血の染み付いた手帳
しがない傭兵が偽りの島で過ごした日々の記録
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02090952 | [PR] |
12062328 | Day28 -舞空- |
-0-
水の宝玉を手にした傭兵は、眠る二人の守護者を一度だけ振り返り、その場を後にした。
まだ日も高い。その日のうちに、この森を抜けてしまう積もりであった。
血の穢れも薄れ、穏やかな美しさを取り戻した泉から流れ出す一本の清流を選び、下る。
泉が育んだ森である。泉はその中央に位置した。
完全に抜けるには、時間がかかる。
傭兵の足は速い。しかし、それを考慮にいれても、森が広すぎるのである。
平坦な道でもない。
もともとは幾つもの丘が連なる丘陵地帯だったのであろう、起伏にも富んでいる。
とうとう、森を抜け切らないうちに、夜がきた。
遺跡の夜だ。さりとて、外の世界と何が変わるわけでもない。
夜闇が人を拒むところまで、一緒である。
ただでさえ木々の枝葉に陽光を遮られて薄暗い森の中だ。
他よりも早く、闇に呑まれていった。
「……む」
傭兵が困ったのは、この時である。
松明に火がつかない。先の戦いの時にか、完全にしけってしまっていた。
先を急ぎたい気持ちに反して、これでは思うように進むこともできない。
月や星を模した光源からのささやかな明かりはあったが、よく育った森のなかだ。
それも、ぽつんぽつんと局所的に下生えの草花を照らしだすだけで、頼りにするには心もとない。
自然に、傭兵の足も鈍る。
そうこうしているうちに、完全な夜がきてしまった。
闇の中に、川を流れる水の音だけが響いている。
これが、悩みの種でもあった。水の音にかき消されて、周囲の気配がぼやけてしまう。
水の香りは、その他の香りを洗い流してしまってもいた。
これでは、聴覚も嗅覚も頼りにならない。
間の悪いことに、水の流れが速い場所でもある。
川を越える際に、足を滑らせて水中にでも落ちようものなら、あっとういうまに流されてしまう。
夜目の利く性質でもあったので、目を凝らしてみたが楊として見えない。
川のほとりまで足を進めて、傭兵はとうとう足を止めてしまった。
まだ、森の裾までは随分とある。
「……これ、は?」
そこで、傭兵が、あるものに気付いた。
荷袋から漏れる、かすかな光だ。ほんのりと、青味がかっている。
そのような光源は、持ち合わせていないはずだった。
考えられるとすれば、この森で得たものぐらいである。
想像は、ついた。
確認のために傭兵は、その光源を袋から取り出した。
水の宝玉である。
日中でも輝いてみえたそれが、今は、はっきりとした強い光を放っていた。
傭兵の周囲1メートル四方を照らしだして、優に余る。
「……こういう使い方も、間違いでは、ないか」
魚を捕らえるために用いる網の中に宝玉をおさめた。
手に結わえられた紐の先端で、宝玉は揺れて輝いている。
宝玉をジッと眺めやって、ふと口の端に笑みらしき形を浮かべると、傭兵は再び歩きだした。
淡く青色に染まった世界を歩くその足に、迷いなど微塵もない。
-ⅰ-
夜明け前には森を抜けていた。
しかし、回廊に踏み込んだのは昼を過ぎてからである。
森の裾で、仮眠をとっていた。
その方が、安全だと判断したからであろう。
回廊に入り込んでしばらくは、森から吹きつける風の浄化作用があった。
それも、二度、三度、角を曲がるまでのことだ。
すぐに周囲は回廊らしい澱んだ空気に包まれた。
ある意味では、遺跡内らしい空気ともいえる。
ここでは、水の宝玉の明かりは余りに目立ちすぎるので、荷袋の奥にしまいこんでいた。
光源は、回廊の左右に連なる灯火だけである。
それも、原理の知れぬものであった。
だが、ひとまず明かりは確保されている。
薄ぼんやりとした明かりは、人が十数人並んで歩けるほどの回廊を照らしだすには不十分であったが、
傭兵がしるべとするには十分なものである。
