決め付けるのは危険だな……」
恭平は、既に己の知識だけで測ることのできない世界へと足を踏み入れている。
それに納得しているわけではないが、直感がそう告げていた。
安易に判断すれば、命取りになるだろう。
「……毒は、ないか」
ペロリ と指先に付けた緑色の液体を舌で舐めとり、じっくりと味わう。
それはキャベツにも似た味わい。
毒がないのであれば、料理すれば意外といける口かもしれない。
「好き好んで食べたいものでもないが、な」
そこまで考えて、恭平は苦笑した。
食料に困れば、得体の知れないものを口にしなければならないこともあるだろう。
だが、今はその時ではない。
「……ん?」
無造作に手をズボンに擦り付けて、恭平がその場を離れようとしたとき、
風に混じる草の臭いが強まった。
「ちっ……現物の御登場か……」
眼光鋭く、ナイフを抜き放つ。
臭いは近い――そして、近づいてくる気配は二つ。
戦士の勘は、警鐘を鳴らし続けている。
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