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血の染み付いた手帳

しがない傭兵が偽りの島で過ごした日々の記録
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  • :02/10/23:09

09030104 Day15 -強者-

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09030103 Day15 -休日-

   -0-


 綺麗に片付けられたアトリエ。
 うっすらと積もっていた埃も拭き取られ、新品のような艶をみせるテーブルに突っ伏して恭平は寝息を立てていた。

 広げられた地図の上に両の手を投げ出し、それを枕代わりにしている。

 時刻はもう昼過ぎ。こんな時間に昼寝をするなんて、恭平には久しくないことだ。
 昔、穏やかな気候の国に居た頃は、その国の慣習に従い昼過ぎの小一時間ほどは浅い眠りを楽しんだものだったが。

 いま、この島に、そのようなルールは存在しない。
 もっとも、寝ていてはダメだ。なんてルールも存在しないのだから、寝ていようが寝ていまいがそれは本人の自由なのだろうが。

 このように眠る恭平の姿というのは、もの珍しかろう。

 限られた時間を活用しようと、夜遅くまで外を出回っていたのが身体に響いたのか。
 朝方、眠気覚ましにと淹れられたコーヒーも、その半分以上が口を付けられないまま、冷めてしまっていた。

 窓から差し込む光は、夏らしく厳しいものだったが、それがほどよく室内を暖めて気持ちがいい。

 戦士の休息。たまには、それもいいだろう。それが、許されるのならば――。

 地図の上にはいくつかの赤い点。それらは、他の冒険者が遭遇した遺跡内に潜む何者かの痕跡だ。
 恭平が敗れたシャルロットという死に損ないの娘の居る場所にも、赤い点が穿ってある。

 その他に、恭平の筆跡で、遺跡内の留意点や、進行ルート、地形など、分かる範囲のことが記してある。
 色を使い分けて表示されている地形は、恭平自身が実際に歩いたことのない場所だ。