その証拠に、回廊に降り積もった埃に跡を残して行く、傭兵の足取りは澱みない。
地図を広げることさえも、しなかった。
確固たる目的があったわけでもない。
進む先など、どこでもよかったのである。
傭兵が進む回廊は幾重にも枝分かれして、遺跡の中をはしっている。
分岐点にあたる度、そのうちからひとつを選んで先を進んだ。
適当に、選んでいたわけでもない。
「……風の流れが、ある」
そういった道を選んでいた。
風が流れるということは、どこかで外に繋がっているということだ。
目的はないが、どこにも繋がらない道を歩くのも、それはそれで面白くはない。
風の流れが強い道を選んで、何度となく角を曲がり、何度となく階段を登った。
不思議と下る道はない。
この一帯は、上空からの吹き下ろしが強いのかも知れなかった。
再びの分岐――
一本は上へ、一本は下へ、と伸びている。
「……風は……上だな」
やはり、上へと昇る道を選んだ。
スロープ上の小道を進むと、すぐに階段があった。
螺旋状に連なる階段を上っていく、最初に比べると随分と幅も狭くなってきていた。
高い場所へ近づいている証拠である。
だが、階段は長い。描く弧も、非常に遠大なものであった。
傾斜も緩い。
遺跡の膨大さを感じさせた。
「……ここは」
ようやく、階段を登りきった。
そこは、広間である。
道は、繋がっていなかった。
道の先に道が連なる今までの道程とは異なる情景が、そこには広がっていた。
馬が50頭は放てそうな広さである。
だが、何もない。
広間を囲むようにして、円柱が連なっているのは支えであろう。
それを除けば、幾体かの銅像、砕けた礫片、積もった埃、とこれまでの回答と大差はない。
ちょうど中央部に、台座らしきものがあった。
今は、何もない。
かつては、何かが祭られていたのかもしれない。
すでに荒らされたか、本来の持ち主が持ち去ったか、もともと違う用途に使っていたか。
それも、定かではないが。
「……ふん」
台座に背もたれて、傭兵は息をついた。
振り返る先には入り口がひとつ、今来た階段に続く道である。
道はもうひとつ――その対極に巨大な門があった。
これも、片方の扉が地面に倒れ伏し、門扉としての役目を終えている。
風が吹くたびに残された片方も揺れて、ギィギィと耳障りな音とたてた。
進むとすれば、その先しかない。
息を整えて、傭兵はその門へと足を踏みだしかけ、一度、その場で足を止めた。
黙して、台座を振り返る。
その上部に、窪みがあった。
ほどよく、球状のものがおさまりそうでもある。
荷袋から宝玉を取り出してみると、これがぴったりの大きさであった。
はめ込んでみる。
「……ふ。馬鹿な考えだった、な」
期待とは裏腹に、何も起きはしなかった。
だが、すぐには取り外さない。
傭兵はしばし考えてから、鋭い眼をすると、宝玉を見下ろした。
その指先が、腰の短剣に触れる。
-ⅱ-
傭兵は一瞬のうちに動いた。
短剣を抜き放ち、その先端を台座にはめ込まれた宝玉に振り下ろす。
鋼鉄の刃は、果実から生まれた青い宝玉を、易々と打ち砕いた。
「……ぐッ」
キラキラと砕け散る宝玉の欠片。
その内側から青々とした閃光が解き放たれた。
咄嗟に目をかばう。
――はたして、それは錯覚であったのか。
眩んだ眼を開けると、短剣は宝玉の表面に止められていた。
傷ひとつ、ついていない。
「……ふん」
さらに馬鹿なことをした、と自嘲気味に笑い、宝玉に手を伸ばした。
指先に触れる宝玉は先ほどと変わらない。
ただ、少しだけ、熱を帯びているように感じられた。
「……なん、だ?」
宝玉を掴み、持ち上げる。
その背後に、気配が生まれていた。
ひとつや、ふたつではない。
遺跡の中に入って、初めて触れる気配でもある。
宝玉を荷袋に押し込み、周囲をうかがう。
何者の、姿もない。
「……どこにいる」
台座に背をあてて、油断なく周囲を見渡した。
その視界の中で、目覚めるように蠢くものが数体。
「……な」
広間に響くは、超獣の雄叫び。
力強く翼を羽ばたかせて、石像の竜たちは大きく嘶いた。
