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血の染み付いた手帳

しがない傭兵が偽りの島で過ごした日々の記録
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  • :02/02/17:08

05210110 Day02 -黒猫-

   -2-


「……猫?」

 気配を感じて、ゆらりと立ち上がると、恭平の背後には一匹の黒猫が立っていた。
 こんなところに、猫? 恭平の頭に疑問がもたげる。

 少なくとも、このような遺跡に似つかわしい生き物ではない。
 そう、猫という生き物は、もっと都会の雑踏の中に紛れているべきではないのか。

 はたまた、野生種の猫なのだろうか。

 なんにせよ、その瞳には知性が感じられる。
 まったくもって、謎の猫だ。

「……」

 猫は鳴きもせず、恭平を見上げている。
 可愛げも何もあったものではない。

 ただ、知性ある瞳で恭平を見据えている。

「……やるのか?」

 その視線に宿った闘志を肌に感じて、恭平は問いかけた。

「……」

 猫は何も応えない。

 ただ、その尾をピンと張り詰めて、身体を身震いさせた。
 その動作は、承諾とも思える。

 猫は爪を出し、そろりそろりと恭平の周囲を回り始めた。

「覚悟はいいか?」

 猫の動きを追いながら恭平。

 ニヤリ 猫は頬を緩ませ、笑みを浮かべた。

「そうか……俺も、できてる」

 恭平もまた、野性的な笑みを浮かべて、ナイフを引き抜いた。

 一匹と一人は、薄闇の中で対峙する。


   -3-


「「……」」

 一匹と一人は無言のまま同時に動いた。

 黒猫は跳躍し、爪で恭平の喉を狙う。
 最初から大穴狙い。一撃で勝負を決めるつもりなのか。

 しかし、瞬時にその動きを読み取ってみせた恭平に、その爪は届かなかった。

 膝をまげ、大地に伏せた恭平の上を黒猫が通過する。
 その腹部をナイフで切りつけた。

 腹筋のねじれを利用して、黒猫はその動きをかわす。
 いや、当たった。しかし、浅い。

 シュタッ

 着地した黒猫はつけられたばかりの傷口をその舌で舐め、応急手当の代わりとした。
 その瞳が爛々と輝いている。

 小さな一撃は、火に油を注ぐ結果となったらしい。

「……ッ」

 猫は瞳をカッと見開いた。

 それは、幻惑の瞳。

 正面から視線を受けた恭平の意識が、瞬時の揺らぎをみせる。

 かつてない経験だ。

 血と油と鉄しか知らない傭兵に、それがいかなるものであるかなど想像もつくまい。
 ただ、事実、恭平の動きが瞬間、妨げられた。

 それしか、分からない。

 その代価は、さらなる傷跡だ。
 太ももを走る静脈を鋭利な爪に切り裂かれ、鮮血が流れた。

「ち……」

 舌打ちをして恭平は、背中合わせに崩れ落ちる黒猫へと振り返った。

 回避動作が間に合わないと悟った恭平が繰り出した一撃は、
 やはり、黒猫の前足に傷を残していた。

 深い。

 黒猫の前足からは白い骨が覗いている。
 神経を切断されたためか、黒猫は前足を引きずるようにして、恭平へと向き直った。

「……ッ」

 後ろ足で跳躍。

 負傷した前足に頼らず、黒猫は恭平に肉薄した。

 ナイフを逆手に構え、恭平は黒猫を迎え撃つ。

 一撃。

 繰り出されたナイフは、黒猫の表皮を削った。
 
 身を縮め、皮一枚で攻撃をかわした黒猫は、繰り出された左腕に爪をたてる。
 引き戻された左腕に深く爪を立てぶらさがった黒猫は、まるで鉄棒のように恭平の腕を使い、くるりと宙返りした。

 尾を天に向けて、さらに宙を舞いながら、黒猫は恭平の頬に引っかき傷を残した。

 そのままの勢いで恭平の背を越し、肩口を蹴って距離をとる。

 それは、安全な距離であるかのように思われた。
 再び一匹と一人は背中合わせに向き合う形となる。

 仕切りなおし。

 先ほどの攻防を優位に終えたことから、黒猫が油断していたことは否めない。

「……急所ははずしてやる」

 黒猫の着地と同時、恭平は後ろ向きに跳躍していた。

 後ろ手に構えた短剣は、黒猫を捕らえている。
 全力の跳躍と、重力に引かれた自由落下。

 背中から地面に倒れこみながら、手にしたナイフを黒猫の後ろ足に突き立てた。

 太ももを貫通したナイフは、黒猫の後ろ足を大地に縫い付ける。

 倒れたままの勢いで、ナイフを支点に後転。
 恭平は黒猫の眼前に着地した。

「まだ、やるか?」

 鼻先に顔を突きつけて、恭平は問いかける。

「……」

 返答は爪の一撃。

 恭平の頬が二重に抉られ、顔が朱に染まる。

「いい、返事だ」

 手刀を一閃。

 それは正確に、黒猫の首筋を捉えていた。

 一瞬の断絶が、黒猫の意識を奪う。

「……悪いな、猫。いい勝負だった……」

 意識を失った黒猫の太ももを、ちぎった布できつくしばり止血する。

 十分に血が止まったことを確認して、ナイフを引き抜いた。
 肉を断つ感触がする。

 この怪我ならば、命に別状はないだろう。
 以前のように歩けるか、その見立ては五分といったところだが。

「……?」

 黒猫の足などへ無造作に手当てしていた恭平の視線が不思議なものを映した。

 最初に与えた傷跡がすでにかさぶたへと変容している。
 戦いの最中にここまで治癒したのだとすれば、驚異的な回復力だ。

 そして、恭平自身、すでに血を流していないことに気づく。

 これは、いったいなんなのだろうか。
 遺跡の中に入ってからというもの、さまざまな違和感を感じていたが、これにも関係があるのだろうか。

 考えてみるが、答えを知ることはできない。

 だが、これならば黒猫もまた、以前と同じよう元気となるだろう。

「また、な」

 自身にも手早く簡潔な手当てを済ませ、恭平はその場を後にした。

 任務は続いている。早く、先に進まねばならない。
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