 地図一枚あれば、遺跡内の情報はほとんどが手に入る。
 冒険者間の公平性を保つためだろう。

 と、恭平がガバッと顔を上げた。その表情はいつも通りで、先ほどまで寝こけていた余韻はない。
 ただ、口元に涎のあとが少々残っていることを除けば。

 次いで、テーブルの端に置いてある時計を手にとる。同時に、ベルがジリリと甲高い音を立てた。
 すぐさま、それを押しとめる。

 こんなこともあろうかと、恭平がセットしておいたのだった。

 それを察知してか、その寸前に眼を覚ましてしまったのだが、これは職業病のようなものだろう。

 戦士に休息はない。

「……行くか。」

 地図を丸め、荷物と一緒くたにしてしまう。

 必要なものはほぼそろえることができた。次の探索は、比較的やさしいものとなるだろう。

 椅子から立ち上がり、ドアへと向かおうとし、思い出したかのように冷めたコーヒーへ口付ける。
 乾いた喉に流し込まれるぬるい液体は、ほんのりと血の味がした。


   -1-


 初めて遺跡に侵入した際に、使用しなかった魔法陣から遺跡内へと侵入する。

 似通った広間を抜けて、明るい場所に出ると、そこは草原だった。
 場合によっては最初に訪れたかもしれない草原。まだ、そこに危険な雰囲気は感じられない。

 ここは遺跡の玄関口。

 多くの冒険者が、ここを通過して行ったのだろう。
 そのおかげで、この周辺の地形はすっかり地図に記されている。

「……。」

 幾つもある進行ルートの中でも、最も平易な道を選んで進む。

 ただ、もくもくと。

 恭平がこのルートへ戻ってきたのには理由があった。
 地図上に記された赤点(何かが待ち受ける場所)の一箇所に×印が上書きされていた。

 その点の下には小さく「ショウタイ」と書き記されている。

 この道の先に待ち構えるものの名前だ。
 聞けば小数のチーム編成で冒険者に挑みかかってくるらしい。

 生憎と恭平は独りだったが、なんとかならないこともないだろう。

 いまでは、嘘か誠かも分からない依頼。その一端を彼らから聞き出すこともできるかもしれない。
 恭平にとって「ショウタイ」は“らしい”相手でもあった。

 まったくの異世界のような匂いも漂わせるこの島において、その存在はどこか懐かしい。
 もっとも、彼のような存在ではないのかもしれないが。

 あえて進んでいたルートを外れてまで、ここに舞い戻ってきた理由がそれだった。

 なんにしろ、得るものはあるだろう。

「……臭うな。」

 草を掻き分けながら進む恭平の鼻を、青臭い匂いがついた。

 思えば、その匂いすらも懐かしい。

「……。」

 恭平は短剣を引き抜き、草を揺らして出現したそれを迎え撃つ―-。

09030102 Day14 -仮-

09030102 Day14 -手繰-

   -0-


 魔方陣へと続く、階段を――。

 いや、階段のように折り重なった人造の石壁の上を跳ねるようにして恭平は進んでいた。

 荷物の中からいくつかの不要な食物を選び捨てた。
 おかげで身は軽くなっている。

 長く続いた砂地を越えて、乾いた草原地帯を抜けた。

 その先に開けた台地は、
 人造のオブジェクトで形成された巨大な段々畑。

 石畳のそこここには土がまかれ、
 そこに小さなオレンジ色の果実がたわわに実っている。

 余裕があれば、それが食用なのかどうかを確認したいところだったが、
 今の恭平にその余裕はない。

 淡い灯りに包まれた台地は、爽やかな風が吹くことも相まって、
 陽のあたる外の世界を思わせる健やかな気配を漂わせていた。

 しかし、そこの守人なのだろう。
 台地へと足を踏み入れた恭平を待っていたのは、肉も腐れ落ち骨だけとなった死者たち。

 ――彼らは俗にスケルトンと呼ばれる。

 恭平は知る由もないが、魔術師にとっては一般的に使役される存在だった。

 恭平にとって救いであったのは、彼らの動きが非常に緩慢だったことだろう。
 ほとんどのスケルトンはブロックの上をうろうろとするだけで、恭平まで迫っては来ない。

 しかし、その数が多かった。

 壁を蹴り、はるか頭上のブロックに指先を引っ掛けて身体を引き上げる。