赤く濡れたその瞳に、侵入者を捉えて――。
-ⅲ-
錆びついた扉が、石像の体当たりにちぎれとんだ。
広間の一面に取り付けられた扉である。
いましがた、傭兵が石像たちの攻撃を掻い潜ってすり抜けていった先でもあった。
片方の扉だけが外れていたが、石像が潜り抜けるには少し足らない。
だが、それも扉が外れる前までのこと、今では翼を含めても通るに足りた。
無感動な猛り声をあげて、石像の一体が扉を潜り抜ける。
遥かな高みまで伸びる、吹き抜けの螺旋階段がその先に続いていた。
その頃、傭兵はすでに階段の中腹にまで差し掛かっていた。
全力である。ひと蹴りで階段を数段飛ばして、上へと駆け登った。
傭兵を急がせた理由は、その階段の構造にある。
先述したように、吹き抜けの階段であった。それも、広い。
傭兵の見たところ、石造の竜が羽ばたくのにも十分な広さである。
石像が飛べるのだとすれば、追いつかれるのは時間の問題だろう。
「……ち」
そして、嫌な憶測とはあたるものだ。
傭兵のすぐ後ろに、音を立てて石竜が着地した。
その重さに、階段がめくれ上がり、崩壊する。
石竜は翼をはためかせてバランスを保った。
その隙に、傭兵はさらに加速する。
頂上まで、あと少しだ。
くすんだ空が見えた。飛び出すようにして、階段の外に躍り出る。
その直後、石竜もその後を追って、飛んできた。
「……これは、壮観だな」
だが、その時、傭兵の視界は違うものに向けられていた。
遥か眼下に、瓦礫の山がうず高く積まれていた。遠方に、森が、山が、平原が、砂漠がみえる。
空が驚くほどに、近かった。
この地帯一体の最たる高みに、傭兵は登っていたのである。
他にも、幾つもの頂がみえた。
ここは、数ある頂のひとつであるらしい。
「……悪くない」
口の端に笑みを浮かべて、振り返る。
石竜が赤い目で傭兵を見た。
「……お前一人、か。追って、くるか?」
返答するように、石竜が鳴いた。
それを、背中で聞きながら、傭兵は地を蹴って加速する。
石竜が翼を広げて空を打つ。
次の瞬間――傭兵は、空へ、飛んだ。
水の宝玉を手にした傭兵は、眠る二人の守護者を一度だけ振り返り、その場を後にした。
まだ日も高い。その日のうちに、この森を抜けてしまう積もりであった。
血の穢れも薄れ、穏やかな美しさを取り戻した泉から流れ出す一本の清流を選び、下る。
泉が育んだ森である。泉はその中央に位置した。
完全に抜けるには、時間がかかる。
傭兵の足は速い。しかし、それを考慮にいれても、森が広すぎるのである。
平坦な道でもない。
もともとは幾つもの丘が連なる丘陵地帯だったのであろう、起伏にも富んでいる。
とうとう、森を抜け切らないうちに、夜がきた。
遺跡の夜だ。さりとて、外の世界と何が変わるわけでもない。
夜闇が人を拒むところまで、一緒である。
ただでさえ木々の枝葉に陽光を遮られて薄暗い森の中だ。
他よりも早く、闇に呑まれていった。
「……む」
傭兵が困ったのは、この時である。
松明に火がつかない。先の戦いの時にか、完全にしけってしまっていた。
先を急ぎたい気持ちに反して、これでは思うように進むこともできない。
月や星を模した光源からのささやかな明かりはあったが、よく育った森のなかだ。
それも、ぽつんぽつんと局所的に下生えの草花を照らしだすだけで、頼りにするには心もとない。
自然に、傭兵の足も鈍る。
そうこうしているうちに、完全な夜がきてしまった。
闇の中に、川を流れる水の音だけが響いている。
これが、悩みの種でもあった。水の音にかき消されて、周囲の気配がぼやけてしまう。
水の香りは、その他の香りを洗い流してしまってもいた。
これでは、聴覚も嗅覚も頼りにならない。
間の悪いことに、水の流れが速い場所でもある。
川を越える際に、足を滑らせて水中にでも落ちようものなら、あっとういうまに流されてしまう。
夜目の利く性質でもあったので、目を凝らしてみたが楊として見えない。
川のほとりまで足を進めて、傭兵はとうとう足を止めてしまった。
まだ、森の裾までは随分とある。
「……これ、は?」
そこで、傭兵が、あるものに気付いた。
荷袋から漏れる、かすかな光だ。ほんのりと、青味がかっている。
そのような光源は、持ち合わせていないはずだった。
考えられるとすれば、この森で得たものぐらいである。
想像は、ついた。
確認のために傭兵は、その光源を袋から取り出した。
水の宝玉である。
日中でも輝いてみえたそれが、今は、はっきりとした強い光を放っていた。
傭兵の周囲1メートル四方を照らしだして、優に余る。
「……こういう使い方も、間違いでは、ないか」
魚を捕らえるために用いる網の中に宝玉をおさめた。
手に結わえられた紐の先端で、宝玉は揺れて輝いている。
宝玉をジッと眺めやって、ふと口の端に笑みらしき形を浮かべると、傭兵は再び歩きだした。
淡く青色に染まった世界を歩くその足に、迷いなど微塵もない。
-ⅰ-
夜明け前には森を抜けていた。
しかし、回廊に踏み込んだのは昼を過ぎてからである。
森の裾で、仮眠をとっていた。
その方が、安全だと判断したからであろう。
回廊に入り込んでしばらくは、森から吹きつける風の浄化作用があった。
それも、二度、三度、角を曲がるまでのことだ。
すぐに周囲は回廊らしい澱んだ空気に包まれた。
ある意味では、遺跡内らしい空気ともいえる。
ここでは、水の宝玉の明かりは余りに目立ちすぎるので、荷袋の奥にしまいこんでいた。
光源は、回廊の左右に連なる灯火だけである。
それも、原理の知れぬものであった。
だが、ひとまず明かりは確保されている。
薄ぼんやりとした明かりは、人が十数人並んで歩けるほどの回廊を照らしだすには不十分であったが、
傭兵がしるべとするには十分なものである。
その証拠に、回廊に降り積もった埃に跡を残して行く、傭兵の足取りは澱みない。
地図を広げることさえも、しなかった。
確固たる目的があったわけでもない。
進む先など、どこでもよかったのである。
傭兵が進む回廊は幾重にも枝分かれして、遺跡の中をはしっている。
分岐点にあたる度、そのうちからひとつを選んで先を進んだ。
適当に、選んでいたわけでもない。
「……風の流れが、ある」
そういった道を選んでいた。
風が流れるということは、どこかで外に繋がっているということだ。
目的はないが、どこにも繋がらない道を歩くのも、それはそれで面白くはない。
風の流れが強い道を選んで、何度となく角を曲がり、何度となく階段を登った。
不思議と下る道はない。
この一帯は、上空からの吹き下ろしが強いのかも知れなかった。
再びの分岐――
一本は上へ、一本は下へ、と伸びている。
「……風は……上だな」
やはり、上へと昇る道を選んだ。
スロープ上の小道を進むと、すぐに階段があった。
螺旋状に連なる階段を上っていく、最初に比べると随分と幅も狭くなってきていた。
高い場所へ近づいている証拠である。
だが、階段は長い。描く弧も、非常に遠大なものであった。
傾斜も緩い。
遺跡の膨大さを感じさせた。
「……ここは」
ようやく、階段を登りきった。
そこは、広間である。
道は、繋がっていなかった。
道の先に道が連なる今までの道程とは異なる情景が、そこには広がっていた。
馬が50頭は放てそうな広さである。
だが、何もない。
広間を囲むようにして、円柱が連なっているのは支えであろう。
それを除けば、幾体かの銅像、砕けた礫片、積もった埃、とこれまでの回答と大差はない。
ちょうど中央部に、台座らしきものがあった。
今は、何もない。
かつては、何かが祭られていたのかもしれない。
すでに荒らされたか、本来の持ち主が持ち去ったか、もともと違う用途に使っていたか。
それも、定かではないが。
「……ふん」
台座に背もたれて、傭兵は息をついた。
振り返る先には入り口がひとつ、今来た階段に続く道である。
道はもうひとつ――その対極に巨大な門があった。
これも、片方の扉が地面に倒れ伏し、門扉としての役目を終えている。