 隙あらば、スケルトンはそんな恭平の足を引っ張り、下へと引きずりおろそうとした。
 生前の力を遥かに超える怪力をみせる。

 その力に抗い、上を目指すうちに恭平の指先はあかぎれ、ずたぼろになっていった。

 ここに、魔方陣があることは直感的に分かっていた。
 遥か頭上の先、ひときわ大きなブロックの上に光り輝く魔方陣が見える。

 そこまで辿り着けば、今回の探索は終了となる。そのはずだった。

 スケルトンを足蹴にして、引き剥がす。

 瞬時に次のブロックを見極め、上へと蹴りあがった。

 上に進めば進むほど、スケルトンの数は増え、ブロックは細分化しているようだ。
 青々と茂った植物が、彼らの姿を隠し恭平の判断を惑わせる。

 ひとつのブロックを目指して地面を蹴った。
 そのブロックの草の陰から、上半身だけのスケルトンが恭平へと掴みかかる。

 片腕だけをへりに引っ掛け、逆にそのスケルトンの腕を掴み返した。
 思いっきり引っ張り後方へと投げ飛ばす。

 骨だけの相手だ、重さはさほどでもない。

 遥か下方から、骨の砕ける乾いた音が響いた。

 そのブロックから先は、緩やかな傾斜になっている。

「……ち。」

 恭平は舌打ちし、短剣を引き抜いた。

 人が二人並んで歩けるほどの小道には、スケルトンたちがひしめき合っている。

 強行突破――残された道はただひとつ。

 構えた恭平に、先頭のスケルトンが掴みかかっていった。


   -1-


 久方ぶりの外は、多少なりとも心地よかった。

 恭平とて人間だ。長い地下での生活は、
 そこが広大で草原や森を備えているからといって気持ちよいものではない。

 感覚が優れているからこそだろうか、そこに仕組まれた人の悪意のようなものを感じ取ってしまう。
 そこは本来ならば、そういう場所ではないのだろう。

 しかし、今回のことを仕組んだ何者かは、遺跡の仕組みを熟知してそれを利用している。

 今回の依頼。それが何者かが仕組んだ罠であることは明白であった。
 いや、罠ですらないのか。

 大勢の冒険者たちがこの島を訪れている。

 一部の人間を除いて、彼らに共通する点は招待状を受け取っていることだ。

 恭平も形こそ違えど、そういった招待状を受け取ったのだろう。
 思えば、依頼書の隅に脈絡のない一文があったように思う。

 はたして、何者が仕掛け、何故、恭平をこの場に呼び込んだのか。

 依頼の遂行は、可能性がある限り続けるつもりではあったが。
 これが仕組まれた話しであるのならば、依頼者を見つけだし制裁を加えなければならない。

「……手がかり、か。」

 その為の情報は絶対的に不足していた。

 かつて、ここと似たような島にいたと言う人間、幾人かと出会ってはいる。
 だが、彼らからの情報も決定的ではない。

 小隊と呼ばれる、一団がいるらしい。
 遺跡の中で役割を担う彼らなら、何か知っているのだろうか。

 いつのまにか小奇麗に整理整頓されたアトリエ。

 拠点ではあるが、自分の居場所であると言う感覚はない。
 ほろ苦いコーヒーで喉を潤わせながら、恭平は考える。

 地図には一本のルートが示されていた。

 出会わなければならない者が、大勢居るようだ。

「……。」

 琥珀色の液体を飲み干し、恭平は席を立った。

 積極的に情報を集め場ならない段階にきたらしい。

 その懐には、探索で得たいくつかの材料がおさめられている。


   -2-


 街は冒険者で賑わっていた。

 これほどまでに増えていたか、と恭平は少し驚かされる。

 寂れた港町の風情を漂わせていた島唯一の街が、冒険者の流入によって賑わっていたのは知っていた。
 しかし、この短期間でここまで変わるものだろうか。

 ある場所には、冒険者が運営する店が立ち上がり。
 また、ある場所には、いつの間にか豪奢な屋敷がたちあがっていたりもした。

 大勢の冒険者が足を止め、意見交換に興じているのは酒場の前だ。

 そこでは時折、小競り合いのようなことも起こっているが、酒場の店主なのだろうか、
 それは人ではあるまい――黒光りする巨大な鎧がぬっと現れると、いさかう冒険者を鎮めてしまった。