風が吹くたびに残された片方も揺れて、ギィギィと耳障りな音とたてた。
進むとすれば、その先しかない。
息を整えて、傭兵はその門へと足を踏みだしかけ、一度、その場で足を止めた。
黙して、台座を振り返る。
その上部に、窪みがあった。
ほどよく、球状のものがおさまりそうでもある。
荷袋から宝玉を取り出してみると、これがぴったりの大きさであった。
はめ込んでみる。
「……ふ。馬鹿な考えだった、な」
期待とは裏腹に、何も起きはしなかった。
だが、すぐには取り外さない。
傭兵はしばし考えてから、鋭い眼をすると、宝玉を見下ろした。
その指先が、腰の短剣に触れる。
-ⅱ-
傭兵は一瞬のうちに動いた。
短剣を抜き放ち、その先端を台座にはめ込まれた宝玉に振り下ろす。
鋼鉄の刃は、果実から生まれた青い宝玉を、易々と打ち砕いた。
「……ぐッ」
キラキラと砕け散る宝玉の欠片。
その内側から青々とした閃光が解き放たれた。
咄嗟に目をかばう。
――はたして、それは錯覚であったのか。
眩んだ眼を開けると、短剣は宝玉の表面に止められていた。
傷ひとつ、ついていない。
「……ふん」
さらに馬鹿なことをした、と自嘲気味に笑い、宝玉に手を伸ばした。
指先に触れる宝玉は先ほどと変わらない。
ただ、少しだけ、熱を帯びているように感じられた。
「……なん、だ?」
宝玉を掴み、持ち上げる。
その背後に、気配が生まれていた。
ひとつや、ふたつではない。
遺跡の中に入って、初めて触れる気配でもある。
宝玉を荷袋に押し込み、周囲をうかがう。
何者の、姿もない。
「……どこにいる」
台座に背をあてて、油断なく周囲を見渡した。
その視界の中で、目覚めるように蠢くものが数体。
「……な」
広間に響くは、超獣の雄叫び。
力強く翼を羽ばたかせて、石像の竜たちは大きく嘶いた。
赤く濡れたその瞳に、侵入者を捉えて――。
-ⅲ-
錆びついた扉が、石像の体当たりにちぎれとんだ。
広間の一面に取り付けられた扉である。
いましがた、傭兵が石像たちの攻撃を掻い潜ってすり抜けていった先でもあった。
片方の扉だけが外れていたが、石像が潜り抜けるには少し足らない。
だが、それも扉が外れる前までのこと、今では翼を含めても通るに足りた。
無感動な猛り声をあげて、石像の一体が扉を潜り抜ける。
遥かな高みまで伸びる、吹き抜けの螺旋階段がその先に続いていた。
その頃、傭兵はすでに階段の中腹にまで差し掛かっていた。
全力である。ひと蹴りで階段を数段飛ばして、上へと駆け登った。
傭兵を急がせた理由は、その階段の構造にある。
先述したように、吹き抜けの階段であった。それも、広い。
傭兵の見たところ、石造の竜が羽ばたくのにも十分な広さである。
石像が飛べるのだとすれば、追いつかれるのは時間の問題だろう。
「……ち」
そして、嫌な憶測とはあたるものだ。
傭兵のすぐ後ろに、音を立てて石竜が着地した。
その重さに、階段がめくれ上がり、崩壊する。
石竜は翼をはためかせてバランスを保った。
その隙に、傭兵はさらに加速する。
頂上まで、あと少しだ。
くすんだ空が見えた。飛び出すようにして、階段の外に躍り出る。
その直後、石竜もその後を追って、飛んできた。
「……これは、壮観だな」
だが、その時、傭兵の視界は違うものに向けられていた。
遥か眼下に、瓦礫の山がうず高く積まれていた。遠方に、森が、山が、平原が、砂漠がみえる。
空が驚くほどに、近かった。
この地帯一体の最たる高みに、傭兵は登っていたのである。
他にも、幾つもの頂がみえた。
ここは、数ある頂のひとつであるらしい。
「……悪くない」
口の端に笑みを浮かべて、振り返る。
石竜が赤い目で傭兵を見た。
「……お前一人、か。追って、くるか?」
返答するように、石竜が鳴いた。
それを、背中で聞きながら、傭兵は地を蹴って加速する。
石竜が翼を広げて空を打つ。
次の瞬間――傭兵は、空へ、飛んだ。
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