 その場所にはその場所なりのルールがあるのだろう。

 鎧が現れる際にチラッと覗けた店内には、恭平も見知った顔がやはり談話に興じていた。

 多種多様――もはや何処の国とも判断の付かない雑多な町並みは、闇市を思わせるものがある。

 これだけ店が多くては、情報を仕入れるにせよ。
 装備の新調をするにせよ。難しいものがある。

 信頼に値する商店を探すと言うのは、なかなか骨が折れるのだ。

 これならば、いっそのこと見知った人間を捕まえてしまった方が早いのかもしれないが。
 そういうときに限って、なかなか見つからないものなのだ。

 あまり時間に余裕のある身分でもない。

 酒場の中まで押し入って、頼みいるというのも、無粋というものだろう。

 地道に足で探す他はないか――。

「――。」

 そう、恭平が判断しかけたとき、恭平に後ろから声をかける者がいた。

 雑多な音にまぎれて声はよく聞き取れなかったが、恭平は油断なく振り向いた。

 そこには――。

09030059 Day13 -血塊-



死は恐ろしくない。俺は死神と共に戦ってきたのだから。


 友の肉は、温かだった。


   -0-


 一見、なんのルールもない殺し合いの坩堝と化しているかのように見える戦場だが、
 その実、そこには言外のルールとも言うべき不文律が存在している。

 そして、このようなルールは戦場だけのものであろう。

 死と飢えからかけ離れた、我々の暮らす発展国ではまずもって考えられないことだ。
 いや、平和だからこそ、かのハンニバル・レクターのように、その法を犯す者も現れる。

 馬鹿らしいルールだと思うだろうか。

 ――ひとつ、人間を食わない。

 最も重要なことだ。人を喰らう者など、味方であろうと信用はできない。
 合理主義にしばられている戦場だが、思いがけず、信頼というものに縋りつかなければ関係を維持できないほどにナイーブなのである。

 さて、その戦場の話しだ。

 最新鋭の兵器や、訓練された兵士が、戦場の主役だったかのように多くの戦場ジャーナリストたちは本を書き残している。
 しかし、それは間違いだと言わざるを得ない。

 真実、戦場を支配していたのは、人間などといった矮小な存在ではないのだ。

 守られた世界から一歩踏み出した時、彼らは皆、無力だった。

 戦場の支配者たちは、人間よりもずっと小さく、目に見えない者たちであろう。

 ひとつが、疫病である。

 衛生環境も守られていない戦場では、病が猛威を振るった。
 太古から脈々と自然の中で生きながらえてきた病原菌は、それに抵抗力を持たない人間へと知らぬ間に忍び寄る。
 自然に生きる動植物、水、食物、いたるところから彼らは侵入し、人体という領土を蹂躙する。

 ふたつが、生物である。

 夜の闇に、深い森に、土塊の影に、驚くほどの生命がそこには息づいている。

 テリトリーを犯された虫達は、命を賭して侵入者と戦った。

 自らの生命と引き換えに毒針を突き刺す土蜂がいれば、人間なぞ餌としかみなさない傭兵蟻もいる。
 どんなに密閉された野戦服も、米粒大の彼らの前にはなんの意味もなさない。
 酷いときは体内から食い破られるものもいるほどであった。

 1万名もの兵隊を保持していながら戦争に敗れたとある大国のことは記憶に新しいかと思うが、
 その敗因は、たんまりとあった食料を全て獣に食い尽くされてしまったからだという。

 そう――みっつめは、飢えである。

 人が受け付ける食物など、ほんの一握りのものでしかない。
 よほど自然とともに生きてきた傭兵でもない限り、多くの兵士にとって自然の食物は毒であった。

 生水を飲んで腹をくだす者など、ここでは珍しくもない。

 人体に毒だといっても、食料が手に入る環境にあれば幸せなほうだ。
 越冬に入り、渇きを迎えた密林には、生物の姿も、実りの影もない。

 だからといって、戦いの時期を選ぶことも容易ではない。
 結果、多くの兵士が飢えた。

 飢えに飢え過ぎて、自分の仲間に手を出すものも現れたのである。

 しかし、それも遥か昔のこと。今では、そのような行為は厳重に戒められている。

 少し、話しを戻そう。

 人間を食ってはならない。これはひとつのルールである。
 隣人を仲間として信用するには、相手がこのルールを犯していないことが必要であった。

 では、それを破ってしまったらどうなるのか。

 かつて、一人の傭兵がいる。その業界では有名な、女傭兵の愛弟子。
 いささか甘さが見受けられるが、筋は悪くない。

 その働き振りを揶揄して、死神、と呼ばれることもあった。

 彼はけして、慕われなかったわけではない。
 その働きは認められていたし、その生涯の多くは弱者とともにあった。

 しかし、彼は若くして戦場に散るその時まで、本質的な意味では孤独だったと伝えられている。
 単純な話しで、彼自身が人を遠ざけていた。

 そんな彼には、二つ名がある。

 人食いウサギ――。

 彼は数少ない人肉の味を知る者。外道に堕ちた、哀れな傭兵である。


   -1-


 体力を取り戻した恭平は、三つの夜を起きたまま過ごし、村へと辿り着いた。

 戦場から離れた寒村には、畑を耕す最低限の人手と、女子供しか残されていない。
 人工の炎が産み落とす災禍も、ここまでは届いていない。

 毎日のように村の入り口に立ち、遠い戦場で血を流す村の男たちを案じている少女がいた。
 ふらつきながらも生還した恭平を視界の端に留め、彼女は嬉しそうに駆け出していく。

 少女には兄がいた。

 村の男の中でも一番の勇者で通っていた彼は、誰よりもその傭兵と気が合っていた。
 いや、人が近寄ることを厭う傭兵の態度を前に、怯まなかったのが彼だけだったのかもしれない。

 ただ、そんな兄を持ったからか、少女も不思議とその傭兵のことを恐れていなかった。

 本当に怖い人間が、この村にわざわざ来るはずもない。

 そこは、世界から見捨てられた村だった。

「恭平さん! ……お兄……あ、兄は?!」

 緩く結んだ髪を揺らしながら、その少女は恭平に駆け寄った。

 息を切らしながら、いろいろなことを聞こうと逡巡、結局、聞いたのは兄のこと。
 二人きりの家族だった。

 自分を安心させてくれる言葉への期待と、もしかしたらという不安。
 その両方に震える表情を、恭平は見た。

 少女の兄の最期が、脳裏に浮かび上がってくる。
 自分のなした罪が、身体を這いずり回っている。

 ごまかせばいい。
 そう、分かりはしないだろう。
 
「あいつは……。」

 恭平は口をつぐんだ。
 言うべきかどうか、この男にもその迷いはあった。

「お前の兄は――俺が、食った。」

 しかし、告げてしまった。
 少女の好意も、何もかもが失われていくのを、恭平は見た。

「嘘……でしょ? いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 目の前に立つ人間が誰なのか分からない。

 世界が壊れる音を、少女は聞いた。

 その日のうちに、臆病者は姿を消した。
 その男は、戦友の願いも果たせず、少女を救うこともできなかった敗北者だ。

 目覚めると、枕元には兄に渡した鹿角の指輪が置かれていた。
 渡したものと形が異なるのは、その内側を加工して男性の頭髪が通してあるためだ。

 誰に聞かずとも、それが兄のものであることは知れていた。

 少女は想い人のことを思い出し、大粒の涙をこぼし、それからまた少し眠った。

 涙を忘れた少女の元に停戦の知らせが入ったのは、それから一週間後のこと。

 いまだに解明されぬ独裁者の死――。

 ……その国は、生まれ変わろうとしていた。


   -2-


 「……起きろよなぁ。」

 懐かしい声が聞こえた。

 朝日に照らし出された草原に、真っ赤な物体が二つ転がっている。

 喉を切り裂かれて事切れた狼の亡骸を、その腕にかき抱くようにして恭平は目を覚ました。

 狼の牙が迫っていたことは覚えている。
 ただ、そこから先のことは、何も覚えていない。

 ただ、生きている。その事実だけがあった。

 血を流し、低下した体温で夜を越えることができたのは、この腕の中にある狼のおかげだろう。
 死した歴戦の兵は、その身を覆う毛皮で恭平を救ってくれたのだ。

 その狼が昨夜の敵であり、恭平を喰らおうとしたことなど、関係はない。
 感謝と敬意とをこめて、小さな穴を掘り、そこに狼の亡骸を埋めた。

 ちゃんとした墓ではないが、かつてはこのようなものを大量に作ったものだ。
 いくつかの毛皮だけを、形見として譲り受けた。

 後で野戦服の襟裏に縫いとめるのだ。
 そこには、多くの戦友が眠っている。

 最期は軽く一瞥しただけで狼に別れを告げると、身体に鞭打つようにして、恭平は歩き始めた。

 この先には、荒野と乾いた砂の海が広がっている。

 行けるところまで、行かなければならない。

 戦いの螺旋から、逃れる道などないのだから。